読切(脚本)
〇神社の石段
予備校生の亮介は、たいしたことないなーと不適な笑みを浮かべ、五十段ほどの石段を軽快に駆け上がった。
ところが、なかなか境内(けいだい)まで辿り着かない。
後ろを振り返ってみるが、十段ちょっとしか進んでいないのである。
亮介「下りエスカレーターじゃあるまいし・・・」
これでもかと力強く、両足を鼓舞して進む。
しかし、まったく辿り着く気配すらない。
引き返そうかと考えるが、息を荒げながら、
亮介「予備校に通い始めて半年・・・」
亮介「今、俺を突き動かす原動力は・・・」
亮介「境内まで辿り着きたいと願う執念だけだ・・・」
散歩に出掛けた帰り道のことである。
路地と民家の間に挟まるようにして、石段が続いていた。
軽くお参りでもしようかと考えたのだ。
ところが──。
猛烈に体力を使い果たしたその先の表情で、突き進む。
ついさっき飲んだカフェオレの味が、喉元ににじり寄る。
走馬灯のようなものを、後少しで見てしまいそうになるほどの激しさが全身をつらぬく。
きっともう、無に近かった。
涙の粒が、汗にまじった。
すると、途端に足がくうを切り、
勢い余って、前方に倒れ込んだ。
石畳が、冷たい。
亮介「達成感が尋常ではない・・・!!」
亮介「たぐいまれなる気持ちだ・・・!!」
亮介「今なら何だってできそうな気位(きぐらい)が生まれている・・・!!」
転がるように起き上がると、賽銭箱に、十円玉を投げ入れた。
高速スライダーを放つ投手のごとく。
全身全霊で水切りに励む小学生のごとく。
願掛けにすべてをたくすボクサーのごとく。
亮介「(欲は言いません。そこそこの大学でいいです)」
亮介「(そこそこでいいですけど、それ以上ならもっといいです!!)」
鈴の紐を揺らし、力強く手を合わせると、さらに上塗りで全体重を手元にそそいだ。
亮介「もらった!!」
これ以上ないすがすがしい気持ちで、天空を見上げた。
〇神社の石段
数か月後。
あれから亮介は、嘘のようにつきまくった。
もちろん、大学にも合格した。
そこそこ以上の。
何をするにしても人生を有利な方へと導いてくれる、不思議な力に守られているようだった。
亮介は語る。
亮介「きっと、あの体験が、俺に与えられた神様の試練だったのだと思うよ」
そして、お礼も兼ねて、今、ふたたび、亮介は、あの石段へと、足を掛けた。
余裕がなせる、わざだったのかもしれない。
軽快にスタートしたのもつかの間、足取りが、だいぶん重い。
たまりにたまった不摂生(ふせっせい)が、ここに来て全身をするどく締め付けたのだ。
亮介「馬鹿だ・・・」
お礼なんて、どうでもよかった。
もしかすると、あの耐え抜いた達成感を、もう一度体験したかったのだろうか。
などと自問自答しながら横を見ると、石段に隣接する形で、墓地(ぼち)が広がっていた。
以前は、なかった光景である。
古めかしい墓から、光沢の漂う真新しい墓碑(ぼひ)まである。
亮介「・・・」
やがて二十段ものぼりきらないうちに、力尽きた亮介は、墓の一つになってしまう。
墓には、亮介・ここに眠る、と刻まれる。
──。
がくぜんとして目を覚ますと、石段の一番下に倒れており、どこにも墓などは見当たらなかった。
すみやかにきびすを返す。
帰りがけ、実家に電話をした。
亮介「もしもし、母さん・・・」
亮介「俺って、名字あるよね?」
電話の母「あるわよ」
(了)
境内の石段を登るという行為が願掛けをしたいという気持ちを上回ったという描写から、主人こうが何かを壁を突き破ったんだという実感がこちらに伝わり清々しかったです。それでも、人生は山あり谷ありですね。
不思議な夢みたいなストーリーでした。文章もテンポよく石段を駆け上がってもなかなかたどり着かないもどかしさがうまく表現できているなぁと感じました!
名字あるよね?で笑いました。夢でよかったですね!石段に苦しめられるという身近な感覚とそれが延々と続くという予想外の驚き、そして登った結果から垣間見える人生の真髄、私の知っていることと知らないことがバランス良く配置されていて楽しかったです。