エピソード12(脚本)
〇寂れた雑居ビル
──9月30日
介護実習、最終日・・・
──某介護事務所
〇事務所
介護士(大塚さん)「今日の午後、 御手洗さんの家に行くわよ」
実習の最終日となったこの日、
事務所の休憩室で昼食を食べていたら、
大塚さんに言われた。
御手洗さんとは
私が実習の初日に行った
ウンコで汚れた家の人だ。
鼻の奥から
あのババアの家のニオイがした。
できれば食事中に聞きたくなかった
介護士(大塚さん)「心配しなくて大丈夫よ。 他のヘルパーさんが 掃除してくれたみたいだから」
私の気持ちを読み取ったのか、
大塚さんがそう言って擁護する
介護士(大塚さん)「そうそう。 部屋がきれいになったからか・・・」
介護士(大塚さん)「御手洗さんがおしゃべりを よくするようになったんですって」
大塚さんの運転する車に揺られ、
ババアの家に着いた。
今回はマスクとシューズカバーをもらえた。
車に乗り込む前に確認したのが良かった
御手洗さんの家にはいると、
ゴミは残っているが、
ニオイはいくぶんよくなっていた
〇散らかった居間
御手洗(みたらい)「なんだい、あんたたち」
介護士(大塚さん)「今日は御手洗さんと 夕食を一緒にしようと思いまして」
大塚さんが耳元で
大きくはっきりとした声で説明する。
今日は16時から17時まで
ババアの夕食の介助をする
ご飯の準備をして、
スプーンを使って食べさせてやるのだ
御手洗(みたらい)「よかった。 また病院に連れていかれるのかと 思っちゃったよ」
傲慢だ。
無料で診察してもらえるくせに・・・
御手洗(みたらい)「弁当はさっき配達の人が届けにきたよ。 その辺にあるだろ?」
介護士(大塚さん)「御手洗さん。 今日のお弁当は美味しそうですね」
介護士(大塚さん)「鶏のから揚げと卵焼きですよ!」
御手洗(みたらい)「その弁当は不味いからやなんだよ」
とても戦争を経験した人とは
思えない発言だ
電子レンジでお弁当を暖めている間に、
大塚さんはお茶を入れていた
介護士(大塚さん)「あ、神崎さん。 私のバックからとろみパウダーを 取り出して」
言われた通り、
とろみパウダーが入ったスティックを
手渡した。
大塚さんはスプーンでかき混ぜながら
お茶にパウダーを加えていった
カチャカチャと
湯飲みとスプーンが当たる音が
部屋に響き渡る
サラサラしたお茶の粘度が
みるみる高まり、
次第にドロッとしてきた
介護士(大塚さん)「お年寄りは飲み込む能力が低下するから、 サラサラのお茶はダメなの」
介護士(大塚さん)「トロっとさせないとね。 お茶が肺に入ってむせちゃうのよ」
介護士(大塚さん)「むせてる途中に食べたものを 吐いちゃうと大変」
介護士(大塚さん)「喉につまらせて 死んじゃった人もいるのよ」
大塚さんはそう説明しながら、
手際よくかき混ぜていた
温まったお弁当を
ババアのところに持っていくと、
ちょいちょいと手招きをされた
御手洗(みたらい)「そうそう、お嬢ちゃん。 この前、病院でもらった薬があったでしょう」
御手洗(みたらい)「見当たらないのよ。どこにも。 お嬢ちゃんが帰る途中に なくしちゃったのね」
御手洗(みたらい)「薬が飲めなくて困ったわ。 責任もって仕事しなさい」
御手洗(みたらい)「若い子はほんとにダメね。 私らの頃なら恥ずかしくて 外を歩けなかったわ」
床に落ちてるビニール袋、
全てお前の薬だ!
