マキーナの娘 ~香りの絆~

千才森は準備中

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〇入り組んだ路地裏
  旧6番通り
  貧民層街
ジャン「・・・」
ジャン「感謝する」

〇荒れた倉庫
ジャン「ふう」
ジャン「中に入れてくれてありがとう」
ジャン「・・・」
ジャン「僕の方から こんな事を聞くのもアレだけど」
ジャン「どうして匿ってくれるんだい?」
  貴方から伝わってくるのは安堵と困惑。
  僅かな不信感の入り交じる
  疲弊している顔。
  長い間、色々な者達から逃げ回っていたんだと思う。
  私が質問に答えようとした瞬間、
  荒っぽいノックに邪魔をされた。
  音に驚いて跳ねた貴方の肩を、
  目配せで落ち着かせる。
  ここは私が守らないと。
  お守り代わりの香水を振り、
  玄関へ向かった。

〇入り組んだ路地裏
防警を名乗る男「どうも 虚口署のボールドと申します」
ヒイロ「何のご用でしょう?」
防警を名乗る男「実は、この辺に指名手配犯が 逃げ込んだという話を耳にしまして」
防警を名乗る男「ご存じありませんか?」
ヒイロ「いえ 今日は部屋に居ましたから」
防警を名乗る男「一日中?」
ヒイロ「はい」
防警を名乗る男「では、知らない誰かが訪ねてきたとか、 いつもと違う物音、言い争う音とか」
ヒイロ「ありません」
ヒイロ「用件はそれだけでしょうか?」
防警を名乗る男「いや~、 この辺りに居ることは確かなので」
防警を名乗る男「ちょいとお邪魔しますよ?」
ヒイロ「やめてください! 何の権限があって勝手に」
防警を名乗る男「ふっ」
防警を名乗る男「もちろん防警としてですよ」
  男に向かって腕を上げると、
  手首をパカッと折った。
  腕の中から覗く、大きな銃口を相手に向ける。
ヒイロ「入ってこないで」
防警を名乗る男「まさか貴様・・・」
ヒイロ「防警は一人で聞き込みはしないわ 令状も無しに侵入したりしない」
  銃身を流れ落ちる月光。
  その無慈悲な威を借り、脅す。
防警を名乗る男「チッ」
  あっという間に視界から消えた。

〇荒れた倉庫
  足音が去ったのを確認してから君の側へ。
ジャン「ありがとう 嫌な役を押しつけてしまったね」
ヒイロ「ううん、平気」
  振り返った彼女は、
  努めて微笑みを見せてくれる。
  朽ちかけた建物の中、
  揃ってついた吐息だけが温かかった。
ヒイロ「この様子じゃ外には出られないでしょ 今夜は泊まっていくといいわ」
ジャン「いいのかい?」
ヒイロ「安全になるまで居て構わないから」
ジャン「それじゃ君から離れられなくなっちゃうよ」
  親密な温度で笑い合った。
  旧知の仲のように。
  いや、昔から知っている。
  彼女の纏う香りがそれを教えてくれる。
  次は思い出と、今の二人を重ねていくだけ。
  答え合わせをするだけで、
  この温かな関係は崩壊するだろう。

