エピソード1(脚本)
〇アパートのダイニング
トントントン、トントン──
トントントン、トントン──
小綺麗に掃除が行き届いた古い台所に、リズミカルな包丁の音が響く──
包丁を握る俺の好きな曲のリズムだ
そして俺の手元にて無惨に切り刻まれたるは──狂った程のネギの山
このネギの山は今日のゲスト──まぁ、この屋敷の主なので正確にはホストなんだけれども──に振る舞う晩餐の下ごしらえ
婿入り前の、最期の恩返し──
入江 夢己「まぁ、別に今生の別れってワケでも無いけどね」
入江 夢己「入江 夢己(イリエ ユメキ)としては、もう最期だもんな・・・」
入江 夢己「・・・うーん、もう1本分追加しておこうかな?」
入江 夢己「父さんがネギを残す姿が未だに見えてこない」
俺は明日、3年間交際した彼女と結婚する
そして、入江の名字から、彼女の家の名字になる
いわゆる、お婿さんになる決断をした
彼女の家は、その地元の名家で、彼女はそこの一人娘だった
正直、そこまでの名家かと言われると微妙なところなんだけれども・・・
でも彼女は小さなころから自分はお婿さんをとるんだ──って聞かされて育って、本人もソレを受け入れていた
彼女と付き合ってからしばらくして、そんな話を俺は聞かされて──
正直、戸惑った・・・
まさか自分の名字が変わるなんて考えた事は無かった
でも、彼女と結婚するって考えて、彼女の名字でも良いかな──って思えたんだ
珍しい事かも知れないけれども、別に悪い事じゃない
俺も一人っ子だけれども、別に良家の子息ってワケじゃない
その事を伝えたら──
大反対された──
〇実家の居間
おじいちゃんに──
いつも俺の事を可愛がってくれたおじいちゃん
正月にはたくさんお年玉をくれたり、やさしいイメージしか無い人だった
まさか、そんなおじいちゃんが俺の婿入りをこんなに嫌がって、こんなに怒るなんて考えてもいなかったんだ──
婿入りを反対する言葉は段々エスカレートしていって、ついには彼女への暴言、そして──
早くに亡くなった母さんへの暴言にもなっていった
俺は、やさしいと思っていたおじいちゃんのそんな言葉を聞かされて、怒るよりもなんだか悲しくなっていった
その時、静かだった父さんが急に立ち上がった──
父さん「よし、夢己、帰るぞ」
おじいちゃんは立ち上がった父さんを怒鳴り付けたけれども、父さんは俺を立たせると優しく背中を押して退室を促す──
そして戸をくぐりながら、おじいちゃんに一言だけ告げた
父さん「今日だけは聞かなかった事にする── オヤジ、よく考えておけ」
そして、なおも喚き散らかすおじいちゃんを残して俺達はその家を出て行った
〇車内
帰りの車内で、俺は父さんと話した──
入江 夢己「話の途中だったけど、帰って良かったの?」
父さん「良いに決まっているだろう? そもそも話になっていなかったしな」
入江 夢己「でも、おじいちゃん許してくれなかったし・・・」
父さん「別に、夢己の結婚にオヤジの許可は要らんだろ」
父さん「夢己・・・ お前、オヤジに文句言われて諦める程度の気持ちで結婚する気だったのか?」
入江 夢己「そんな軽い気持ちなもんか!」
父さん「そうだろう? ならオヤジの癇癪なんか気にするな」
父さん「お前の人生はお前が決めて良いんだよ」
入江 夢己「・・・そっか ・・・・・・うん」
入江 夢己「・・・ありがとう、父さん」
父さん「おう」
父さんは、いつもこうだ──
いつだって俺を守ってくれた
母さんが居なくなってから、父さんはいつも俺と一緒に居てくれた
朝早くに起きて弁当を作ってくれて、学校の行事なんかも全部来てくれて、話し方はぶっきらぼうだけど──
俺はずっと父さんの優しさを感じていた
俺は、父さんみたいになれるかな?
彼女や、将来産まれる子供にとっての、この人みたいになれるかな?
〇アパートのダイニング
──さて、見渡す限りのネギ料理
これならあのネギ狂いの父さんを唸らせられるだろう
父さん「おう、帰ったぞ」
いつものぶっきらぼうな挨拶、家主のご帰宅だ
カバンとスーツを仕舞い、手洗いとうがい・・・いつもの父さんのルーティンだ
これももう、毎日見ることは無くなるんだよな
父さん「どうした? 俺に何か付いているのか?」
入江 夢己「いや・・・ ハラ減っていたんだ、早く飯にしたくってさ」
父さん「なんだ? 俺を待っていたのか? なら直ぐにいただこう、今日は俺も腹ペコだったんだ」
父さん「──おいおい、どうした 今日は俺の誕生日じゃないハズだぞ」
入江 夢己「どうよ? 婿入り修行の成果、お気に召して頂けたかな?」
冷蔵庫から父さんの好きなチョッと高いビールを取り出す
それをキンキンに冷やしたグラスに注ぐ
父さん「えーい、もはや辛抱たまらん 冷めないうちに食べさせてくれ」
入江 夢己「その前にさ、乾杯しようよ」
父さん「何にだ?」
入江 夢己「俺の婿入りと──」
入江 夢己「父さんのこれまでと、これからに──」
俺と、父さんの持つグラスが軽く当たる
なみなみと注いだ父さんのビールが少しこぼれたのはご愛嬌──
入江 夢己「乾杯ッ!!」
父さん「ああ、乾杯」
キュンをさらに超えて、心をギュンと掴まれたような気持ちになりました。
お父さんが、男だからとか家がどうだからとかではなく、主人公自身の人生を思って結婚を後押ししてくれたのがジーンときました。素敵な作品を読ませていただきありがとうございます!
素敵な関係...ちょっと羨ましくなりました。
読み終わった後、家族に電話したくなる衝動に駆られました。
リアルさが見事な人間ドラマでした
多くを語らないけれど互いを思い合っている父子の心の繋がりがよく伝わってきました
おじいちゃんともしっかり和解できるといいなぁ
孫が産まれれば大丈夫…なはず 笑