■葬

関口

■葬(脚本)

■葬

関口

今すぐ読む

■葬
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇電車の座席
  次は~ 活けづくり~ 活けづくりで~す
  次は~ えぐり出し~ えぐり出し~
  次は~ 引き剥がし~ 引き剥がし~
  次は~
「ねえ。ねえってば。そろそろ起きてよ」
「・・・・・・」

〇電車の座席
氷雨「ねえって! もうすぐ着くよ!」
牡丹「・・・・・・ ん-。おはよう」
氷雨「もー、よくそんな寝れるね。膝のそれ重くないの?」
牡丹「揺れがね、絶妙でね。あと夜更かしして読んでたからかなあ、猿夢みたいなの見た」
氷雨「猿夢?」
牡丹「電車の夢でね。「爪はぎ」とか「切断」とか物騒な単語が駅名的にアナウンスされるの。そのたびに乗客が爪剥がれたりして」
氷雨「ちょっと待って」
牡丹「「目玉くりぬき~」とか「内臓えぐり出し~」とかやってて、自分の番の直前に目が覚めるって話」
氷雨「なんで前触れなしに怖い話すんの?!?!?!」
牡丹「女子みんな怖い話すきでしょ」
氷雨「ジェンダー論のテーブルにも乗せたくねえなその議題!!! やめて!!!」
牡丹「かなり端折っちゃったけど、まだ続きがあってね」
氷雨「もういい! いいから! ほら着くから準備して!」
秀行「おまえたち、電車の中で騒ぐんじゃない」
氷雨「だって牡丹が!」
秀行「はあ・・・もう。二人とも荷物を持って。父さんは先に出口に行くからな」
氷雨「・・・はあーい」
牡丹「はーい」
氷雨「・・・はー、もう。そんなもん見て夜更かししてたの? こんな日に? マジでオカルトマニアすぎない?」
牡丹「猿夢は有名な話だよ?」
氷雨「TPOの話なんだわ・・・」
牡丹「・・・だって眠れなかったんだもん・・・読みだしたら止まらなかったんだもん・・・」
氷雨「・・・いいけど、他の人には言うんじゃないよ。片付け終わったら叔父さん叔母さん達と食事会なんだから」
牡丹「そこまで空気読めなくないよ! 今は見たばっかりだから! あと・・・さっきのは、猿夢とは違って・・・」
氷雨「だあから! もういいから! お骨ちゃんと持ってね! 私も行ってるからね!」
牡丹「・・・はーい」
牡丹「・・・・・・」
牡丹「(猿じゃなかった、って言ったら怒られるかな・・・言えなくてよかったかも。ただの夢なんだし)」
牡丹「・・・ようやく帰れるよ、おじいちゃん。嬉しい?」
  当然ながら返答はなかった。祖父の骨壺を抱いて立ち上がったところで、ちょうど電車が止まって重心がぶれる。
  不気味なアナウンスは無い。代わりに名前ばかりが美しい駅名が告げられる。
牡丹「(猿夢、じゃなくて■夢、か。縁起でもないな)」
牡丹「(それとも――おじいちゃんを迎えに来たんだったりして)」

〇空
  2ヶ月ほど前に祖父が入院した。理由は、特にこれというものはないーー老人性なんちゃら、と聞いた気がするようなしないような。
  倒れ、搬送され、誰もが薄々ながら『退院することは無いだろう』と思っていたが、予想を裏切って入院期間は僅か二日ほどだった。
  目覚め、状況を把握した途端に激しく抵抗したのだ。その騒動は若い看護師を一人投げ飛ばすまで収まらなかったという。
牡丹「(そうまでして、帰りたかったんだもんね)」

〇田園風景
氷雨「ぅあっつ・・・暑すぎる・・・日陰もない・・・」
牡丹「おじいちゃんちエアコンあったっけ・・・?」
氷雨「あったとしても動くかどうかだよねえ・・・」
  写真、骨壺、書類の束。それぞれを抱えて濃い影を見つめながら歩く。
氷雨「(お父さん、喋らないね)」
牡丹「(・・・うん)」
氷雨「叔母さん、何時に来るって?」
牡丹「時間ギリギリになっちゃうから、予約したお店に直接来るって。叔父さんも」
氷雨「・・・うん」
氷雨「(わかっちゃいたけど、掃除はこの三人でやるわけね)」
牡丹「(そうだね・・・わかっちゃいた・・・)」
  わかってはいたのだ。

