久し振りの休日と一月の沼

オスシトキオ

読切(脚本)

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〇森の中の沼
  年末年始は、働きづめだった。
  一月も半ばに入り、ようやく休みが取れると、逃げるように車を出した。
  シーズンオフの山道の駐車場で、車を止める。
  冬の山はところどころ白い雪が積もり、外に出ると、木の枝からばさりと雪の落ちる音が聞こえた。
  小さな水たまりがいくつも点在しており、その先に、沼があった。
  おそろしいほど、にぶく輝いていた。
  沼だなあと思いながら、近付くと、たちまち、その沼の中から、
何者か「(スゥっと)・・・誰がアマゾネスだ!!」
僕「え・・・!? アマゾ・・・!?」
  一人の女性が、這い出してきたのである。
  あまりの出来事に、腰が抜けそうになった。
  ワニのように横になったその人は、全身が泥にまみれており、ものすごい覇気(はき)が感じられた。
何者か「誰がアマゾネスだ!!」
僕「言ってませんよ!!」
  野性味あふれる顔をこぶしでぬぐいながら、
何者か「わたしは、美しいだけの存在よ!!」
  澄ました表情で、そう告げた。
  しばらく空気がなくなったような、長い沈黙が流れた。
僕「すみません・・・」
何者か「どうして、謝るの? 謝る必要ある? ないわよね。ないわ。ないわー」
僕「どういう、原理ですか・・・?」
何者か「こっちが聞きたいわよ!!」
僕「すみません・・・」
何者か「どうして、謝るの? 謝る必要ある? ないわよね。ないわ。ないわー」
僕「どういう、原理ですか・・・?」
何者か「こっちが聞きたいわよ!!」
何者か「って何回やらせんのよ!!」
  よく見ると、泥の下にウェットスーツを着ており、ダイビング用のマスクもお腹の辺りに隠すように握られていた。
僕「え・・・」
  と思いながら見ていると、その人は、途端に大きく口を開き、ごまかすように笑った。
何者か「ちゃんちゃらおかしいわね」
  前歯が一本、なかった。
  思わず、前歯はどうしたんですか、と訊ねそうになったが、聞くのは憚(はばか)られた。
何者か「よいしょっと」
僕「よいしょっと?」
  そう言って、手をついて起き上がると、
  猛スピードで、去って行った。
僕「逃げた・・・?」
  そのとき、何かを落として行ったことに気が付いた。
  小さな欠片のような、むきだしの、生々しさがあった。
  差し歯だった。
僕「おそらく、前歯の・・・」
  今までずっと泥に浸かっていたとばかりに、濁った色合いを沈着させていた。
  こんなまだ雪も残る寒い一月の沼で、あの人は差し歯を探していたというのだろうか。
  どういった経緯で落とし、どんな用事でここに訪れたのか。
  僕は、ズボンのポケットから携帯用除菌ウェットティッシュを取り出すと、
  それで、差し歯についた泥をぬぐった。
  新しいウェットティッシュを敷いて、その場に差し歯を置いた。
  そして、駐車場に引き返した。
  とても、静かだった。
  車を出し、もう自宅に戻ることにした。

〇田舎の駅舎
  途中、道の駅に寄った。
  まだ冬は終わらないことを示唆するように、ぱらぱらと雪が降り始めた。
  遠くで、
何者か「誰がアマゾネスだ!!」
  と聞こえた気がした。
  それは、弾丸の残響のように、耳にこびりついていて、
  この先も、思い出すのかなあ、と思ったりした。
  あの人のためにも、忘れたほうがいいんだろうけど。
僕「無理だろうな」
  僕は、再び車を走らせた。
  時折、あのセリフを反芻しながら。
  差し歯が、無事に戻っていることを願いながら。

〇森の中の沼
  あれから夏になっても相変わらず忙しく、お盆休みなんてなかったが、
  九月に入ってようやく休みが取れると、逃げるように車を出した。
  車を止め、外に出ると、セミがまだ盛大に鳴いている。
  そして、小さな水たまりがいくつも点在しており、その先に、沼があった。
  置いたはずの差し歯は、見当たらなかった。
  沼だなあと思いながら、近付くと、たちまち、その沼の中から、
何者か「(スゥっと)・・・誰がアマゾネスだ!!」
  一人の女性が、這い出してきたのである。
  何だか嬉しくなった。
僕「言ってませんよ!!」
  前歯が一本、なかった。
何者か「ねえ、暑くないの!? そんなかっこうで!!」
僕「そういえば、暑さを感じないな・・・」
  だが、そんなことはどうでもよかった。
何者か「そういえば、わたしも、暑さどころか寒さも感じないわね」
  前歯が一本、なかった。
  それで、良いと思った。
  (了)

コメント

  • 主人公がいつも人生から逃げるように車を出すのに沼にたどり着くのがツボでした。この話が実は実話だなんてことは「ないわよね。ないわ。ないわー」

  • この不思議な世界観が楽しくなってきますね。何だか、彼女には余人に代えがたい魅力がありますね。主人公も再会を喜んでいましたが、恋の始まりですか?それとも名物キャラをまた見たいというような心境でしょうか?

  • 沼から這い出してきた女性は何者ですか?何をしに沼に潜っての。気になります。冬も夏もにも沼にいました。年中ここにいるのはもしかして、沼の主では?

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