第5話 ブーケの予感(脚本)
〇ビルの裏通り
市ノ瀬花音(この人、百合さんを殺した犯人に後ろ姿が似てる)
市ノ瀬花音(どうしよう。岸井さんには連絡がつかないし・・・)
携帯を握りしめながら香澄さんのほうを見るとヒョロっとした男の人が後ろから香澄さんの肩を掴んだ。
振り返った香澄さんの目は明らかに怯えていた。
宮下香澄「瑛斗(えいと)・・・」
市ノ瀬花音(エイト? この人、香澄さんの知りあいなんだ・・・)
大沢瑛斗「・・・香澄。なんだよ、この花?」
宮下香澄「・・・そんなこと、どうでもいいでしょ?」
エイトと呼ばれた男が香澄さんからブーケを奪いとった。
宮下香澄「ちょっと、やめてよ! この花は百合さんの・・・」
大沢瑛斗「あぁ? この花、あの女の死んだ場所にでも持ってくつもりか?」
宮下香澄「あの女って・・・。ねぇ、私、ずっと気になってたんだけど、まさか百合さんを殺したのって・・・」
大沢瑛斗「あぁ? お前、オレのこと疑ってんのかよ?」
市ノ瀬花音(こんな時、どうすれば・・・)
何も出来ないうちに香澄さんが男からブーケを取り返そうとする。
宮下香澄「返してよ!」
大沢瑛斗「ふざけんなよっ」
〇モヤモヤ
男が叫んだ瞬間、さっきブーケを作った時に浮かんだ映像が私の脳裏をよぎった。
その映像と全く同じように、男が香澄さんに掴みかかった。
〇ビルの裏通り
市ノ瀬花音(どうしよう、なんとかしなくちゃ)
ありったけの勇気を振り絞って二人の間に割って入った。
市ノ瀬花音「あ、あの!」
香澄さんと男の人が同時に私のほうへ振り返って鼓動が跳ね上がった。
市ノ瀬花音「え、えっと・・・・・・」
宮下香澄「さっきの店員さん・・・」
大沢瑛斗「はぁ? 店員が何の用だよ?」
市ノ瀬花音「あ、あの・・・」
男の人の視線が鋭すぎて、それ以上、何も言葉が出てこなかった。
なんとかしなくちゃと思いつつも何も出来ずにいると、聞き覚えのある声が耳に響いてきた。
???「すみません。お待たせしました!」
振り向くと、そぐそばに息を切らせた岸井さんが立っていた。
市ノ瀬花音「岸井さん!」
岸井浩太「札幌に行ってたんです。途中、ちょっと電波の悪いところがあって」
市ノ瀬花音「札幌?」
岸井浩太「はい。香澄さんが以前、住んでいた場所です」
宮下香澄「え・・・」
大沢瑛斗「てめぇ、誰だよ?」
岸井さんが駆けつけてくれてホっとしたのも束の間、男が岸井さんに詰め寄って襟首を掴んだ。
岸井浩太「北川百合さん殺害事件を調べている探偵の岸井です」
宮下香澄「探偵・・・」
岸井浩太「あなたは大沢瑛斗(おおさわえいと)さん。宮下香澄さんの元夫ですね?」
大沢瑛斗「あぁ? だったら、なんだよ?」
市ノ瀬花音(この人が、香澄さんの元夫・・・)
岸井浩太「北川百合さんを殺した犯人は、あなたですね」
大沢瑛斗「はぁ? 何、言ってやがんだよ?」
岸井浩太「あなたは宮下香澄さんと離婚したあと、彼女を執拗に追い回していた・・・」
大沢瑛斗「うっせーな。証拠もなく、そんなこと言って、ただで済むと思うなよ?」
男が岸井さんのシャツの襟を絞り上げるように力を入れるのを見て目を開けていられなかった。
岸井浩太「ただで済むかどうかは、あなた次第だと思いますけど・・・」
香澄さんは男のほうを見ながら立ち尽くしていた。
市ノ瀬花音「この男は私たちが何とかするから、香澄さん、逃げて!」
宮下香澄「で、でも・・・」
大沢瑛斗「香澄。行くな」
男が岸井さんから手を離し、香澄さんのほうへ詰め寄って肩を掴んだ。
その瞬間、男の手からブーケが離れて宙を舞った。
