山本朔 下(脚本)
〇稽古場
西 龍介「おはようございまーす お?」
西 龍介「なんだ、またお前だけ? 他の人はまだ来てないのか」
山本 朔「はい。俺だけです」
西 龍介「30分早く稽古始めるって連絡来たけどなぁ まぁいいや 俺は外で暇潰してくるから──」
山本 朔「龍介さん。俺と稽古しましょう」
西 龍介「へ?」
山本 朔「32ページから20代と30代の二人だけで 長めに話すシーンがあるでしょう」
山本 朔「あそこ。やりましょう。今から」
山本 朔「スマホと缶コーヒーで潰すよりは、 有意義な時間の使い方でしょう」
西 龍介「それは、そうかもしれねぇけど」
山本 朔「ならいいじゃないですか 俺の『聞きたいことがあるんだけど』 からいきます」
西 龍介「・・・分かった」
〇稽古場
山本 朔「・・・・・・」
山本 朔「ストップ」
山本 朔「龍介さん、 俺は台詞合わせをしたいんじゃない あんたと芝居がしたいんだ」
西 龍介「・・・ そうだな、今のは適当に演技した 俺が悪かった」
西 龍介「仕切り直させてくれ」
山本 朔「じゃあもう一回、同じところから」
西 龍介「・・・・・・」
西 龍介「よし」
〇稽古場
〇稽古場
山本 朔「でも、俺は、会社を・・・」
西 龍介「会社よりお前自身を、俺自身を大事にしろ お前がどうしたいか、だろ」
西 龍介「俺は未来のお前だぞ? お前のことなんて、 嫌というほど分かってるんだよ」
山本 朔「・・・」
山本 朔「はい。ここまで」
西 龍介「満足か?」
山本 朔「ええ。ありがとうございます それで、まずあんたの最初の台詞ですけど」
西 龍介「は?いきなりダメ出しってお前──」
山本 朔「人生への諦めと達観が 絶妙に混ざりあった言い方、流石です」
西 龍介「・・・・・・は?」
山本 朔「笑いながらあの台詞っていうのが 良いですよね あと、視線の使い方も上手いと思います」
山本 朔「一番ぐっときたのは 『どうしようもないさ』のあとですね 目の前の俺を見ながら、俺を見ずに 記憶の中の過去の自分を見ている」
山本 朔「『とにかく』の台詞で、 ようやく記憶から俺へ意識を向ける あの視線の動かし方と垣間見える感情 俺には真似できません」
山本 朔「あと他には」
西 龍介「ちょ、ちょ、ちょっと待て! お、お前は何を言ってるんだ!?」
山本 朔「何って、 龍介さんの演技で好きなところですけど」
西 龍介「はぁ!?なんで!?嫌がらせか!?」
山本 朔「・・・めんどくさいな これもう俺の言い方が問題じゃなくて、 あっちの捉え方が捻くれてんじゃないか?」
西 龍介「おい聞こえてるぞ!」
山本 朔「いいですか?俺の言うことは、 皮肉でも嫌味でもありません ただ、言葉通りの意味に受け取って下さい」
山本 朔「俺はあんたの演技に嫉妬しています」
山本 朔「俺にはできない演技を、 俺には思いつかない演技を、 あんたはやすやすとやってみせる」
山本 朔「でもあんたは、自分を卑下するでしょう 俺の好きな演技が、あろうことか その本人によって全否定される」
山本 朔「だから腹が立ちました」
山本 朔「あと、俺自身の個人的な焦りもあって それの苛立ちをぶつけてしまったところ もあります」
山本 朔「すみませんでした」
西 龍介「いや、え、えっと 俺もあの時は言い過ぎたというか」
西 龍介「・・・悪かったよ 露骨に無視してたことも含めて」
山本 朔「俺の言い方が悪かったんだと思います 友人にも言われました お前の言い方は分かりにくい もっと素直になれと」
山本 朔「俺たちが喧嘩したきっかけ、覚えてます?」
西 龍介「えーと、たしか」
〇稽古場
山本 朔「龍介さん、22ページ目からの台詞ですけど」
山本 朔「こっちを見てないですよね 俺的にはここは向き合って言い合いを するイメージだったんですが」
山本 朔「どういう意図でこっちを見てないのか 教えてもらえますか」
西 龍介「どういう意図、って言われてもなぁ んー、でもあの時の続木終なら お前の方を見ないだろ」
山本 朔「いやですから、それの詳しい内容というか なぜこっちを見ないのか、 という理由を知りたいんですが」
山本 朔「そりゃ、貴方はそれでいいでしょうけど」
西 龍介「それで、って まるで俺が適当に演技してるって 言いたいみたいだな」
山本 朔「そんなことは一言も言ってないでしょう その捻くれた思考回路、 どうにかならないんですか?」
西 龍介「捻くれてて悪かったな どうせ俺は頭も演技も何もかも、 お前より劣ってるよ」
山本 朔「どうして貴方はそういう言い方しか できないんですか?」
