橋田玲央 下(脚本)
〇稽古場
加藤 稔「それじゃあ、今日の稽古を始めようか」
加藤 稔「昨日の今日だから 動きはまだ頭に入ってないと思うけど、 ざっくり最初から流してみよう」
加藤 稔「動きはなんとなくで構わないから 台詞の方を意識して」
加藤 稔「航にはプロンプターをしてもらう 台詞が飛んじゃっても航が教えるから、 安心して演技に集中してほしい」
橋田 玲央(大丈夫。できる。台本はもう置いて・・・)
橋田 玲央「よし」
加藤 稔「さぁ。準備が出来たら、さっそくいこうか」
〇稽古場
西 龍介「俺たちも気がついたらここにいたんだよ」
橋田 玲央「ちなみに俺が一番乗りだった」
橋田 玲央「色々調べてみたけどさ、 なーんにもない部屋だったぜ ドアも窓もなんにも」
山本 朔「俺たちみんな、 突然この部屋に落ちてきたんです」
水戸部 和人「落ちてきたって、そんな」
西 龍介「事実だぜ 現に俺たち3人は、あんたが突然 この部屋に降ってきたところを見たからな」
水戸部 和人「そんな・・・」
〇稽古場
橋田 玲央(よし。ここまでは完璧だ それにしても・・・)
橋田 玲央(カズさんも山本さんも、 分かってたけど演技がすごく上手い)
橋田 玲央(あ、今のカズさん 目線の動きだけで感情が伝わってくる)
橋田 玲央(ちょっとした手振りだけで表現してる 流石だなぁ山本さん)
橋田 玲央(これが、プロの役者なんだ)
橋田 玲央(ただ、お二人も勿論すごいけど 正直一番驚いたのは・・・)
橋田 玲央(龍介さんだ)
橋田 玲央(続木終がここにいる、としか思えない 演技が上手いというか、自然なんだ)
橋田 玲央(舞台にはあまり出たことがないって 言ってたけど・・・ こんなに上手いのに何で)
橋田 玲央(っと、ダメだダメだ 今は演技に集中しないと)
〇稽古場
加藤 稔「はい!お疲れ様ー」
橋田 玲央「おわった・・・!」
橋田 玲央(台詞は何回か噛んだけど、 航さんのプロンプなくできた!)
加藤 稔「じゃあみんな台本持って 頭から動きもさらいながら、 ダメ出ししていくね」
加藤 稔「あ、その前に。玲央くん」
橋田 玲央「はい」
加藤 稔「台本なしでもいけたね どうだった?台本離してやってみて」
橋田 玲央「えっと・・・」
橋田 玲央「オレが見ないといけなかったものが、 見えました」
橋田 玲央「台本じゃなくて、一緒に舞台に立つ みなさんを見るべきだったんですね」
橋田 玲央「舞台は一人ではつくれないから」
加藤 稔「よかった。自分で気づけたんだね」
加藤 稔「今回は一人芝居じゃない 掛け合いをする相手との会話で 物語が進んでいく舞台だ」
加藤 稔「初めての玲央くんに、 一週間足らずで台本覚えてこいってのは 大変だろうと思ったけど」
加藤 稔「相手と会話をする、 ってことを大事にしてほしかったから」
加藤 稔「昨日よりも、台本を外した今日の方が 生きた演技だったよ」
橋田 玲央「ありがとうございます!」
加藤 稔「まぁ改善点も山ほどあるけどね それも含めて、 頭からゆっくり見直していこうか」
〇稽古場
西 龍介「玲央お疲れー! すげぇじゃんお前・・・って」
西 龍介「し、死んでる・・・!」
橋田 玲央「ダメ出しって・・・へこみますね・・・」
西 龍介「ま、舞台を良くするためには必要なこと だからな 稔さん、見た目と違って容赦なく 言ってくるから驚いたけど」
橋田 玲央「必要なことは分かってるんですが・・・ 感情が追い付かないというか・・・」
橋田 玲央「自分でもできてないって自覚があるので 尚更・・・」
西 龍介「落ち込むってことは ちゃんと反省できてるってことだろ」
西 龍介「一個ずつできるようにしてけばいいって 次からはシーンに分けて、 細かくやってくみたいだし」
西 龍介「何はともあれ今日はお疲れ! このあと飯でも行こうぜ」
橋田 玲央「はい。ぜひ」
橋田 玲央「あ、龍介さん、すみません ちょっと待っててください」
橋田 玲央「山本さん!」
山本 朔「ん?」
橋田 玲央「お疲れ様です あの、昨日はありがとうございました」
山本 朔「お前なら覚えてこれると思ってたよ 俺に礼を言うことじゃない」
西 龍介「あんな言い方してきたやつに礼なんて、 真面目だなぁお前 今のだって、玲央が覚えてきたから 掌返しただけじゃん」
橋田 玲央「り、龍介さん・・・!」
