お嬢様の好きなもの(脚本)
〇テレビスタジオ
都大路楓恋は良家のお嬢様として世間の脚光を浴びていた。
それは『都大路家の権威を世に示す』という都大路美翠が仕掛けた戦略の成果であった。
〇コンサートの控室
都大路美翠「休憩の後のインタビュー収録で今日のお仕事は終わりよ」
都大路楓恋「今日は早く帰れるんですね」
都大路美翠「のんびりなんてできませんよ。お屋敷に戻って誕生パーティーですから」
都大路楓恋「私も出席しなきゃいけませんか?」
都大路美翠「あなたの誕生パーティーなのよ。あなたは今や都大路家の顔、もっとそれを自覚して頂戴」
都大路楓恋「は~い」
都大路美翠「『はい』でしょ!」
都大路楓恋「はい、お母様」
都大路楓恋「これって私たちの為に用意されたものですよね」
都大路美翠「触っちゃダメよ!」
都大路楓恋「えっ」
都大路美翠「こんな粗末な食べ物を用意するなんて失礼ね! 仕事はキャンセルよ。楓恋さん、帰りますよ!」
都大路楓恋「は、はい」
〇立派な洋館
都大路家の屋敷に戻った楓恋はパーティー招待客の応対に追われていた。
〇大広間
都大路美翠「次の方どうぞ」
久藤悠人「楓恋お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
都大路楓恋「初めまして。今日はわざわざありがとうございます」
都大路美翠「楓恋さん、初めましては失礼ですよ」
都大路楓恋「え?」
都大路美翠「ごめんなさいね、悠人さん。あなたが見違えるほど立派になられたのでわからないみたいね」
都大路楓恋「悠人? もしかして久藤悠人」
久藤悠人「思い出していただき光栄です」
都大路美翠「悠人さんのお店、先日三ツ星を獲得したのよね。三ツ星シェフの料理、楽しみにしていますよ」
久藤悠人「この度はご指名ありがとうございます。今日は精一杯腕を振るわせていただきます」
都大路楓恋「悠人、あなた料理人になったの?」
都大路美翠「昔は粗末な駄菓子やファーストフードを好んで食べていた子供だったけど、やっぱり都大路家専属シェフの息子だったわね」
都大路楓恋「・・・」
都大路美翠「どうしました、楓恋さん?」
都大路楓恋「いえ別に。せいぜい頑張りなさい」
久藤悠人「はい。では失礼します」
〇広い厨房
久藤悠人「よし、準備万端」
都大路美翠「悠人さん!」
久藤悠人「どうかされましたか?」
都大路美翠「楓恋さんがいなくなったのよ!」
久藤悠人「え?」
〇ファストフード店
週刊誌カメラマン「『週刊特報』の者ですけど、都大路楓恋さんですよね」
都大路楓恋「・・・」
週刊誌カメラマン「隠してもムダですよ、お屋敷から尾行していたんですから」
週刊誌カメラマン「まさか都大路家のお嬢様が庶民の食べ物なんて召し上がりませんよね?」
都大路楓恋「・・・」
週刊誌カメラマン「これは大スクープになるぞ!」
久藤悠人「お嬢様、罰ゲームお疲れ様でした!」
都大路楓恋「え?」
久藤悠人「パーティーの余興にみんなでゲームをしていたんだよ」
久藤悠人「それでお嬢様が負けたので罰ゲームとして普段絶対やらないことをしてもらったんだ」
週刊誌カメラマン「それがハンバーガーの買い物ですか?」
久藤悠人「そう。僕はお嬢様の見張り役で付いてきたんだ」
都大路楓恋「これでいいかしら?」
久藤悠人「はい。では帰りましょう」
〇車内
都大路楓恋「助かったわ。でもどうしてここだとわかったの?」
久藤悠人「君がいなくなったと聞いてピンと来たんだよ。子供の頃、あの店には何度も付き合わされたからね」
都大路楓恋「悠人の顔を見たら無性にここのハンバーガーが食べたくなったのよ」
久藤悠人「ファーストフードに駄菓子、食べるのは君なのにいつも僕が叱られていた」
都大路楓恋「そうだ、駄菓子も食べたいわ」
久藤悠人「昔よく行った駄菓子屋ならもう無いよ」
都大路楓恋「そうなの?」
