まなざし

せんぶり

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〇店の入口

〇美容院
  カラン、カラン・・・・・・
ヒロコ「こんにちは! ご予約のお客様ですか?」
  いえ、予約はしてないんですけど・・・・・・
ヒロコ「えっと、そうしますと・・・・・・ いま空いてるのは・・・・・・」
「大丈夫ですよ」
白井エイジ「ちょうどキャンセルがあったので、僕が担当します」
  本当ですか?
  ありがとうございます!
ヒロコ「では、こちらにどうぞ!」

〇美容院
  よろしくお願いします
白井エイジ「こちらこそ! 白井と申しま・・・・・・」
  あの、どうかしましたか?
  椅子に腰かけた彼女の後姿を見た時、一瞬目の前の景色が変わった
  そこは懐かしくて、それでいて・・・・・・

〇美容院
白井エイジ「藤崎・・・サユリさん?」
  え? あ、はい!
  そうですけど・・・・・・
  あれ? 白井・・・君?
白井エイジ「うん、そう! 白井、白井! 懐かしいね、高校卒業以来だから・・・・・・」
  もう10年以上ぶりだよ!
  白井君、美容師さんになったんだ!
  すごいね!
白井エイジ「いやまぁ、なんとかやってるよ・・・・・・」
  藤崎さんとは、高2の時に同じクラスになって、しばらくの間、席が近かった
  彼女の斜め後ろが僕の席・・・・・・

〇教室
  同じクラスというだけで、特別な接点などなかった
  それでも僕の目は、気を緩めると、いつも藤崎さんを見つめていた
  彼女の後ろ姿を・・・・・・

〇美容院
白井エイジ「それでは、今日はどのようにいたしましょう?」
  うん・・・
  結構バッサリいこうかと思って
白井エイジ「イメチェン、って感じ?」
  っていうワケでもないんだけど、こう、心機一転!っていうか・・・・・・
白井エイジ「承知しました どうしたいか、その都度聞いていくね」
  うん、お願い!

〇美容院
白井エイジ「前髪どうかな? もう少し短くても似合うと思うけど?」
  うん、じゃあ、もうちょっと!
白井エイジ「了解!」

〇美容院
白井エイジ「後ろはどうしようか?」
  私、後ろの毛先がハネやすいんだよね
白井エイジ「そうそう、そうだったそうだった!」
  え?
白井エイジ「え、いや! そうそう、ハネやすそうな髪質だなぁって、今! 今、思ったとこ! まさにね!」
  さすが美容師さん!
  わかっちゃうんだ!
白井エイジ「そそ、そうそう! 伊達に10年ハサミ握ってないからね~! はははー!」
白井エイジ(あぶねーっ! ずっと斜め後ろから見てたから知ってますなんて、気持ち悪すぎてヤバいヤバい!)

〇教室
  そう、見てたんだ
  窓から光が差し込む晴れの日も、
  気持ちが落ち込みがちな雨の日も
  藤崎さんの髪は艶やかで、
  僕はそれをずっと見ていた・・・・・・

〇美容院
  ・・・君? 白井君? 白井君ってば!
白井エイジ「え? あっ、ごめん! ボーッとしてた」
  ハサミ持った美容師さんにボーッとされたら、怖いんですけど
白井エイジ「ごめん、ほんとだよね」
  もーっ
白井エイジ(あの頃、シャンと伸びた背筋から、彼女の真面目さを感じていた)
白井エイジ(肩で弾む髪の毛を見て、彼女の笑顔を想像していた)
白井エイジ(でも今、鏡越しに見る藤崎さんは、 時折、浮かない顔をしている・・・・・・)

〇美容院
ヒロコ「先輩! シャンプー終わりました!」
白井エイジ「おっ、ありがとう」
ヒロコ「あのお客さん、先輩の同級生なんですよね?」
白井エイジ「うん、そうだよ」
ヒロコ「あれはきっと失恋ですよ! 女が髪をバッサリ切る・・・・・・間違いないです!」
ヒロコ「あと、シャンプーの時にこっそり確認しときました! よかったですね、指輪、してませんでしたよ!」
白井エイジ「あのなぁ~」
ヒロコ「ふふっ、礼には及びませんよ!」
白井エイジ「誰がするか! 早く仕事に戻りなさいって!」
ヒロコ「ちぇ~っ」
白井エイジ(・・・・・・)

〇美容院
白井エイジ「さて、どうかな?」
白井エイジ「後ろも・・・・・・ね? ハネにくいようにしたから!」
  うん、いい感じ!
  ありがとう、白井君!

〇学校の駐輪場
  あの日
  僕は偶然見てしまった
  あれは告白だったのだろう
  相手はバツの悪そうな顔をして、
  そそくさとその場を去った
  当然、斜め後ろから見ているだけの男に声をかけることなどできない
  藤崎さんの目には、涙が浮かんでいた
  僕が見たことも、想像したこともない表情だった

〇教室
  数日後、藤崎さんはバッサリ髪を切った
  いつもは長い髪の毛で見えなかった横顔が、斜め後ろからでも見えた
  僕が毎日想像していた、凛とした表情だった

〇美容院
ヒロコ「はーい、では丁度いただきます!」
白井エイジ「気になる所があったら、気軽に連絡してね」
  うん、白井君、腕ピカイチだね!
  またお願いね!
  それじゃ!
ヒロコ「ありがとうございましたー・・・・・・」
ヒロコ「先輩~! 本当に何もしなくて良かったんですかぁ~?」
ヒロコ「フラれて落ち込んでるんすよ? チャンスなんですよ!? あの表情見てわからんかね!」
白井エイジ「ったく、何言ってんの、もう~」
白井エイジ「大丈夫だよ、後ろ姿を見ればわかる! 藤崎さんは大丈夫!」
白井エイジ「僕が言うんだから、間違いないよ」
ヒロコ「はぁ~? 後ろ姿~??」
ヒロコ「・・・・・・まっ、私も先輩の後ろ姿、いっつも見てますけどね・・・・・・」
ヒロコ「ほ~んと、鈍感だよなぁーっ」

コメント

  • 切なくて凄くいい話ですね🤣
    女性の姿が見えないのも、想像をかきたてていいです!
    今までコメディを多く拝見していたのですが、切ない話もとても達者だと感じました🙇

  • 学生時代って、クラスの気になる人の後ろ姿を授業中に見てしまうことありますよね!懐かしく感じます。それにしても、後ろ姿を10年ぶりに見ても思い出せるところに、甘さと切なさを感じてしまいます。

  • 彼は藤崎さんという存在を過去の後ろ姿が凛とした女性という記憶でとどめておきたいのかもしれませんね。遠くから眺めているほうがいい事だったありますし。ただ、自分のカットでその彼女の姿を創りあげた喜びでいっぱいでしょうね。

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