山本 朔「俺に何を言うかは玲央の自由でしょう あなたにいちいち言われる筋合いは ないですが」
西 龍介「お前ほんっとに可愛くねぇな・・・!」
水戸部 和人「あーもー また喧嘩してるのかい。きみたち」
水戸部 和人「玲央くんが困ってるだろう? やめなさい」
水戸部 和人「龍介くん。昨日も言ったけど、 すぐ喧嘩腰にならない 玲央くんのこと心配してるのは分かるけど」
水戸部 和人「朔くんも人が悪いんだから きみなら気づいてたんだろう? 玲央くんが昨日の時点でほとんど台本を 覚えてたこと」
西 龍介「え!?そ、そうなんですか?」
橋田 玲央「あっ、えっとそれは」
水戸部 和人「昨日の夜、二人で残って練習してたとき のことなんだけどね」
〇稽古場
水戸部 和人「玲央くん、きみ──」
水戸部 和人「もしかして、居残り練習しなくても 台本ほとんど覚えてるんじゃない?」
橋田 玲央「・・・!」
水戸部 和人「この一時間で詰め込んだにしては 読み方にたどたどしさがないし、 無理矢理思い出しそうとして 台詞が止まることもない」
橋田 玲央「は、はい。実は、家ならほとんど 間違えずに読めるんです」
橋田 玲央「ただ、稽古となると台本を手放すのが 怖くて・・・それで・・・」
橋田 玲央「間違えたら、流れを止めてしまったら と思うと不安で、持つことで安心 してたんだと思うんです」
水戸部 和人「なるほど、そうだったんだね」
水戸部 和人「でも、それなら解決は簡単だ」
水戸部 和人「おれたちを信じてくれたらいい」
橋田 玲央「カズさんたちを・・・?」
水戸部 和人「そう。おれと、朔くんと龍介くんを どれだけプロでも、舞台は何が起こるか 分からないもんなんだ」
水戸部 和人「それでも一度上がった幕は、 物語が終わるまで下ろせない だから誰かがとちれば、 誰かがそれをサポートするのさ」
水戸部 和人「台詞を言うこと自体を忘れて、 別の役者が代わりにその台詞を全部喋って カバーしたことだってあるよ」
橋田 玲央「へぇ。プロの役者でもそんなことが あるんですね」
水戸部 和人「まぁ、その台詞を忘れた役者ってのは おれなんだけど」
橋田 玲央「え!」
水戸部 和人「だから、玲央くんが台詞を忘れたり 間違えたりしても、おれたちが助けるから」
水戸部 和人「言っただろう? 舞台は一人じゃつくれない 舞台上に立っているのは玲央くんだけ じゃないんだよ」
橋田 玲央「みなさんを信じて舞台に立つ・・・」
〇稽古場
水戸部 和人「というわけでね」
水戸部 和人「知ってたんだろ だからあんな言い方したんじゃないかい?」
山本 朔「・・・まぁ 台本を覚えてないから読んでるのか、 ただ保険として開いてるだけなのか、 見れば分かりましたから」
橋田 玲央「オレの不安を分かって 言ってくれたんですよね」
橋田 玲央「だから、ありがとうございました!」
山本 朔「そこまで言うなら、受け取っておくよ どういたしまして」
山本 朔「だが、これからも気になったことがあれば 遠慮なく言うからな」
橋田 玲央「はい! これからもよろしくお願いします!」
西 龍介「だったらそれこそ、 別の言い方もあっただろー」
山本 朔「そもそも あなたが突っかかってこなければ、 俺も言い返しはしませんでしたが」
西 龍介「その言い方だよ!」
橋田 玲央「ちょ、ちょっと二人とも・・・!」
水戸部 和人「これは多分止めても無駄だね もう放っておこうか」
橋田 玲央「大丈夫ですかね?」
水戸部 和人「二人ともいい大人なんだから それより、晩ごはんに何を食べたいか 決めておきなさい おれが奢ってあげるから」
橋田 玲央「本当ですか!?やったぁ!」
水戸部 和人「喧嘩が終わらなかったら二人で行こうか」
橋田 玲央「はーい!」
西 龍介「ちょっ!俺も行きます! おいてかないでー!」
〇稽古場
西 龍介「あれ? お前は飯行かねぇのか?」
山本 朔「俺はこのあとも仕事があるので」
西 龍介「この前も稽古終わりに仕事行ってたっけ やっぱ売れっ子は違うなー 俺なんかより演技も上手いし」
山本 朔「・・・・・・」
西 龍介「ま、頑張れよ お前の分も美味い飯食ってきてやるから」
山本 朔「ええ、また 明日からは無闇に突っかかってこないよう お願いします」
西 龍介「一言多いんだよなコイツ・・・ じゃーな。お疲れ」
山本 朔「・・・俺より演技も上手い、だって?」