読切(脚本)
〇洋館の廊下
トキノサ・イショウ「今日はゾン日です。人々はゾンビになります。よって死んでも生き返ります」
時の宰相、トキノサ・イショー氏が朝の定例会見で言った。
人1「まじかよ!!生き返るってよ!!」
人2「すんげえぜ!!すんげえ日だ!!」
沸き立つ人々。小学生の太郎くんもその一人。
〇明るいリビング
太郎マザーさん「太郎、ご飯よー」
太郎くんの母である、太郎マザーさんがいった。
興奮している太郎くんが返事をする。
太郎「ママ!!すごいんだよ!!今日は人が死んでも甦るんだよ!!」
太郎「ゾン日だから!!人々はみなゾンビになっているから!!」
太郎「死んでも甦るんだよ!!すごいんだよ!!」
太郎マザーさん「へえ、すごいわねえ。じゃあ、ご飯食べましょう」
太郎マザーさんは自分の分のお盆に白米とお味噌汁とお魚を乗っけてテーブルの上に置いた。
太郎マザーさん「今から太郎の分も持ってくるからね」
太郎マザーさんはそういって再び立ち上がる。その隙に、、、
太郎氏は胸ポケットから白い粉の入った袋を取り出し、太郎マザー用の味噌汁に入れた。
みなさん御察しの通り毒である。
今日死んだ人は甦るのだ。だから今日は人を殺しても問題ない。ということで太郎氏は手始めに太郎マザーを殺すことにしたのだ。
太郎マザーさん「お待たせー。はい、頂きますー」
太郎マザーさん「あがあ、、、、」
太郎マザーさんは泡を吹いて倒れた。
サボテンみたいな格好で床に横たわる。
太郎(太郎マザー死んじゃったぜ)
太郎氏は思った。
そこに太郎ファザー氏がやってくる。
倒れてるマザーを見て駆け寄る。脈をとる。
太郎ファザー「何これ、何これ、マザー死んでるじゃん。やばいじゃん」
太郎ファザー「救急車呼ばなきゃじゃん。何やってんの、太郎、呼ばなきゃじゃん」
太郎「大丈夫。今日はゾン日だから」
太郎「みんなゾンビになっているから。死んでもみんな、蘇るから」
太郎ファザー「まじかよ!すげえなそりゃ。おりゃあ!!」
ドゴオッ!!
太郎ファザーさんは太郎氏をぶっ飛ばした。
即死、太郎氏は動かなくなった。
太郎ファザー「まあ大丈夫、すぐに蘇るからな」
太郎ファザー氏は安心して太郎氏用の味噌汁をすすった。
夜になって、朝になった。
にわとり「コケコッコー」
しかし、二人は蘇らない。
太郎ファザー氏は不安になってきた。
そして不安を抱えているのは太郎ファザー氏だけではなかった。同じように蘇ると信じて殺人を犯した人々が大量にいたのだ。
人々は怒った。
〇渋谷駅前
おばあさん「蘇るっていうから殺したのに、蘇らないじゃないですか。どうしてですか、どうしてですか、孫を、孫を返してください」
お母さん「そうよそうよ。うちのたかしを返して。殺しちゃったじゃないのよー!!」
トキノサ・イショーに怒りをぶちまける人々。
ジジジジジ
その時、全てのテレビ画面がトキノサ・イショーを映し出した。そう、トキノサ・イショーの緊急弁明記者会見が始まったのだ。
トキノサ・イショウ「みなさん、すみませんでした。夢のお告げを信じて言ったのですが、どうやら勘違いだったようです」
トキノサ・イショウ「しかしですねみなさん、人が死ぬのはいつでしょうか。それはですね、人が人を忘れた時、なのですよ」
トキノサ・イショウ「だから、みんな生きている。本当は今でも生きているのです」
太郎ファザー(太郎も太郎マザーも、まだ生きている、私の中で生きているのだ)
人々は胸に手を当て、感動し涙を流すのでした。
コメディ要素もあってサクサクと読める中に、鋭い現代への風刺も含まれていて奥深い作品です。偉い人、有名な人の言葉であっても鵜呑みにはせず、自分自身で考えて判断して、責任をもって人生の選択をしていきたいものですね。
情報過多社会に自らが正しい情報か否か見極める力が試される時代になりましたね。そこをとてもうまく描写表現されているお話だと思います。悪いのは発信する側だけでなく、受け取る側もですね。
だいぶ怖い話ですね。
人の言うことを鵜呑みにして…、例え自分の中で生きてたとしても取り返しつかないよなぁ…。
フェイクニュースとかに踊らされないようにと、思いました。