市ノ瀬花音「あっ・・・ブーケが・・・」
私は地面に叩きつけられたブーケを拾い上げて男のほうを見返した。
普段、こんな目つきの悪い男の人が近くにいたら怖くて仕方ないのに、なぜだか私の中でスイッチが切り替わった。
だって花をこんなに粗末に扱う人だけは絶対に許せないから・・・。
市ノ瀬花音「このブーケには香澄さんの悲しみが詰まってるのに」
市ノ瀬花音「あなたは香澄さんの大好きだった人の命を奪って、まだ傷つけるつもりなんですか?」
大沢瑛斗「はぁ? 俺が殺した証拠なんてどこにあるんだよ?」
市ノ瀬花音「このブーケを見ても、そう言えるんですか?」
大沢瑛斗「当たり前だろ? このブーケが証拠になるとでも言うのかよ? あぁん?」
男が食い入るように私のほうに詰め寄った。
市ノ瀬花音(こ、怖い・・・)
ギュっと目をつぶると不意に手元からブーケが離れた。
市ノ瀬花音(え・・・)
目を開くと私の持っていたブーケを岸井さんが持っていた。
岸井浩太「こちらで証拠を、お預かりさせて頂きます」
大沢瑛斗「はぁ?」
岸井浩太「このブーケを包んでいるセロファンのあたりに付着してますよ。ベターっと、あなたの指紋が・・・」
岸井浩太「しかも警察には百合さんを殺害した犯人の指紋も保存されていますから、もし一致すれば動かぬ証拠になるはずです」
大沢瑛斗「て、てめぇ」
男が懐からナイフを取りだし、岸井さんに襲いかかろうとした瞬間、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
岸井浩太「念のためパトカーを呼んでおきました。もう逃げられないと思ったほうがいいと思いますよ?」
大沢瑛斗「くっそ」
ちょうどサイレンの音が止まり、パトカーから降りた警察官の手で男が取り押さえられた。
〇シックなカフェ
後日、私と岸井さんは『ライラック』で香澄さんに会うことになった。
貸し切りの店で牧野さんが私たちにコーヒーを出してくれた。
宮下香澄「わたし・・・あの人から逃げるために札幌から東京へ来たんです」
市ノ瀬花音「そうだったんですね」
宮下香澄「見つからないように怯えて過ごすのはストレスだし札幌に帰りたくて・・・」
宮下香澄「そんなとき、うちの近くにもあったこの店のライラックに見とれていたら店長の拓実さんに声をかけられたんです」
市ノ瀬花音「あのライラック、甘くていい香りですよね」
宮下香澄「ええ。それに拓実さんは優しくて。 すっかり夢中になって、よくお店に通うようになって・・・」
宮下香澄「百合さんと出会ったのも、この店で、物凄くオーラがあるのに気さくで、まるでお姉さんのように接してくれました」
宮下香澄「すっかり舞台にもハマって、東京に出てきて良かったって思っていたのに・・・」
宮下香澄「いつの間にか瑛斗が私の居場所を突き止めて、あたりをウロチョロするようになったんです」
宮下香澄「でも、まさか瑛斗が百合さんを殺すなんて・・・」
岸井浩太「警察の話では、大沢瑛斗は香澄さんを尾行している時、たまたま百合さんに出会ったようです」
岸井浩太「その時に『未練がましいのは男らしくない』と説教されて逆恨みしていたようです」
宮下香澄「そんなことが・・・」
牧野拓実「百合さんは真っ直ぐで意見をハッキリ言う人でした。だから、みんなから慕われていたんですけどね」
静かに涙を流す香澄さんの横に牧野さんがスっと立って肩を抱いた。
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