〇和室
秀行「よかった。そんなには酷くないな」
氷雨「掃除屋さん入ったって言ってたもんね。早いうちに来てよかったー、さっさと済ませちゃおう」
牡丹「うん・・・」
牡丹「(・・・変なにおいがする)」
牡丹「(あと・・・掃除屋さんにしては荷物が減りすぎてる。おばあちゃんの宝石類、手放してないはずなのに)」
牡丹「・・・・・・」
氷雨「ていうか本当なんもないね。冷蔵庫まで空っぽ・・・ いやビールすごい量ある!」
秀行「ビールだけは最後までやめなかったな・・・」
氷雨「冷蔵庫の外にも箱であるけど、どうするこれ?」
秀行「孝子と康とも相談するよ。父さんあっちの部屋やってくるから、貴金属とか出てきたら取っといてくれよ」
氷雨「はーい」
牡丹「はーい」
氷雨「・・・」
牡丹「・・・」
氷雨「あるわけねえんだよなあ・・・」
牡丹「まあね・・・」
氷雨「お父さんどうもノンビリしてるっつーか、なんていうかね」
牡丹「考えたくないのかもよ」
氷雨「・・・うん」
氷雨「私、水回り見てくるよ。あんたも適当にやっといて」
牡丹「うん」
牡丹「・・・」
牡丹「(血の跡、覚悟してきたけど何もないな)」
  退院後。
  祖父は、この部屋で死んでいたという。
牡丹「(おじいちゃん、本当にそれでよかったの? ・・・何が、か、私もわかってないけどさ)」
牡丹「(・・・長い一人暮らしの中で、なにを考えて日々を過ごしてたんだろう)」
牡丹「(遊びにも来ないし、一緒に住もうって話も却下されたし、一人が好きな人なんだと思ってたけど)」
  段ボール箱に詰まっているペットフード、■の餌を見れば、そうでなかったことはわかる。
  離れて暮らす私達は後になってから知ったことだが、野良の■を餌付けしていたらしい。ほとんど、飼っているような頻度で。
牡丹「(このにおい、■の体臭とか餌のにおいも混じってるんだろうな)」
  父も姉も言及はしなかった・・・したくなかったのだと思う。
  祖父は遺体になって発見された。
  ■によって、食い荒らされた姿で。
牡丹「(修復前の遺体を、私は見てないけど)」

