猫舌の怪

千才森は準備中

獣の人(脚本)

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〇動物
  熱い物が苦手な舌を
  『猫舌』
  って言うけど、
  加熱調理して食事をするのは人間だけ。
  だから、人間以外の動物は
  みんな猫舌であるはずなんだ!
  熱々の食べ物をうまいうまい言いながら食べる生き物は、獣のように見えてもその正体は人間なんだ!
  そうに違いない

〇暖炉のある小屋
少年「・・・人間、なんでしょう?」
  すごく理論立てて問い詰めたつもりだったのに、見事なぐらい正面から否定された。
野良犬おじさん「いいや、違うね。 君には僕が人間に見えるのかい?」
  茶色い獣毛に、尖った耳。
  手には鋭い爪が伸びていて、
  ふさふさの尻尾が背中で揺れてる。
  でも、二足歩行で歩いてて・・・。
  確かに、見た目は人間とは違うけど。
  けど・・・。
  フーフーしながら汁物を食べている仕草は、どう見ても人間のそれ。
  やっぱり獣には見えない。
  人間でなければおかしい。
少年「だって、人の言葉を喋ってるし、 箸も使ってるじゃん!!」
野良犬おじさん「人の言葉は近くにいたら自然と覚えるものだよ? 最近の野良犬は箸ぐらい使うさ~」
少年「お椀を手で持って、 僕よりも上手に箸を使って、 あぐらを掻きながら汁物を啜る野良犬が どこに居るって言うんだよ!」
野良犬おじさん「君の目の前に居るじゃないか おかしな小僧っ子だね~」
少年「僕がおかしいの!?」
野良犬おじさん「犬よりも箸の使い方が下手っていうなら、 それはそれは変な子供じゃあないか」
少年「僕より下手な人はいっぱいいるし!」
野良犬おじさん「そうやって下ばかり見ているから、歩いているとき枝に当たるんだ」
野良犬おじさん「おでこの傷は枝に引っかけたんだろう? ちゃんと前を見て歩かないと」
少年「ご、ごめん」

〇市松模様
  さっきからずっとこんな感じだった。
  僕が勢い込んで詰め寄ると
  するりと躱されて、
  なぜか僕が謝ってしまっている。
  でも、自分の文句のどこが悪かったのか
  全然わからないんだよ。

〇暖炉のある小屋
野良犬おじさん「君はピリピリしているね お腹が空いているんじゃないか?」
野良犬おじさん「空腹は餓鬼を呼ぶからね~ 怒りっぽくなる」
野良犬おじさん「ほら、これをお飲みよ」
  犬のような姿をした人間は
  縁の欠けたお椀にお味噌汁を注ぐと、
  ちぐはぐな長さのお箸を一緒に
  こっちへ差し出してきた。
  恐る恐る受け取り、お椀の中身をかき回してみる。
  中から大雑把に切られた大根と小さな蟹が現れた。
  小蟹を箸でつつくと、カチカチという感触が伝わってきた。
  これは噛み砕けないぞ?
少年「こんなに硬いの食べられないよ」
野良犬おじさん「なんで? 美味しいのに」
少年「硬すぎて噛めないってば」
  そう言ったのに、野良犬は・・・・・・
  違う、野良犬の姿をした人間は、
  理解できないと言わんばかりに首をかしげた。
  そして、僕の持っているお椀から蟹をつまみ出すと、口の中へと放り込む。
  バリバリと簡単に噛み砕いて飲み込んだ。
  物凄く顎が強いみたい。
  何となく、
   ありがとう
  とお礼を言って、僕はお味噌汁を啜った。
  蟹のエキスが浮いている汁を口に入れた瞬間──
  蟹の出汁が効いた大根の味噌汁は、
  びっくりするほど美味しかった。
少年「おじさんはこの小屋で何をしているの?」
野良犬おじさん「お兄さん、な?」
少年「オニイサン?」
野良犬おじさん「そんなに不思議そうな顔をすることは無いだろう? こう見えて、まだ百三十歳ぐらいだぞ?」
少年「三十歳ならおじさんじゃんか~」
野良犬おじさん「百三十歳だって」
少年「それならおじいさんだー!」
野良犬おじさん「なにを~!?」

〇暖炉のある小屋
  楽しい時間はあっという間に過ぎていっちゃう。
  あんなに明るかった太陽は
  ゴロゴロと山裾へと転がっていき、
  僕らは夜に包まれてしまった。
  目に見える景色が曖昧に惚(ぼ)けてきた頃、
  おじさんは僕を山小屋から追い出した。

