ホロ苦シュガーがホロ甘くなるまで

マルキッサ

読切(脚本)

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〇カウンター席
  その日も、私はいつものように1人でコーヒーを飲んでいた。
  コーヒーにお砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜていたら、聞き覚えのある声がした。
正弥(まさや)「そんなに砂糖を入れるって事は、脳が疲れてるんですか?」
  振り向くと、彼が立っていた。
正弥(まさや)「お久しぶりです。あの、覚えてますか? もう半年ぐらい前になるかな・・・」
  覚えているに決まってる。忘れる訳ないよ。でも、平静を装って、私は答えた。
夕夏(ゆうな)「あっ、お久しぶりです。 あの・・・あの時はごめんなさい💦」
正弥(まさや)「いえ、僕が、夕夏さんの気持ちを無視して、1人で舞い上がってしまっただけなので」
  お願い、そんな風に言わないで。
  一生懸命、忘れようとしたんだから・・・。
正弥(まさや)「ごめんなさい、コーヒー冷めちゃいますね。じゃあ・・・、お元気で」
夕夏(ゆうな)「はい。正弥さんも、お元気で・・・」
  これでいいの。
  正弥君に、気まずい思いをさせたくない。
  ありのままの私を好きになって貰えるなんて、ありえないんだから。

〇繁華な通り
  なんで声かけたんだよ、馬鹿だ、俺!
  彼女の事は忘れるんだって誓ったのに。
  でも、コーヒーに砂糖をあんなに入れてるのを見たら、もしかしたらって・・・。

〇テーブル席
  彼女に出会ったのは、雪がチラつく寒い朝だった。
  何ヶ月も仕事に追われて、俺はずっと寝不足が続いていた。
  その朝は、職場に行く前に駅前のコーヒー店に立ち寄った。
  お店は混んでいて、座る席が無かった。
  その時、1人で座っていた彼女が声を掛けてきた。
夕夏(ゆうな)「あの、良かったら、どうぞ座って・・・」
正弥(まさや)「えっ?あっ、ありがとうございます」
  恐縮しながら、俺は彼女の前に座った。
  お互い、何も喋らず、
  俺はコーヒーに砂糖を入れた。
夕夏(ゆうな)「すごい、お砂糖いっぱい!」
正弥(まさや)「えっ?、あっ、えっと・・・。 最近疲れてるから、頭が回らなくて」
  俺は疲れてる時に、コーヒーに砂糖を何杯も入れる。10杯ぐらいは入れる。
正弥(まさや)「糖分は、脳の働きを活性化するらしいんで」
夕夏(ゆうな)「お砂糖が脳にいいなんて、知らなかった〜」
  そう言って彼女は、自分のコーヒーに何杯も砂糖を入れた。
夕夏(ゆうな)「すっごく甘い!脳に刺激がある気がしますね」
  その彼女の表情を見て、何故だか疲れが吹っ飛んだ気がした。
正弥(まさや)「あっ、やば!そろそろ行かないと」
正弥(まさや)「あの、相席、ありがとうございました」
  彼女は、はいと頷いた後、はにかみながら言った。
夕夏(ゆうな)「いってらっしゃい」
  胸がドキンとした。
  翌朝も、俺はコーヒー店に行き、
  彼女を探した。
夕夏(ゆうな)「あっ!おはようございます」
正弥(まさや)「昨日はどうも」
  毎朝、彼女とコーヒーを飲む短い時間が、俺にとって大切な時間になっていった。
正弥(まさや)「夕夏さん、あの、もし良かったら今度仕事帰りに食事でも、行きませんか?」
夕夏(ゆうな)「えっ?」
正弥(まさや)「あっ、嫌なら無理しないで下さい。 すみません💦」
夕夏(ゆうな)「嫌、じゃないです」
正弥(まさや)「えっ?じゃあ」
  俺達は連絡先を交換して、レストランで会う約束をした。

〇店の入口
  柄にも無く、フレンチレストランなんか予約して、張り切った俺だったけど

〇店の入口
  彼女は来なかった。
  彼女からはごめんなさいとだけ、携帯にメッセージが届いた。
  それっきり彼女とは連絡が取れなくなった。
  コーヒー店にも彼女は来なくなった・・・

〇カウンター席
夕夏(ゆうな)「そろそろ帰ろう・・・」
  私は足を引きずりながら、歩き出した。
  私は、生まれつき脚が悪い。
  長年のリハビリで、自分で歩けるようにはなったけど、どうしても不自然な歩きになってしまう。

〇繁華な通り
正弥(まさや)「夕夏さん・・・」
  正弥君が、立っていた。
  困惑した表情で・・・。
夕夏(ゆうな)「黙っていてごめんなさい。 でも、これで分かったよね?」
正弥(まさや)「何が、分かるの?」
夕夏(ゆうな)「私、脚が不自由なの、普通じゃないの!」
正弥(まさや)「普通って何?」
夕夏(ゆうな)「・・・私、歩くの、遅いし」
正弥(まさや)「俺は、クシャミし出すと止まらない」
  何、言ってるの??
正弥(まさや)「それから円形脱毛症で、実は十円玉禿げが2つある」
  思わず笑ってしまった。
夕夏(ゆうな)「何それ!」
正弥(まさや)「歩くのが遅いなら、2人でゆっくり景色を見ながら歩けるね」
夕夏(ゆうな)「でも、一緒にいたら、人が見るよ。 憐れんだ目で・・・」
正弥(まさや)「人が見るのは、夕夏さんが綺麗だからかも」
  正弥君の優しさに、胸が熱くなった。
正弥(まさや)「不自由なんて言葉、好きじゃない。 夕夏さんは自由だよ!」
夕夏(ゆうな)「でもね、きっといつか疲れちゃう正弥君、 私のことを・・・」
  突然、正弥君が私の手を取って、
  強く握った。
正弥(まさや)「夕夏さんの事、忘れようとしたけど・・・。 もう一度、もう一度だけ話したくて、 戻って来ちゃったんだ」
夕夏(ゆうな)「迷惑かけたくない・・・ それに悲しい結末になるぐらいなら」
正弥(まさや)「悲しい結末になるぐらいなら、始めたくないって言いたいの?」
夕夏(ゆうな)「正弥君には、分からないと思う・・・」
正弥(まさや)「うん、分からないかもしれない」
正弥(まさや)「だって俺、夕夏さんのこと、まだ何も知らないから」
夕夏(ゆうな)「・・・」
正弥(まさや)「夕夏さんのこと、知りたいよ、なんでも。 ゆっくり少しずつでいいから」
正弥(まさや)「とりあえず一緒にコーヒー、飲みませんか?」
夕夏(ゆうな)「お砂糖いっぱいのコーヒー?」
正弥(まさや)「うん、2人でいっぱい入れよう!」
  fin.

コメント

  • 香りが豊かで苦みが強いコーヒーが、ラストですっと甘く広がる感じですね。様々な要因で恋愛に臆病になっている人の背中をやんわりと押してくれる、ステキな一杯ですね!

  • 体に少しでも不自由を感じる方にとっては、人付き合いでなにか見えない壁のようなものがあるのだと思います。綺麗ごとの言動ではなかなかその壁を破ることはできないかもしれないけれど、この二人の壁はすでに破られたばかりのように感じました。

  • 二人だけのコーヒーってのもなんだかロマンを感じますね!
    しかも恋愛に身体的不自由は関係ありませんよね。それで何かが変わるのであればそれは恋ではないとも思います!

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