それだけ、2人だけ(脚本)
〇木の上
空を隠さんと根を広げた、おおきな木。
葉の合間からは光がはらはら漏れて、私の顔を揺れるように撫でる。
「あれ?」
???「・・・」
???「どこだろう。ここ」
木の根元に寄り添う様にしていた身体を起こす。
記憶にないけれど、此処で眠ってしまっていたらしい。
???(座ってたところ、痛いな・・・・ 身体中は土まみれだし)
「あ」
???「起きた?」
???「!?」
突然現れた彼。
高い背を屈めて、目を細めている。
一体、何処からきたのか
???「あらら」
???「まだ眠気が抜けない?」
???「仕方ないなー」
彼が、やんわりと口角上げる。
と思えば、その長い足で一気に距離を詰めてきた。
ちゅ。
〇森の中
!!!!!!!!
???「あははッ!」
???「ビックリだな。 キスしただけで腰を抜かすなんて」
信じられない。
私は自分の唇を指でなぞって、いまだ残る感触に肩を震わせる。
???「そんな怯えた顔しないで?」
???「オレは君の味方、なんだから」
???「味方、って・・・」
???「うん。 君の味方はオレ以外にいない・・・とさえ思うよ?」
???(私の、味方が彼しかいない・・・? そんなの・・・・・・)
???「・・・あれ、私・・・」
???(どうして。 自分のことさえ何も、思い出せない・・・)
???「・・・」
???「今は無理に思い出さなくてもいいよ」
???「時間は幾らでもあるんだから。 何事も恐れず、ゆっくり知っていけばいい──」
???「って、君が言ってた言葉」
???「名前はヨーコ。 オレは、フミヒト」
フミヒト「改めてヨロシク」
フミヒト「彼氏として、ね?」
ヨーコ(彼氏、って)
〇廃列車
バシャバシャバシャ
古びた採掘場跡地。
線路が奥深くまで伸びた道のりには、錆びた鉄の塊のみが名残として未だ存在している。
かたや地面は一帯が深く浸水し、凡そ人がこれる場所ではなかった。
そんな暗闇の中。
激しい水の音を立てて、誰かが奥から走ってくる。
フミヒト「・・・光が見えてきた」
フミヒト「もう少しだからねッ」
ヨーコ!
〇けもの道
ッ!?
フミヒト「ん?」
フミヒト「急に立ち止まって、どうかした?」
頭にフラッシュバックしたのは、記憶・・・なんだろうか。
曖昧で、口には出せなかった。
けれど、この道は色濃く感じる。
ヨーコ「・・・この、道。 通ったことが、ある気がする」
彼がそらしていた身体を、私と真正面から対する様に振り返る。
フミヒト「・・・・・・うん。 あるよ?」
フミヒト「君は・・・俺の腕の中、だったけど♡」
ヨーコ「・・・ごめんなさい。 そこまでは、分からない」
フミヒト「・・・」
フミヒト「いいって。 それより、森を出よう?日が暮れちゃうよ」
ヨーコ「そう、だね」
〇草原
ヨーコ「・・・ここは」
長い時間をかけ、ようやく森を抜けた頃には辺り一面が夜に落ちていた。
フミヒト「ありゃ、真っ新だね」
ヨーコ(そんな呑気な・・・)
果てしなく続く草原に、目眩がするほどの途方もなさを感じた。
身体はクタクタ。
もはや満足には動けそうにない。
なけなしの気力も、森から抜けた瞬間に根こそぎ捨て去ってしまった
フミヒト「大丈夫だよ。 今日はこの辺で夜を明かせばいい」
ヨーコ「冗談でしょ? 何もないじゃない・・・」
フミヒト「オレがいます♡」
余計に冗談ではない。
ヨーコ「も、もう少し先まで行こうよ。 何か・・・屋根がある場所さえあれば」
フミヒト「んー屋根、ねぇ」
フミヒト「あ! それなら──」
フミヒト「えいや!」
ヨーコ「わぷっ!?」
彼は突然、オーバーの裾を持って広げ、そのまま包むように私を抱き込んだ。
ヨーコ「く、くるし・・・!」
フミヒト「あはは! 彼氏くんには屋根もついてるのだー!」
そんな。
無邪気な笑みに、自然と心が騒いだ。
自覚出来ない愛しさや、その熱に浮かされそうになる。
ヨーコ(でも・・・)
そんな感情とは反対に、
心臓の辺りはずっと痛くて、潰れてしまいそうなほど・・・苦しい。
フミヒト「・・・」
フミヒト「ヨーコ」
ヨーコ「え、な・・・何?」
フミヒト「君がどんな事をしたとか、そんなの関係ない」
フミヒト「オレには君しかいないんだ」
フミヒト「・・・君だって、同じ」
フミヒト「もう、オレしかいない。 分かるでしょ?賢い君になら・・・」
ヨーコ「どういう、意・・・」
〇宇宙船の部屋
・・・
他愛無い会話。
焼き回し続けて擦り切れたビデオの中に居るみたいに、現実味を感じない。
目の前にいるのは、確かに自分なのに。
ヨーコ「フミヒトくんも、研究所に来て長いよね」
フミヒト「うん。 何せ、此処にはヨーコちゃんがいるからね♡」
ヨーコ「あーまた適当なこと言って!」
ヨーコ「本気にする試験者さんだって多いんだからね?」
フミヒト「あははっ! オレだって、こんな事はヨーコちゃんにしか言ってないよ?」
フミヒト「そろそろ研究も大詰めなんでしょ。 息抜き出来る様になったら・・・」
ヨーコ「はいはい・・・ 終わったらね?」
フミヒト「やったー! 何でもお申し付けください、所長代行様!」
ヨーコ「その台詞も何回目ー?」
・・・
そうだった。
私は研究者、彼は被験者。
大まかな記憶だが、それだけはハッキリした。
それで
それ、で。
〇魔法陣のある研究室
──へたり込み、こと切れた屍の山を呆然と眺める。
そして・・・他でもない彼が、目前に立っていた。
見たこともない険しい表情で。
フミヒト「ヨーコ」
フミヒト「立って」
何故。
私が自身へ問う。記憶の蓋から溢れてくるのは、途方もない罪。
フミヒト「君の誤った成果によって・・・ 何億って人間が、死んでいくだとしても」
フミヒト「・・・味方でいるよ」
フミヒト「唯一、君が生かす事の出来たオレが」
フミヒト「君の味方になる」
〇草原
・・・
止めどなく涙が溢れてく。
全身から血潮が失われていく様な感覚と、震えに自分を保てなくなった。
フミヒト「・・・」
彼が、私を許す様に抱き止める。
フミヒト「言った筈だよ。 君の味方だって・・・」
フミヒト「1人じゃない。 オレが一緒に背負ってあげる」
彼の匂いに包まれる。
草木の様に、暖かい。
研究者という立場は辛いことも多いのだと思います。動物実験もしかり、人での治験もしかり、研究の成果に100%なんてものはないのだから。真実を知ってしまっても彼のように一緒に背負ってくれる人がいれば、もう少しだけ生きてみようと思えるのではないでしょうか。
過去に生じた悲しい事実と、何が何でも彼女をかばい守ろうと決めた彼の強い愛情を同時に感じ取りました。事実を再認識することは彼女にとって辛いことだけど、彼の存在を日に日に大きく感じるでしょうね。
情景を語る語り手と,登場人物の台詞との言葉遣いが書き分けられているところに,著書のこだわりが見られました。神秘と愛との融合を感じる作品でした。