久藤悠人「今日屋敷に行く前に懐かしくて立ち寄ったんだ」
都大路楓恋「仕方ないわね。ハンバーガーだけで我慢するわ。冷めてしまうからここで食べようかしら」
久藤悠人「駄目だよ、さっきの男が見ているかもしれない」
都大路楓恋「面倒臭いわね。どうしよう、このままお屋敷に戻ったらお母様に叱られるわ」
久藤悠人「大丈夫。あの場所の鍵、開けておいたから」
都大路楓恋「あの場所?」
〇備品倉庫
都大路楓恋「おいしい!」
久藤悠人「全部食べていいよ」
都大路楓恋「もちろん、そのつもりだけど」
久藤悠人「そ、そうだよね」
〇備品倉庫
都大路楓恋「美味しい!」
久藤悠人「変わってないね」
都大路楓恋「何が?」
久藤悠人「いや、何でもないよ」
都大路楓恋「よくこの貯蔵室で隠れて食べてたわね」
都大路美翠「楓恋さん!」
都大路楓恋「お、お母様」
都大路美翠「何なの、そのハンバーガーは!」
都大路楓恋「あっ」
久藤悠人「僕がここで食べてました。それに気づいたお嬢様が取り上げたんです」
都大路美翠「楓恋さん、ここで何をしていたの?」
久藤悠人「お嬢様は今日僕が出す料理がどんなものか気になって厨房での作業をこの部屋から隠れて見ていたんです」
都大路楓恋「ハンバーガーなんて食べていたので取り上げてお説教をしていました」
都大路美翠「悠人さん、相変わらずね。あの約束は白紙にさせてもらうわ。楓恋さん、早く会場に戻ってきなさい」
都大路楓恋「はい」
都大路楓恋「また悠人に助けられたわね」
久藤悠人「あの頃と同じ事をしただけだよ」
都大路楓恋「今思うと子供の頃はまだ自由だったわね」
久藤悠人「都大路楓恋はそれだけ特別なんだよ」
都大路楓恋「ねえ、さっき約束が白紙とか言ってたけど」
久藤悠人「今日の料理が好評なら都大路家の専属シェフにしてもらうことになっていたんだ」
都大路楓恋「そうだったの? でも悠人『シェフには絶対ならない』って言ってたのにどうして?」
久藤悠人「それが一番の近道だと気づいたから」
都大路楓恋「近道?」
久藤悠人「都大路楓恋のそばにいるための」
都大路楓恋「えっ」
久藤悠人「君が都大路楓恋でいるために子供ながらすごい努力をしている姿を見て、君の力になりたいって思ったんだ」
久藤悠人「子供だから君のそばにいられた。でも大人になったらそうはいかない」
久藤悠人「だから都大路家専属のシェフになろうと思ったんだ」
都大路楓恋「でも私を庇ったせいでダメに」
久藤悠人「いいんだ。今日君と再会して考えが変わった。専属シェフになるのはやめる」
都大路楓恋「もう私に振り回されるのは嫌ってこと?」
久藤悠人「違うよ。僕は決めたんだ」
久藤悠人「専属シェフではなく恋人として君のそばにいるって」
都大路楓恋「えっ」
久藤悠人「君に見合った男になる」
都大路楓恋「私の恋人? 冗談でしょ?」
久藤悠人「本気だよ」
都大路楓恋「・・・」
都大路楓恋「バカみたい」
都大路楓恋「そろそろ戻るわ。残りのハンバーガー、悠人にあげる」
久藤悠人「全部食べないの?」
都大路楓恋「満腹になったら悠人の料理が食べられないから」
久藤悠人「えっ」
都大路楓恋「待っているから」
久藤悠人「うん」
久藤悠人「待つって? 料理? それとも」
お金持ちや地位のある方、生き方が限られてしまう人たち、すごく辛いなぁと思ってしまいます。
そんな時にこんな優しい方が近くにいたら、甘えたくなるのも無理はないですね。
素敵なラブロマンスの予感ですね!
うちもジャンクフードの類いを食べるのを禁じられていたので、社会人になってから食べまくりました。笑
きっと彼女もすごくおいしく食べてたと思います!
自分の好きな物を自由に食べることができない彼女が可哀想に思えてきました。好きなものを好きなだけ食べている人が幸せに思えます。彼女は彼の手料理で好きな物を食べたいのでしょうか?