エピソード1(脚本)
〇名門の学校
県立大学・情報工学キャンパス
明衣「授業終わったー」
明衣「今日は家にすぐ帰ろう。 ん? あれは──」
夕闇の中、私は門の前のガードレールに腰掛ける男性を見た。
男性──というにはまだ子供っぽい感じ。
うちの大学ではあまり見かけない、こじゃれた装い。
もしかして──!?
樹「おねーさん!」
樹「これから暇!?」
樹「時間あったらちょっと付き合ってよ」
明衣「同い年でしょ」
明衣「何が「おねーさん」なの」
明衣「ていうか、そんなキャラじゃないでしょ」
樹「ひっでーなー、会っていきなり全否定!」
樹「少しくらいガールハントに付き合ってよ」
明衣「ガールハントって何? ナンパってこと?」
明衣「わざわざ私にしなくてもいいでしょ」
明衣「他でやってよね」
樹「ナンパじゃない」
樹「俺、カットモデル取っても良いことになりましたー!!」
明衣「!!」
樹「だから一番に、明衣に予約入れてもらいたくって」
明衣「おめでとう!!」
明衣「すごいじゃん!早くない!?」
明衣「技術試験終わるのに5~6年かかるって言ってたよね」
樹「うん」
樹「嬉しくって、許可下りてからすぐに明衣の大学来ちゃった」
明衣「なんでよ。ラインでもいいじゃん」
樹「直接伝えたくて」
樹「何ならすぐ予約枠押さえたくてガールハント来た」
樹「というのは半分冗談」
樹「今、会社が厳しくて、カットモデル募集サイト経由でしかモデル取れないんだ」
明衣「名刺持ってんの!? すごいね・・・」
名刺──。社会人のアイテムだ。
いつも道端で会ってる樹が、急に大人びて見えてくる。
樹「直接伝えたかったのは本当」
樹「あと、会社的にガールハント禁止だから、」
樹「最初で最後のガールハントを明衣に捧げたかった」
明衣「何それ」
私はおかしくって噴き出した
大人びて見えたり、相変わらずだったり、今日の樹は印象がコロコロ変わる。
樹「今日バイト無いでしょ?」
樹「このまま家帰るんだったら一緒に帰ろ」
明衣「うん」
私達は生活パターンは違うけど、家が近いのでほぼ毎日顔を合わせる。
だから不意に、樹の知らない面を実感すると、
ドキドキしちゃう
〇電車の中
電車内──
私は樹に貰った名刺のQRコードを読み取り、カットモデルの予約を入れた
樹「ありがとう。明衣が一番目のお客さまだ!」
スマホの画面を確認した後、樹が私を見て嬉しそうに微笑んだ。
明衣「──」
さっきは暗がりで分かんなかったけど
樹ってまっすぐ人の目を見て話すんだよね。
これだけ明るいと、樹の目に映った自分がよく見える。
うちの大学の男子って、目を見て話そうとすると視線避ける子多いからなー。
改めて樹と話すと何か新鮮だな
樹「どしたの? 急に黙って」
明衣「え? えーっと」
明衣「楽しみだなって。樹、昔から色々ヘアセットのこと教えてくれてたから」
明衣「カットモデル、楽しみにしてるね!」
樹「俺も、サロンで明衣の髪をデザインできるの楽しみ!」
明衣「ねぇ、覚えてる?中学のときさ・・・」
〇ショッピングモールの一階
中学時代:ショッピングモール──
明衣(中学生)「あ、樹だ」
いつもにこにこしている樹が、憮然とした表情で歩いてくる。
明衣(中学生)「髪切ったのかな。いつもと違う感じ」
樹(中学生)「明衣・・・!!」
声をかける前に、樹がこちらに気が付いた。
樹(中学生)「あのさ、悪いんだけど」
樹(中学生)「ワックスとか持ってたら貸してくれない!?」
明衣(中学生)「今? ここで!?」
樹(中学生)「うん。家で直そうかと思ってたけど、」
樹(中学生)「明衣に会ったらこのままじゃ恥ずかしくて」
明衣(中学生)「なんで? 髪切ったばっかでしょ? かっこいいよ」
樹(中学生)「俺は嫌」
明衣(中学生)「そ、そっか。 女物しかないけどいい?」
樹(中学生)「ありがと」
樹はワックスを受け取って、ウィンドウを見ながら髪の毛を整えていく。
2~3分だっただろうか。
もとのヘアセットよりきれいになった。
樹(中学生)「ふー・・・」
明衣(中学生)「すごいね、樹」
明衣(中学生)「このワックスでこんなスタイリングできるなんて」
明衣(中学生)「魔法みたい」
樹(中学生)「そう? ありがとう」
人懐っこく笑う樹を見て、私はほっとした。
〇電車の中
樹「覚えてるよ」
樹「てか、明衣が覚えてて嬉しい」
樹「俺、それきっかけで美容師目指したんだよ」
明衣「そうなの? あれで!?」
樹「そ。大切な思い出だね」
樹「何にしても、カットモデルの日は、どうぞよろしくね」
それから私達は、他愛もない話をしながら家路に付いた
〇美容院
夜・美容室
バイトの後、私は樹の美容室に行った
樹「いらっしゃいませ」
樹「こちらにどうぞ」
名刺でもドキドキしたけど、スタッフとして働く樹も新鮮で──
明衣「よろしくお願いします」
少しどぎまぎしてしまった
樹「今度の休み、どこ行くの?」
シャンプーしてもらって、髪を梳いてもらって、
普段通りの話題が続く。
鏡越しでも、樹はしっかり目線を合わせて会話してくれる。
おおよそ切り終わり、髪を乾かして。
樹「はい。じゃあ、最後にちょっと整えますねー」
樹「──」
樹の視線が、私の目から逸れる。
真剣に毛先を整えていく。
その真剣さ、細やかさ。
普段、私に向けられるものとは全然違った。
明衣「樹って、こんな表情するんだ・・・」
今まで見たことの無い樹の表情。私は何故か、顔が火照ってくるのを感じた。
樹「ん? 何?」
樹「黙っちゃってたね。ごめんね」
樹「仕上げは、ちょっと余裕なくなっちゃうんだよね。恥ずかしい」
樹「はい。できました。 店長に確認してもらうから少し待ってね」
〇通学路
自宅前
樹「今日はありがとう。 また明日ね」
明衣「また明日」
私は、さっき見た樹の表情を思い出していた。
また明日、普段通りに会話できるかな。
私の中で何かが、始まりそうな気がした──。
美容室での鏡越しっていいですよね!普段とはちょっと違って見えますし、真剣にカットする表情も見られますから。明衣も樹のそんな様子にときめいたのでしょうね。
仕事中の男性って、普段よく知っている男性でもいつも以上に素敵に輝いて見えたりしますよね。彼の今が、過去の自分と繋がっているってロマンチックですし、嬉しいですね。
自分の夢を見出してくれた彼女をモデルに、彼がどんな意気込みでカットにのぞんだか、こちらまでその緊張感と憂いが伝わりました。大した目標もなく大学生をしている男子より、こうして目標に向かい頑張っている男性のほうがぐっとくるに決まっていますよね!