あの時に戻して

上地

読切(脚本)

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〇墓石
  今日は彼の命日。
  ・・・私は今もまだ覚えている。
  あの時の太陽の香りとラムネの味を。
  彼と過した最後の夏を

〇土手
武田 優「天気予報は雨だったけど晴れてよかったな!」
武田 優「楽しみにしてた清掃ボランティアが中止にならなくてホントに良かった」
  楽しみにしてたのはあなただけでしょ
  全く、趣味までお人好しなんだから
武田 優「そうかなぁ? でも何だかんだ付き合ってくれる君も相当なお人好しだと思うよ」
  そう言って微笑みかける彼は私の初めての恋人武田 優。
  人一倍のお人好しでそんな所に私は惹かれた。
  
  でも・・・・・・
  もう少しデートらしい事したかったなぁ
武田 優「デートらしいことか・・・」
  そう言って優くんは私の手を取った
  日差しが強く暑い夏の日
  好きな人に触れた喜びに
  体温の熱さも湿る手汗も気にならなかった
武田 優「あらかたゴミもまとめ終わったし あっちでおばさん達が報酬のラムネ配ってるってさ」
武田 優「行こ?」
  そっぽ向きながら話す彼の耳は赤かった
  きっと今、私の顔も同じ様に色付いている
武田 優「はい、ラムネ 片手しか空いてないからって零すなよ?」
武田 優「それにしても暑いなぁ こんなに暑いと汗が止まらないよ か、顔も赤くなっちゃうしな あはは・・・」
  きっとラムネの瓶に映った自分の顔を見て顔の赤さに気づいたのだろう
  暑さのせいにしないで
武田 優「!」
武田 優「あはは、ごめん かっこつかないね」
武田 優「ホントは照れてるんだ 大好きな君と手を繋げたのが嬉しくて」
武田 優「最後に君に触れたのは去年の腕相撲大会以来だったから」
  彼はふと私から顔を逸らしてコクリとラムネを口に含む
  暑さのせいにはしたくないのに、ラムネが喉を通る様子を見ているだけでつい照れてしまう
  もっと彼に触れたい
武田 優「そんなに見られると、なんか、変な気持ちになる」
  なっていいよ
武田 優「君が好きだよ」
  そっと彼の唇と触れた
  優しい彼らしい触れるだけのキスだった
  ずっとこの時が続けばいいのに
  実はこれはお互いにとって初めてのキスだった
  ファーストキスはレモンティーの味がするだなんて言うけれど
  私たちのキスは夏のラムネの味がした
武田 優「あはは キスってこんな感じなんだね!」
武田 優「うん、これは一生忘れられないな」
  ふわりと笑う彼からは太陽の匂いがした
  ああ、これは忘れられないよ
  この思い出は墓場まで・・・・・・

〇墓石
  いつだって優しかった彼はあの日から2日後に子供を庇って川に落ちてこの世を去った
  あの日のキスの味を私は・・・
  今でも、いや、これからも
  きっと、忘れない
  涙が頬をつたる
  
  墓石に刻まれた彼の名前をこれ以上見たくなくて目を固く瞑る
  寂しいよ
「泣かないで」
「ずっと傍に居るから」
  風が髪を撫で、唇に何かが触れる感触がした
  ふと感じた彼の気配に目を開けてもそこには彼の名が刻まれた墓石しかなかった
  他には何も誰も居なかったけど、確かにあの日の太陽の香りがしたんだ
  別れのキスは涙の味がした

コメント

  • こんなに素敵な彼との想い出は、きっと夏が来るたびに思い出されますね。彼を亡くなってしまったのは残念ですが、その亡くなり方まで人となりを示していて、彼女も彼のような素敵な人になってほしいです。

  • その時の感情は自分の感覚がすべて覚えていて、時々急に懐かしくなったり思い出したりすることってありますよね、とても切ない気持ちになりました。

  • 切ないお話でした。
    文章から彼の感触が伝わってきて、「生きてる彼」が色づいてるんですよね。
    だからこそ、よけいに墓石に話しかける、彼女のせつなさが伝わってくるんです。

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