エピソード1~彼曰く4~(脚本)
〇川沿いの原っぱ
遥が見つめている小箱は三つとも同じ形の正立方体で、正面に鍵穴らしきものが見えた。
スワロフスキーで全体が装飾されているのだが、スワロフスキーの色がそれぞれ違っていた。
ひとつはピンク、もうひとつは明るめのグリーン、最後のひとつはラベンダー。
箱自体は小さいのに、存外に重量があった。
遥「・・・ねえ」
謎の男「はい」
遥「わたしはドラゴンの住んでる世界にいるわけでも、今日王様に謁見する予定がある若者でもないの」
遥「・・・だけど、本当にやらなきゃダメ?」
謎の男「やってください、ぜひ。みゆの復活のために」
遥「・・・さっきから、気軽にうちの死んだ愛猫の名前を出すけどさ。それ、本当なの?」
遥はまだ疑っていた。
当然のことだった。
どこの女子高生がいきなり現れたよくわからない男に「勇者として冒険に出てくれ」なんて言われて疑いもせずにいられるものか。
しかも、目的は「死んだ猫の復活のため」
謎の男「復活っていう言い方が悪いなら・・・俺からみゆの魂を分離するため・・・って言ったほうがいいかもしれません」
遥「魂を分離って・・・ それって結局、ただ単にアナタのためってことよね?」
みゆの魂がもし本当に男の中にあるとして
。分離されたら、その後はどうなるんだろうか。
遥「みゆの肉体はもうここにはないのに・・・だから、分離されても行くところなんかないのに・・・」
みゆが息を引き取った翌日、遥は泣きながらペットの火葬場を予約した。
好きだったおもちゃを入れて花を敷き詰めたが、みゆがいつも使っていたタオルケットだけは手放せずに手元に残した。
火葬ののち、お骨の一部を小さな缶に入れて、在りし日のみゆの写真の前にタオルケットと一緒に置いてある。
みゆの肉体が既にないことは、遥が一番良く知っている。
謎の男「だからこその、その、三つの箱の依頼でして」
変態は、これでようやく説明に入れると少しホッとした表情になった。
遥「みゆの「復活」っていってたこと?」
謎の男「そうです」
謎の男「あの日、飛び降りようとした俺に突然の落雷で弾き飛ばされたみゆの魂がぶつかって今の状態になってしまったんですが・・・」
遥「それで、飛び降りたつもりだったのが屋上で倒れてたってこと?」
謎の男「はい・・・」
謎の男「それで、ですね。 俺もみゆもこのままじゃ、困るんです」
遥「アナタは困るでしょうけど・・・ みゆが困るってのはどうして?」
謎の男「猫は九度転生するって聞いたことありますか?」
それは、猫好きの間ではよく聞く話だ。
猫は肉体は死んでも毛皮を着替えながら飼い主のところに戻ってくるという。
ただ、それは悲しみを和らげるための優しい嘘なのではないかと遥は思っている。
謎の男「俺は俺で自分の中に別の生き物が入ってしまっているし、みゆはみゆで転生ができない」
謎の男「ほとほと困っていたんですが・・・」
謎の男「どうやら困っていたのは俺たちだけじゃなかったみたいで」
遥「え・・・!?」
謎の男「最近、厳しいらしいんですよね、魂の数のチェックとか」
遥「魂の数・・・?」
謎の男「ほんのつい昨日なんですけど、天の『管理局』ってところから使者がやってきまして」
どんどん現実離れした話になっていく。
遥はどこからツッコんでいいものやらわからずフリーズしかけていた。
それでもなんとか頑張って聞き洩らさないように努めた。
謎の男「で、その使者は・・・」
「ああ~、こりゃ回収が難しいわ」
と、一目見るなり言ったという。
「複雑な絡まり方してんなぁ」
まじまじと上から下まで舐めるように変態を見てから大きく深いため息をついたらしい。
「うーん、まぁ・・・方法がないことも・・・ないかぁ・・・」
使者はどこからか取り出した分厚いマニュアルをめくりながら、
「じゃあ、これ、預けるんで」
と、例の小箱を預けて行ったのだという。
謎の男「やり方は、割とシンプルなんです」
謎の男「『三つの箱を、三つ世界の扉を通り抜けるまで守り抜くこと』」
謎の男「そうしたら、みゆの肉体を復活させて、そこに分離したみゆの魂を入れることができる・・・らしいです」
遥「この箱を守るだけ?」
謎の男「そうです。 で、条件がありまして」
遥「条件・・・?」
変態から伝えられた条件は、次のとおりだった。
①箱を誰かに渡す必要があると遥が判断したときには渡してもいい。
② ただし、最後の扉を通り抜けるときには最低でもひとつは手元に残っていること。
③みゆがどのくらいの年齢の肉体で復活するかは、箱の数次第。
謎の男「箱ひとつにつき、約5年と考えてください」
最後に手元に残っている箱がひとつのときには十歳前後の肉体
箱がふたつの時には五歳前後の肉体
して丸々三つ箱が残っていたら子猫の肉体にみゆの魂が戻されるのだという。
遥「そりゃあ、子猫の方がいいよ、その分長く一緒にいれるんだもん・・・ その為にはこの三つの箱を守ればいいんだよね?」
遥「でも、途中で箱を奪われたりとか、何か危険な目にあったりとかするんじゃない?」
謎の男「あなたを傷つけて無理やりにその箱を奪えるやつはいません」
遥「なんでそう言えるの?」
謎の男「その箱は、遥さんが自分の意思で相手に渡さないと譲渡できないんです」
遥「脅されたら渡しちゃうかもよ?」
謎の男「本心から相手に箱を渡そうという気持ちがない限り、いくら箱を奪ったところで『鍵』は手に入りません」
遥「鍵?」
謎の男「その箱は、扉を開くための鍵なんです。 今は立方体ですけどね。 必要な場面に合わせて変化します」
遥「へぇ・・・」
謎の男「もしも遥さんが、箱を渡したい人と思う人がいたら、遥さん自身がその人に手渡してください」
謎の男「遥さんからの譲渡が完了したとき、鍵が出現します」
謎の男「もし脅し取られたようなときには、箱は自動的に遥さんの手元に戻りますから、安心してください」
遥「そっか、それなら思ったより楽勝かも」
もしも最後まで三つの小箱を守り切ることができたら。
そうしたら。
まっしろのふわふわの子猫の毛並みと手触りを想像しながら、遥の頬は自然とゆるんでいた。
ニヤける遥に、変態は声をかけた。
謎の男「では、今夜の0時に迎えに行きますので」
遥「どうやって?」
謎の男「えっと、普通にお迎えに行きます」
遥「・・・普通に?」
謎の男「・・・普通に」
遥「ああ、そう・・・」
謎の男「できればそれまでに旅の準備などをしておいてもらえたらありがたいなと・・・」
遥「旅の準備って、服とか」
謎の男「あとは、ちょっとだけおやつとか・・・」
遥「遠足みたい」
謎の男「そうですね、少し遠出しますから」
遥「学校とかは?」
謎の男「その辺はご心配なく。 「人智の及ばぬ上の人たち」が決めたことなので、特例措置がありますから」
遥「ふーん・・・そうなんだ・・・ ・・・あ!!」
遥はあることに気付いて、頭を抱えてしゃがみこんだ。
冒険のディテールがしっかりと見えてきて、読んでいて高揚感を思えますね!それと、管理局の方の口調が、テキトーな現場作業員っぽくて楽しいですw