読切(脚本)
〇黒
誰もいない美術室で、油絵の肖像画を描く。
クラスメイト二十五人の肖像画を一人で描いており、
隅にはすでに出来上がったクラスメイトたちのキャンバスが重ねて置かれている。
乾ききらないうちに重ねた為、あちこちに色がつぶれて付着している。
壁の時計に目をやると、午後四時二分を指している。
真理恵「・・・」
描きかけの肖像画に布をかぶせると、美術室を出る。
次の日も、またその次の日も。
熱心に、描き続ける。
瞼を閉じる。
壁の時計が、午後四時二分を指す。
〇教室
誰もいない静まり返った教室に、二十五枚の肖像画を並べる。
それぞれの椅子に、立て掛ける。
すべって落ちたものは、放置する。
美術室と教室を何度か往復して、けっこうな肉体労働を課せられる。
廊下からも、校庭からも、ひとつも音が聞こえない。
深く息を吸って、呼吸を整える。
静かな気配が、視界に宿る。
そして、教壇に立つ。
もう一度、深く息を吸った後、
真理恵「すーはー」
クラスメイトたちの印象を語り出す。
真理恵「いつも穏やかな顔で、消しゴムを拾ってくれた相坂さん」
真理恵「きついところもあるけど、それを揉め事の火消しに活かしていた宇梶くん」
真理恵「汗かきなのを気にして、誰より消臭スプレーの成分に詳しかった榎本さん」
真理恵「目元のふちどりが綺麗だった大成くん」
真理恵「お弁当のタンドリーチキンを、スパイス多目でくれた菅原さん」
真理恵「ファミリーマートの真上に住んでいた木下くん」
真理恵「肉感的だった久我さん」
真理恵「赤いシャツが透けていた靴山くん」
真理恵「泣き虫だけど、大食いな紺野さん」
真理恵「眉毛を整えたら、豆電球のようになった斉藤くん」
真理恵「髪型がフォークリフトみたいだった杉田さん」
真理恵「家でシェパードを飼っていた世良くん」
真理恵「サッカー部にまんじゅうを差し入れした仙道さん」
真理恵「時代の移り変わりがあの人にも押し寄せている! が口癖だった曽我島くん」
真理恵「年上の田野さん」
真理恵「頷く性分の知花くん」
真理恵「みんなに問う塚本さん」
真理恵「俳句の字余りが好きだった寺井くん」
真理恵「帰国子女の戸板さん」
真理恵「声が高い成海くん」
真理恵「声が低い新垣さん」
真理恵「頑張り屋の沼田くん」
真理恵「勝気な根城さん」
真理恵「スクールシャツの下に必ずVネックのシャツを着ていた野上くん」
真理恵「皆、純粋で、希望に満ちていた・・・」
教壇を、バンッと叩く。
その音の確かさは、感情を高ぶらせる。
テレビ「・・・続報をお伝えします」
テレビ「急速に感染拡大を続けるWUHウイルス、通称若いうちが華ウイルスは、」
テレビ「十代にしか感染しない特殊なものだと先月政府から発表されましたが・・・」
教壇を、バンッと叩く。
真理恵「つまり、私は、年上の田野さんより・・・」
正面の席に置かれた、自画像と目が合う。
これは、一番最初に描いた油絵である。
クラスメイトの誰よりも。
まるで監視者のような、残酷さがうかがえる。
今よりも、前にいる。
瞼を閉じる。
壁の時計が、午後四時二分を指す。
(了)
クラスの仲間が皆ウイルスによっていなくなってしまったのですかね…。
残された最後の1人なのかな…?なんだか切なさを感じました。
夕方の誰もいない教室に、一人。もうみんな下校した後なのか?と思って読んでいたら、どうやら違うらしい。取り残された彼女は、どうなるのか気になります。
彼女の不可解な行動、何かしらの思いによる行動をするも感情を抑制した様子、その理由を求めて読んでいましたが、まさかの展開で。クラスメイト一人一人の特徴を半ば無理して口にするところは、不思議な感覚とともに必死感に少し笑ってしまいました。