最後の晩餐

阿門 遊

最後の晩餐(脚本)

最後の晩餐

阿門 遊

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最後の晩餐
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〇赤いバラ
「「いよいよ明日だね」」
  私は、できるだけ、明るく振舞おうとした。
彼女「「そうね」」
  彼女もそれに応えるかのように微笑みを浮かべた。
  もちろん、こうした恋愛の寿命が終わるのは、今回が初めてではない。
  これまでも数回はあっただろう。
  しかし、私の記憶からは全て消されているので、思い出せないのだ。

〇赤いバラ
  彼女とは、これまで、ずっと楽しく暮らしてきた。
  小さな喧嘩はあったものの、総じて仲がよかった。
  もちろん、仲がよかったからこそ、3年間、一緒に暮らしてこられたのだと思う。
  しかし、明日になると、彼女と別れなければならなくなる。
  いや、別れるというよりも、彼女のことを忘れてしまうのだ。

〇赤いバラ
  恋の寿命は3年だそうだ。
  つまり、3年が過ぎれば、お互いの欠点やあらが見えだし始めて、我慢できなくなるのだ。。
  そして、最後は、お互いを罵倒したり、暴力行為に及んだりして、悲惨な結果を迎えることになる。
  そうした、社会的損失を防ぐために、政府は、全ての人の頭脳に、恋愛の寿命が3年で終わるよう、チップを埋め込んだのだった。

〇赤いバラ
  そのため、お互いが出会って、恋に落ちても、3年が経過すると、互いの事を全て忘れてしまう。
  こうすることで、お互いが憎み合うことなく、未来へ新たな一歩を踏み出すことができるのだ。
  だが、彼女との3年間の記憶が消えてしまうのは、少し寂しい。
  しかし、その寂しいという気持ちさえも忘れてしまうのだ。

〇赤いバラ
私「「最後の日だから、どこかの洒落たお店に行こうか?」」
  私は彼女を誘った。
彼女「「そうね。でも、最後の日ぐらいは、この家であなたと一緒にいたいわ」」
  彼女の提案に私は大きく頷いた。その後、一緒に夕食を作った。
  唐辛子のきいた、ぺペロンチーノ。和風ドレッシングをかけた野菜サラダ。そして、コンソメ味のスープ。
  冷蔵庫の中に残っていた食材による最後の晩餐だった。

〇赤いバラ
「「乾杯!」」
  私はビール、彼女はワイン。3年間、一緒に過ごせたことへのお祝いだ。
  期限付きの暮らしだったが、満足感はある。
  中には、期限を待たずに別れるカップルもいるらしい。
  そうしたカップルと比較すれば、自分たちは、無事、任務を完了したと言える。
  しかし、この気持ちも、明日になれば消え、新たな出会いに心をときめかすのだ。この矛盾が腹立たしい。

〇赤いバラ
私「「その服、似合っているね」」
  彼女は、白いワンピース姿だった。
彼女「「ありがとう。覚えている?あなたと初めて出会った時に来ていた服よ」」
  彼女はにこやかに笑った。しかし、その笑顔の裏にどんな気持ちが隠されているのか、私には読み取れない。
  それに、彼女が白いワンピースを着ていたことも思い出せない。これは、チップのせいではない。

〇赤いバラ
  最後の晩餐は、なごやかに終わった。私は冷蔵庫の奥底から白い箱を取り出した。
私「「食後のデザートを買っていたんだ」」
彼女「「あら。今日に限って、嫌に、サービスがいいわね。それじゃあ、あたしはコーヒーを入れるわ」」
  私は、イチゴのショートケーキを白い皿によそった。

〇赤いバラ
私「「記念に、写真を撮らないか」」
彼女「「それはいいけど、明日になったら、わたしのことを忘れるんでしょう。次の彼女に悪いんじゃない?」」
彼女「「わたしだったら、次の人が前の彼女の写真を持っていたら嫌だな。でも、次の彼女がわたしだったら、かまわないけど」」

〇赤いバラ
  彼女はそう言って笑った。私は、右手を伸ばして、スマホで二人の写真を撮った。彼女は、嫌々ながらも応じてくれた。
彼女「「でも、その写真は早めに削除してよ」」
私「「ああ。もちろんだよ。今晩、君との3年間の思い出に耽りたいだけだよ」」

〇赤いバラ
  夜十二時が過ぎた。私はまだ、スマホの写真や動画を見ている。
  傍らには、彼女が寝息を立てている。まだ、私は彼女の事を覚えている。
  しかし、寝て、目が覚めたら、彼女との思い出は全て私の記憶から消え去っているのだ。
  そんなことがあるのか。しかし、これまでも、何回も同じ経験をしてきた。それは、事実なのだ。