そう言ってやりたい・・・
なんで薬があることはボケて忘れるのに、
薬を飲まなきゃいけないことは
忘れないんだ。
御手洗(みたらい)「今の若い子はクーラのついた教室で 勉強してんでしょ。 贅沢なもんだね~」
責任感のない若い子という言葉が
何かのスイッチだったのか、
ババアは若い子の批判を始めた
御手洗(みたらい)「そんなところに金を使うなら、 もっと福祉を充実させないとね」
御手洗(みたらい)「私の友達が言ってたよ。 「頑張って社会を作ってきたのに、 国に死ねと言われてるみたいだ」って」
御手洗(みたらい)「かわいそうなもんだよ・・・」
社会を作ったのは
あなたたちかもしれない
でも、今の社会を
一生懸命作っているのは誰?
これからの社会を
作ろうとしてる人のことを
考えたことはあるの?
〇散らかった居間
御手洗(みたらい)「まったく今の世の中はおかしいね。 昔は介護なんて家族や近所の人たちで 助け合ってやったんだ」
御手洗(みたらい)「それなのに今じゃ 金を払わないとなにもしてくれやしない」
御手洗(みたらい)「お嬢ちゃんはいくらもらってんだい?」
一円ももらっていない。
形だけでいえば、
私は学ばせてもらってる立場なんだ
こんなババアの食事を
私はさせてやらなきゃならないのか
スプーンで小さく切った
卵焼きを口元に運んだ
ババアは一口食べては
「不味い」といい顔をしかめている
御手洗(みたらい)「お茶はまだかい? たくっ、ほんっと使えないね」
お茶を持っていくと
私の手から奪い取った
──ズズズ・・・
ババアはコップを置くと、
スプーンを掴み意地汚く食べ始めた。
なんだ自分で食べれるじゃないか
台所では大塚さんが
ババアに飲ませる薬の準備をしていた
時刻は16時50分。
あと10分で帰れる。
こんなババアとは一秒たりとも一緒に居たくない
ブー、ブー・・・
介護士(大塚さん)「はい、もしもし」
介護士(大塚さん)「ええ!?」
介護士(大塚さん)「わかりました。すぐ行きます」
電話を切り、
大塚さんは慌てて帰り支度を始めた。
エプロンを乱暴に丸めている
介護士(大塚さん)「他の利用者さんのところで ちょっとトラブルがあったみたいだから すぐに行かなきゃ」
介護士(大塚さん)「お弁当のゴミを捨てといて。 薬と白湯は準備したから 持っていってあげて」
介護士(大塚さん)「簡単だからあとはできるわよね!」
そういって、
勢いよく扉を開けて出ていってしまった
私はババアのほうに目をやり、
ほとんど手をつけずに残した弁当を
ビニール袋に捨てた
不味いといいつつ
卵焼きはしっかり完食していた
薬と白湯をトレーごと運び、
テーブルに置いた
腕時計に目をやると17時だった。
時間だ。
帰ろうと玄関に立ったその時──
振り替えるとコップが倒れている
そして、ババアが溺れているかのように
両手を挙げ、苦しそうにもがいていた
──ゴポッ・・・
ババアが口の中から薬と白湯を吐き出した
──ウェッー、ゲエ、
ゴホッゴホッ
声にならない奇声をだし、
喉元に手をやっている。
ヒュー・・・ヒュー・・・
必死に肺へ空気を
入れようとしている音が聞こえる
だが、気道になにかが
つまっているようだ・・・
──ガ、あ・・・
『お年寄りはむせると、
食べたものを吐いて窒息する』
さっき大塚さんに聞いたことが
頭をよぎった。
ババアは未だにしぶとくうごめいている
救急車を呼んでやらなくもないが、
校則には『実習時間が過ぎたら、
速やかに帰ること』と記載されている
ましてや私にはその手段がない
だって校則には『携帯・スマホなど
通信機器の持ち込みを一切禁止する』と
記載されているのだから
──そうこうしているうちに
ババアは動かなくなった
総じて、とても読み応えのある作品だと強く感じました。介護の現状や社会福祉制度の関心の有無で、本作のジャンルの印象が、”ホラー””社会風刺””リアリティ満載のフィクション”などに分かれそうですね。私はいずれの面でも楽しめました。