〇荒れたホテルの一室
  部屋は月明かりに見放されていた。
  君はベッドに腰を掛け、
  僕には椅子を勧めてくれた。
  そして、未来を諦めたかような声で言う。
ヒイロ「ふしだらな女だと思うでしょ?」
ヒイロ「知り合ったばかりの男性に、こうして部屋を許すだなんて」
ヒイロ「でもね」
ヒイロ「貴方とは初めて会った気がしなくて」
  感情を押し殺した偽りの微笑みが
  僕の心の芯を引っ掻いた。
  君は”他人のまま”で離れようとしている。
  ダメだ。
  細い手首を取って、距離を詰めた。
  期待と不安と、
  僕には分からない、君だけの願いが溶け合った表情。
  瞳を閉じて
  軽く上を向いた唇。
  滑らかに濡れた薄紅色が、
  限りある夜の契りを誘う。
  その唇の先に
  ちょんと指を当てた。
ジャン「綺麗になったね スィーシア」
  名前を呼ぶと、
  君は雷を浴びたかのように体を震わせた。
  硬直している体を抱き寄せて、
  スィーシアとしての君に温もりを与えた。
ジャン「すぐに気が付けなくてごめん 主人として恥ずかしい限りだ」
  君は強く首を振り、否定する。
  目の前で動くたび、
  夏の花のように気高く、微かな甘さを伴った香りが舞う。
ジャン「この香り 覚えていてくれたんだね」
ヒイロ「だって! だって貴方と繋がれる唯一の絆なんだもの」
ヒイロ「忘れるわけない 忘れられるわけ、ないよ」
  再び会えたとしても、その時、僕がどうなっているか分からない。
  眼球がえぐられ、耳をそぎ落とされて、
  この体が機能しなくなっていたとしても、
  思い出に直接繋がっている嗅覚なら、
  生きている最後まで機能してくれるはず。
  そう考えて、君にプレゼントした香水だった。
ヒイロ「奇跡は起きたんだよ?」
ジャン「運命だよ、スィーシア」

〇研究所の中枢
  研究者という立場でありながら、
  感情を持たせた人造生命体を作った。
  それは理想を宿した命。
  そして、前例のない重罪。
  その罪と罰を恐れ、君を研究所に残し、
  日溜まりの時間から逃げ出したんだ。

〇荒れたホテルの一室
ヒイロ「あの時は悲しかった 捕まれば貴方は殺されると知っていたけど、 それでも」
  うつむくスィーシアを抱いてあやす。
  濡れてゆく胸。
  本来ならば苦しさを味わわなければいけない。
  それなのに僕は、
  実体を伴った君に触れていられる嬉しさに満たされてしまう。
ヒイロ「私、大きくなったんだよ?」
ジャン「ああ 見違えるほど美しくなった」
ジャン「君の表情に、こんなにも感情の波が浮かぶなんて思いもしなかった」
ヒイロ「ふふっ」
ヒイロ「付いていってもいい? 貴方の役に立ちたい」
ジャン「スィーシア」
ヒイロ「ね?」
  僕の手で作り出した人形は
  立派に独り立ちし、
  今では私の歳と変わらないほどになった。
  誇らしく、
  切なく、
  セピアに褪せた記憶を慰めてくれる。
ジャン「今まですまなかった」
ジャン「君を守る権利をくれないか?」
ヒイロ「気が付いた?」
ジャン「ああ」
ヒイロ「時間、無いかも」
ジャン「屋上には出られるかい?」
ヒイロ「こっち」

〇中東の街
  囲まれているらしい。
  だが、負ける気はしなかった。
  もう、逃げ回るのは十分。
  立ち向かうだけの助走は付けた。
ヒイロ「それは?」
ジャン「向こうの屋根にロープを渡して、逃走するよ」
ジャン「一緒に来てくれるかい?」
ヒイロ「うん!!」
  飛び立つだけ。
  君を連れて。
  君を夜から攫った日
  僕らは星と消えた

コメント

  • 独特な世界観に引き込まれました。不思議な緊迫感に包まれた始まりに、心掴まれました!
    二人の過去が明かされてから、二人が自然に惹かれ合っていく様子、そしてラストの逃亡劇までが美しく儚くて、罪だと分かっていても幸せに生き抜いてほしいと願ってしまいました。
    どうか、二人に幸あれ!

  • 独特な描写表現に簡単にいわゆるその異世界に引き込まれました。偉大な研究者とロボットとの愛情物語、次元が遠ければ遠いほど浪漫を感じてしまいます。人間対人間でないところも、より切なさが増しますね。

  • 丁寧な心理描写が素敵でした。
    二人の出会いが特殊であっても、惹かれ合う心がすごく伝わってきてよかったです。
    緊張感の中、幸せを感じる彼女に癒されました。

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