〇赤いバラ
  もし、このまま、眠らずに起きていたら、彼女との記憶は消えないのか。
  ふと、そんな疑問が起こった。
  しかし、自分の彼女に対する記憶が残っていても、彼女の私に対する記憶が消えていれば、かえって、自分がみじめになるだけだ。
  だけど、何故、政府は、恋愛の寿命を3年の期限としたのだろうか。

〇赤いバラ
  私は、自分の頭の中に埋め込まれているチップの周辺の髪の毛を触った。
  3年も一緒に暮らしたり、生活をしたりすれば、最初は、仲が良くても、次第に、関係が覚めてくる。
  その期限が3年なのか。
  人間関係を壊すことなく、円満に終えるためには、恋愛の寿命は3年が適切なのか。

〇赤いバラ
  確かに、親子や兄弟でも、腹が立ったり、嫌になったりすることはある。
  でも、肉親ということで、怒りも、知らない間に消え、元の、関係に戻ることができる。
  しかし、他人の場合は、一度、関係がこじれてしまうと、修復することは難しい。
  そう、一旦、破綻した関係は、元の関係に戻ることはない。

〇赤いバラ
  もちろん、関係を断った人と、付き合いをすることもある。
  ただし、その場合は、相手を、空や山、コンビニや自動販売機など、単なる風景と見なしているだけなのだ。
  だから、特段、何の感情も抱かないのである。
  翻って、自分と彼女との関係はどうだっただろうか。

〇赤いバラ
  自分が思うには、仲むつまじく暮らしてきたはずだ。
  もちろん、口喧嘩など、諍いはあった。
  しかし、それは、卵焼きに塩を入れるのか、砂糖を入れるのか、など、些細なことだった。
  だからこそ、お互い憎み合うこともなく、3年の期限と共に、別れることはいいのかもしれない。

〇赤いバラ
  でも、ふと思う。
  私の両親のことである。
  恋愛が3年で終わりを告げるならば、何故、私や妹が生まれたのだろうか。
  また、私や妹が成長する間も、別れることなく、ずっと夫婦でいられたのだろうか。
  そして、今も、ずっと一緒に暮らしている。
  子どもが生まれると、かすがいとなって、恋愛の寿命は延びるのだろうか。

〇赤いバラ
  そんな疑問を持ちながら、私は、彼女との思い出が詰まっているスマホの写真や動画を遡った。
  今は、三年目の春。
  冬、秋、夏、再び、二年目の春。
  そして、冬、秋、夏、一年目の春。
  また、冬、秋、夏。そして、彼女と出会った初めての春。
  その間に、二人で出掛けた公園やイベント、食事の写真などが写っていた。

〇赤いバラ
  このスマホには、二人の人生が凝縮している。
  その人生の記録も、明日には、消え去ってしまう。
  もちろん、物理的に消えるだけではない。私の記憶から消え去るのだ。
  だから、再び、このスマホの写真を開いても、新たな私は、何の関係もない写真として、データを全て消去してしまうのだ。

〇赤いバラ
  最初に出会ったときの彼女は、そう、さっきの夕食時の時のように、白いワンピースを身にまとっていた。
  その写真を眺める。ああ、思い出した。
  私は、他に写真がないかと、スマホの画面を更にスクロールした。
  写真は、冬が終わりを告げ、春に変わり始めた公園だった。
  桜はまだつぼみだった。

〇赤いバラ
  不思議だ。
  3年以上の前の写真は消し去っていたはずなのに、残っていたなんて。
  そう、彼女と出会う前だ。
  誰かが映っている。昔の彼女か。
  私は、親指と人差し指を広げて、画面を拡大した。
  そこには、白いワンピースを着た彼女の姿が映っていた。
  私は、隣で眠る彼女の横顔を見た。
  そして、安心して、寝室の照明を消した。

コメント

  • 恋の寿命まで決められる社会って、なんだか悲しいですね。
    3年間の間にまたその人に恋をして…みたいな繰り返しだと思ってたんで、人によりますよね。
    でも、ラストのあたりでなんだかちょっとホッとしました。

  • 3年間ですか。頭にチップを埋め込まれているなら、外科医がそれを取り除くこともできそうですが、犯罪者扱いになるんでしょうね。

  • 3年という期限付きの恋愛が強いられる社会では家庭生活や出産・子育てはどうなるのだろうかなど、考えてしまうことが多い奥行きのある作品に引き込まれました。

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