西 龍介「そういう言い方も何も、 事実を言ってるだけだよ 俺はお前みたいに優秀じゃないんでね」
山本 朔「貴方、いい加減に・・・!」
〇稽古場
西 龍介「みたいな感じだったっけ?」
山本 朔「・・・・・・」
西 龍介「どうした?」
山本 朔「いえ、確かにこれは俺の言い方が 悪かったなと、反省してました」
山本 朔「でもあんたも沸点低すぎでしょう」
西 龍介「お前さっきから喧嘩売ってるよなぁ!?」
山本 朔(ほら低いじゃないか)
山本 朔「龍介さんは、自分が憑依型の俳優だと 流石に自覚はありますよね?」
西 龍介「あー。確かに言われたことはあるな 俺からすると、他の俳優の感覚が分からん から、あんまり自覚はねぇけど」
西 龍介「あ! じゃああの時お前が言ってた 貴方はそれでいいでしょうけど って・・・!」
山本 朔「その通りの意味ですよ 貴方は感覚でできるでしょうが、 俺は意図を説明してもらったほうが 演技プランを組み立てやすいんです」
山本 朔「俺はとにかく台本を読み込んで、 考えて演じるタイプなので」
山本 朔「決してあんたのことを馬鹿にしたわけ じゃなかったんですが・・・」
山本 朔「まぁ・・・今にして思えば そうとられても仕方がないですね」
西 龍介「・・・ははっ なんだそれ、はははっ!」
西 龍介「俺たちそんなしょーもない勘違いで 喧嘩してたのか! バカみてぇじゃん!」
山本 朔「馬鹿なんでしょうよ。俺もあんたも」
〇稽古場
加藤 稔「そろそろ入って大丈夫かな?」
加藤 航「おはようございます」
水戸部 和人「どうやら、かたがついたみたいだね」
山本 朔「はい ご協力ありがとうございました」
加藤 稔「僕たちはただ、時間通りに来ただけだよ」
西 龍介「時間通り? だって、開始を30分早めるって・・・」
西 龍介「・・・そういうことか」
山本 朔「ええ。航さんにお願いして、 稽古が30分早くなったと、 龍介さんにだけ連絡してもらいました」
山本 朔「ありがとうございました お手数をおかけして ここも早く開けてくれたんですよね」
加藤 航「あれくらい、いつでも言ってください」
加藤 稔「廊下で航に止められたから、 何かと思っちゃった そりゃあ中に入れるわけにはいかないよね」
加藤 航「当たり前だろ」
山本 朔「すみません でもおかげで、龍介さんと話ができました」
西 龍介「お前に全部上手くやられたってわけか 気に入らねぇーなー」
西 龍介「気に入らねぇからさ 今晩、飯行こうぜ。二人でな」
山本 朔「いいですけど、 今時、飲み二ケーションは流行りませんよ」
西 龍介「ばーか。お前とはまだ話したりねぇんだ 酒なんか飲んでる暇があるかよ」
〇稽古場
水戸部 和人「・・・・・・」
橋田 玲央「・・・・・・」
橋田 玲央「また喧嘩してますね。あの二人 てっきり昨日で仲直りしたのかと」
水戸部 和人「まぁでも、今までに比べたら」
山本 朔「だから!感覚で話さないでください! ここで後ろを向く意図を教えてください と言ってるんです!」
西 龍介「んなこと言われても、後ろを向いてるほうが続木終っぽいだろ!?」
山本 朔「ぽいってなんですか!ぽいって! 俺は前を向いて表情を見せるべきだと 思ってるんですが」
西 龍介「だって30代の続木終なら、ニートのくせに プライドは捨てきれてないから ダサい表情を見せたくないだろ?」
山本 朔「それを最初っから言えってことです! 言葉で説明することを怠るから、 感覚のみ人間になるんですよ」
西 龍介「感覚のみ人間ってなんだ! 薄々気づいてたけど、お前性格悪いよな!? 言い方とかのレベルじゃねぇよな!?」
西 龍介「とにかく、 これで後ろ向いてたほうがいいだろ?」
山本 朔「いえ、そこは舞台なので 真正面でなくても顔は見せたほうがいいと 思います」
西 龍介「性格だけじゃなく、 演技感まで合わねぇのなー。俺ら」
山本 朔「それを擦り合わせるために、 こうして喋ってるんでしょうが 分かったら頭使ってください」
西 龍介「使ってんだろ!」
水戸部 和人「前よりは幾分か建設的な喧嘩じゃないかな」
橋田 玲央「そうですね」
西 龍介「玲央ー!ちょっと来てくれー!」
山本 朔「カズさんも是非お願いします! 龍介さんとじゃ、続木終の捉え方が 違いすぎて話し合いになりません!」
橋田 玲央「行きましょうか」
水戸部 和人「そうだね 続木終に関しては、四人でもっと 話し合ったほうがいいと思っていたし」
水戸部 和人「あとは、彼らがヒートアップしすぎない ことを祈るばかりかな」
橋田 玲央「それは・・・」
橋田 玲央「難しそうですね」