ねえ、先輩。(脚本)
〇ボロい駄菓子屋
ねえ、先輩。
私たちが出会ったのは、あの夏の暑い日のことでしたね。
突然の豪雨にびしょ濡れで、近くの小さな駄菓子屋の屋根の下に身を寄せたあの日。
先輩「あはは、やべえ降ってるじゃん!まさかこんなに降るなんて思わなかったわ!」
そういって髪をかきあげながらゲラゲラ笑っていた先輩。
うるさい人だなあ、と思ったことを覚えています。
その日は夏期講習で返却されたテストの点数が悪くて落ち込んでいた私。
そこにゲリラ豪雨が重なりさらに落ち込んで暗くなってしまっていました。
そんな私に先輩は眩しい笑顔を浮かべながらタオルを渡してくれました。
先輩「君もびしょ濡れだね。ほら、使いなよ」
私「え、でも・・・」
先輩「いいからいいから。ここで会ったのも何かの縁でしょ!」
私はそのとき、あなたに恋をしました。
〇銀杏並木道
ねえ、先輩。
あれは出会ってから3回目の秋のことでしたね。
真っ黄色に染まった銀杏の並木道を二人で歩いている時でした。
先輩は大学生になって少し大人っぽくなって。
まだ高校生の私と関わってくれることに嬉しさもあり、
それと同時に、いつこの関係が終わってしまうのだろうとびくびくしていたことを覚えています。
先輩「なあ、あのさ」
そう切り出した先輩はどこかそわそわとしていた気がします。
私「はい」
先輩「俺たち、出会ってから結構長いよな」
私「そうですね」
そのときの私は、先輩が何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。
急にそんな話をしだすものだからもしかして・・・なんて嫌な予感さえよぎりました。
先輩「・・・こうやって会うの、もうやめにしないか」
私「え、」
その予感は的中してしまいました。
先輩はやっぱり高校生の私なんかと関わることに嫌気がさしてしまったのだと。
子どもの私より大人な女性と関わっていきたいのだと、そう思いました。
私「は、い・・・」
私は堪えきれず涙をぼろぼろと流してしまいました。
先輩「え、な、泣かないでよ。そういうことじゃなくて・・・」
私「いえ、大丈夫です。わかってますから」
先輩「わかってないよ」
そういって先輩は私を優しく抱きしめました。
私は何が起きたのか理解できずに、ただただ涙を流すばかりでした。
先輩「違うんだ」
先輩「これからは先輩後輩の関係じゃなくて、恋人同士で会いたいって言いたかったんだ」
力強く言った先輩の言葉に私は耳を疑ってしまいました。
私「恋人・・・?」
先輩「そう」
私「お別れ、じゃなくて?」
先輩「そう」
私「私なんかと・・・?」
先輩「なんかって言わないでよ。俺にとっては大切な女性だよ」
私「うう・・・嬉しい」
先輩「ほんとに?」
私「私も先輩が好きです」
先輩「嬉しい。これからもずっと隣にいてくれる?」
私「もちろんです」
こうして私たちは結ばれたのでした。
〇イルミネーションのある通り
ねえ、先輩。
あれは、出会ってから5回目の冬のことでしたね。
真っ白な雪がチラチラと舞い降るクリスマスのことでした。
街中がカラフルなイルミネーションに彩られ、そこかしこから聴こえてくるクリスマスソングに心躍ったことを覚えています。
私「イルミネーション、綺麗ですね」
先輩「・・・そうだね」
その日の先輩は、何だかいつもより口数が少なかったような気がします。
〇住宅街の道
デートの帰り道、先輩が私を家まで送ってくれていた時のことでした。
私「今日は楽しかったです。また行きましょうね」
先輩「はあ・・・はあ・・・」
私「先輩?どうかしま・・・」
先輩「う・・・」
私「先輩!」
先輩は突然倒れてしまいました。
〇病室
急いで救急車を呼び、病院に運び込まれた先輩。
ピッ、ピッ、と電子音が響く病室に先輩の容態を聞きに行っていた先輩のご両親が戻ってきました。
私「先輩は・・・」
お母さま「・・・もってあと3ヶ月だって」
お母さまは泣き崩れてしまいました。
お父さまも涙を堪えて肩が震えています。
私はただ、眠る先輩の手を優しく握りしめることしか出来ませんでした。
〇黒
ねえ、先輩。
いやだよ。
お別れなんていやだよ。
置いていかないでよ。
ずっと隣にいるって言ったでしょ。
約束したでしょ。
お願い神様。
先輩を連れていかないで。
私、なんでもするから。
先輩が助かるのなら、なんだって。
神様・・・
〇桜並木
ねえ、先輩。
先輩「まだ”先輩”なんて呼んでるの?」
私「・・・ふふ、それもそうね」
先輩「さ、お手をどうぞ、”奥様”」
私「ありがとう、”旦那様”」
私たちはもうすぐ、出会ってから10回目の春を迎えます。
テンポ良く惹きつけられてしまい、夢中で読んでおりました。
素敵なお話でした。
詩のような胸に残るリズム、過去を振り返る日記のような口調が心地よかったです。
彼の命とヒロインの笑顔が、できるだけ長く続きますように。
結婚して日常が安定してくると何か欲張りな気持ちが生まれたりするものですが、こうして二人が歩んだ道筋をたどり辛い時期や、付き合いたての頃の事を思い出すとより新鮮さ関係を保てるように思いました。