〇山道
少年「野良犬おじさんはここに住んでるの?」
野良犬おじさん「最近はここへ来ることが多いかな。 まあ、季節によって住処を転々としているから」
少年「じゃあ、また来ても良いかな?」
野良犬おじさん「いいけど・・・ 手ぶらって訳にはいかないぞ。 お土産は持って来いよ?」
少年「お土産って、どんなのがいいの?」
野良犬おじさん「何でも良いよ。 野菜でも果物でも。 ああ、新鮮な肉が一番ありがたいかな。 自分で獲物を狩るのは苦手でね」
少年「わかった!」
少年「じゃあ、また来るよ!」

〇古民家の居間
  家に帰って、山小屋で野良犬に似た変な人を見かけたって言ったら、
  父は血相を変えて町内会長さんの家へと駆け込んでいった。
  あっという間に町内中が騒がしくなり、
  その日の夜更けには妖怪討伐隊が結成された。
  僕は何度も言ったんだ。
  あの人は悪い人じゃ無いって。
  それなのに、
  だれも僕の話を聞いてくれなくて。
  それどころか、
  悪い呪詛を吹き込まれたとか言い始めて、
  僕に変な薬を飲むよう迫ってきたんだ。
  僕は飲む振りをして裏庭に吐いた。
  あんなものを飲んだら、それこそ体調を崩しちゃう。

〇山道
  深夜。
  子(ね)の刻に差し掛かる頃。
  町内の男衆が、刀や火器を担いで山を登り始めた。
  僕では大人達を止めることが出来なかったから、せめて野良犬おじさんを応援しようと、みんなの後ろを付いて登った。
  みんなが僕のことを止めたけど、
少年「野良犬おじさんと会う約束をしているから、僕が行けば出てくるよ!」
  って言って説得したんだ。

〇森の中の小屋
  山小屋に着いた。
  でも、中はもぬけの殻。
  囲炉裏には燃えかすがそのまま残り、
  食器類も積まれたまま。
  それなのに野良犬おじさんは居ない。
  大人達はとても残念がっていた。
  大人しく帰るのかなと思ったけど、妖怪が居た証拠を見つけて王國に応援を要請しようと言い出して、小屋の内外をうろつきだした。
  みんながあちこちに散り始めた時、
  野良犬おじさんの声が響いた!
野良犬おじさん「おいおい、小僧っ子。 新鮮な肉を持って来いとは言ったけど、 生きた人間なんざ貰っても嬉しくないぞ?」
町の男「居たぞ! 屋根だ!!」
  にわかに上がった声に、
  大人達が色めき立った。
  外に立って周りを警戒していた銃装備歩哨組が、慌てて屋根の上に照準を合わせる。
町内会長「総員構え!」
町内会長「撃てーーーー!!!!」
  禿頭の町内会長が赤い旗を振り下ろし、
  一斉射撃の命令を下した。
  構えられた火器は総勢7口。
  静かに眠っていた山に、恐ろしげな銃声が響き渡る。
  体を硬直させた野良犬おじさんの膝から力が抜けて、ズルズルと屋根の向こうへと落ちていく。
町内会長「やったぞ!!」
  火器を近接戦闘用の刀剣に持ち替えた男衆が
  “野良犬おじさんを装った何か”
  に近づいていった。
  最初から当たるわけが無いと予想していた僕は、
  近くの栗の大木に背を預けながら手を振っている野良犬おじさんを見つけることが出来た。
  僕もこっそり手を振り返してみる。
町内会長「な、何だこれは!」
父「薪だ! 薪に着物を着せてやがる!」
町の男「くっそ嘗めやがって!  探せ! 遠くに行ってないはずだ」
  どこからともなく笛の音が聞こえてきた。
  ひゅるる~。
  ひゅるる~。
  もの悲しげな音律は
  揺れる梢に
  積もる落ち葉に
  しんみりと溶けていく。
  気が付けば、
  野良犬おじさんは影さえ残さず消えていた。
  そろそろ、春から夏へと変わるからね。
  きっと次の住処に移ったんだ。
  今度会った時は、お土産を渡したいな。
  温かい食べ物が良いかな?
  それとも冷たいの?
  そんなことを考えている間に・・・

〇男の子の一人部屋
  リリリリリリリ!!
少年「やば! 朝だ!!」
  僕は夢から覚めたんだ。
  ・
  ・
  ・
  __おしまい〆

コメント

  • 人間以外の動物はみんな猫舌か否かという出発点から、不思議な存在との交流への展開が予想外すぎて面白いです。その後も、子供の目から見た閉鎖的コミュニティを生々しく切り取った感じで、色々と考えさせました。

  • 最後に夢だったとわかり、なんだかほっとしました。野良犬のおじさんに対する偏見は、今日の社会に点在するそれに何か似通っているようで。夢の中で、少年がおじさんを理解し助けようとした所がとても温かく感じました。

  • 少年の見た夢が不思議で素敵ですね。
    味噌汁がおいしいっていうのもわかります。
    夢の中だとはっきりはしてないんですが、妙に味覚とかが刺激されたりしますよね。
    楽しかったです。

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