〇電車の座席
  次は~ 活けづくり~ 活けづくりで~す
  次は~ えぐり出し~ えぐり出し~
  次は~ 引き剥がし~ 引き剥がし~
  次は~

〇和室
牡丹「・・・」
牡丹「さて、掃除・・・っていうか、素人ができる範囲の財産整理ね!」

〇空

〇和室
牡丹「(あらかた片付いたかな。ほとんどゴミをまとめただけだけど)」
牡丹「・・・ねえ、おじいちゃん。どうしようか」
  骨壷を包む、白と金の袋をそっと開く。電車の中で抱いていたときはまだ僅かに温かかった骨は、今は別物のように冷えていた。
  この骨は、これから近所に住む叔母に預けられ、来月になってからお墓に入れられる。
牡丹「・・・?」
牡丹「(なにもないか。気配を感じた気がしたんだけどな)」
牡丹「(・・・おじいちゃんが死んで、近所の人に挨拶に行ったとき、■の話を聞いた。飼ってると思ってるみたいだった)」
牡丹「(いっぱい居るって言ってたから、もしかしたらまだ居るかもしれないと思ったのにな)」
  餌付けされ、懐き、祖父の孤独を癒やしたであろう■はどこに行ってしまったのだろう。
牡丹「(お父さんもお姉ちゃんも■が嫌いになったみたいだけど、私あんまり悪印象になってないんだよな・・・言わないけど)」
牡丹「(・・・おじいちゃんの孤独は、私達にも原因があったはずなんだ)」
  開いた骨壷に指を差し込むと、卵の殻めいた薄いベージュが突き刺さるようだった。
牡丹「(次は串刺し、なんてね。我ながら不謹慎かつ悪趣味だな)」
牡丹「(・・・家に帰ってきたかったのは、看護師さんを投げ飛ばしてまで帰りたかったのは、■が居たからなんでしょう、おじいちゃん)」
  祖父の死に様が判明したとき、父はちょっと覚えがないくらい怒っていた。
  姉も怯えと嫌悪の入り混じった様相をしていた。叔父も、叔母も、少ししか話していないけれど、顔を険しくしていた。
牡丹「(入院を拒んだとき、やっぱり一緒に住もうって言ったお父さんを、おじいちゃんは突っぱねた)」
  たぶん、それも、この家に■が居たからだ。
牡丹「・・・こんなことで、罪滅ぼしにしようってわけじゃないけどさ」
牡丹「(むしろこれが罪か。たしか器物損害か何かにあてはまった気がする)」
牡丹「(だけど)」
  骨のひとつ、ほんの小さな欠片を一つ、壷から抜き出す。元通り蓋をして袋の口を閉める。
  この家は、近いうち取り壊すらしい。だから本当の本当に、自己満足の罪だけれど。
氷雨「あっつ・・・この部屋暑いわ。終わったー?」
牡丹「うん、大体。そっちは?」
氷雨「お父さんと、もういいよねって言ってたとこ。予約の時間には少し早いけどそろそろ行こう?」
牡丹「うん!精進料理だよね、なにが出るんだろー?」
氷雨「とりあえず豆腐?」
牡丹「地味ぃ・・・」
氷雨「派手でどうすんの。電気切って、ほら行こ!」
牡丹「うん」
牡丹「(■には会えなかったな)」
牡丹「(・・・荷物、本当に少なかった。冷蔵庫もビール以外はほとんど空っぽで、通帳判子類は一箇所にまとまってて)」
  祖父は。もしかしたら、死期をさとっていたのかもしれない。
牡丹「(・・・食べ物が用意できなくて、自ら火の中に入る兎の話は・・・ブッダだっけ?)」
  祖父が、■が、それを知っていたかはわからないが。世の中には、鳥葬という弔い方もある。
  その二つの価値観はとても近い。どの宗教でも、いちばん貴いのは他者にすべてを与えながら自らは丸裸になる行いとされる。
牡丹「(段ボール箱いっぱいのペットフード、牙と爪があるんだから破れないこともなかっただろうに。ほとんど無傷だ)」
  祖父は与え、捧げたのかもしれない。
  ■は受け取り、受け入れ、弔ったのかもしれない。
牡丹「(・・・まあ良し悪しは別ですが・・・私がそう思いたいだけというのはあると思いますが・・・)」
  それでも、伴侶の遺した宝石を掠め取るような真似や、今更ああだこうだと文句を垂れる行いと、果たしてどちらが卑しいだろう。
牡丹「このへんでいいかな。・・・帰ってきたかったんだもん、ここに居られたらそのほうがいいよね?」
  僅かに色の変わった畳の端に、薄いベージュ色の欠片を置く。迎えが来るか来ないか、これでいいかどうかもわからないが。
牡丹「(おじいちゃんを、一人にしないでくれて、ありがとうございました)」
  なんとなく手を合わせて祈る。姉の呼ぶ声が聞こえ、きっと二度と来ることのない家を出る。
  無関係だとわかってはいるけれど、帰りの電車で猿夢もどきは見なかった。

コメント

  • なんだか恐ろしい話を見てしまった気がします。
    恐ろしいと言うか、奇妙な恐ろしさ?を感じます。
    特に死に方、一体どんな死に方をしていたのか…考えたくはありませんが、興味は…あります…。

  • 想像したくないような光景を、ぽつりぽつりと示されていく展開が恐ろしいです。と同時に、死というものをどう見てどう向き合うべきか、考えさせられますね。

  • 話のふしぶしにリアリティが感じられる狂気的でありながらも、主人公の優しさや思いやりも感じられる不思議な作品でした。ペットは家族ですよね。

コメントをもっと見る(5件)

成分キーワード

ページTOPへ