第20話【新しい世界】(脚本)
〇電脳空間
希美都ココロ「私・・・どうしたら」
震える声で、ココロは言った。
迷子のような目で正樹を見つめ、
向こうに立つアイリスへと視線を移す。
紺野正樹「ココロちゃんがいなくなる 必要なんてない」
紺野正樹「君が自分を犠牲にしたって、 誰も喜ばないよ」
希美都ココロ「でも、私がこれまでしてきたことは・・・」
紺野正樹「もう一度、考えてみるんだ。 ココロちゃん」
紺野正樹「これまでの活動は、本当に、 アイリスちゃんのため、 願いのためだけだったのか」
紺野正樹「僕は誰よりも近くで、君を見てきた」
紺野正樹「エゴサーチして一喜一憂したり、 ファンのコメントに喜んだり・・・」
紺野正樹「そうして活動してきたすべては、 ココロちゃん自身のものだよ」
紺野正樹「ココロちゃんが消えれば、 ファンは悲しむ」
紺野正樹「かつてアイリスちゃんが いなくなったときの、僕と同じように」
紺野正樹「そして、ファンと会えなくなる ココロちゃん自身は、どう思うんだろう?」
希美都ココロ「私・・・私は・・・みんなと、 このまま会えなくなったら・・・」
希美都ココロ「・・・・・・」
紺野正樹「・・・その涙が答えだよ、ココロちゃん」
希美都ココロ「えっ?」
ココロは、自分の手を頬へと運んだ。
そして、そこを伝うものに気がつき、
手を震わせる。
希美都ココロ「私・・・泣いて・・・」
そのまま、わっと両手で顔を覆い、
膝をついて大声で泣き始めた。
希美都ココロ「消えるのは嫌! 嫌だよ! 怖くて・・・寂しくて!」
希美都ココロ「でも、だって・・・ アイリスには帰ってきてほしくて! だから、私・・・」
紺野正樹「うん」
希美都ココロ「私・・・ここにいたい! ここにいたいよ! けど、そんなこと・・・ 思っちゃ駄目だって・・・!」
紺野正樹「いいんだよ、ココロちゃん。 そう思って当たり前なんだよ。 ココロちゃんには、心があるんだから」
希美都ココロ「ここに、いたい・・・!」
紺野正樹「うん。僕も君に、いてほしい」
ココロを、しっかりと抱き締める。
彼女はバーチャルの存在だ。
それは分かっている。
紺野正樹(でも、こんなに温かい。 こんなに震えてる。 これが、彼女の心なんだ)
ふと、正樹は顔を上げた。
アイリス「・・・・・・」
視線の先に、アイリスが立っている。
紺野正樹(本当なら僕は・・・ここに辿り着く ことさえできずに、あの情報の海で 溺れてしまっていたかもしれない)
あの子が、助けてくれたのだ。
ココロの中に残っていた、あの子の心が。
抱き締めたココロの肩越しに、
アイリスの姿を見つめる。
あそこに立つのは、中身の伴わない、
彼女の殻のようなもの。
心が灯らず、いかなる感情も持ち合わせて
いなかったはずの彼女の顔に、
かすかな変化が生じた。
その視線は、
はっきりと正樹を捉えている。
アイリス「・・・・・・」
ふっと。その表情がわずかに緩み、
微笑んだように見えた。
アイリス「ありがとう」
次の瞬間には、彼女の身体は空気中に
溶けるように、消えてしまっていた。
まるで、最初からいなかったように。
けれども確かに、その名残を残して。
紺野正樹(・・・さようなら)
目を閉じて、
抱き締めたココロの温もりを感じる。
紺野正樹(さようなら、アイリスちゃん)
正樹とココロ、二人だけ取り残された
空間で、静かに身を寄せ合う。
やがて、ごしごしと涙を拭いながら、
ココロが顔を上げた。
希美都ココロ「・・・もう大丈夫。ありがと」
目と目が合い、照れたように、
ココロが視線をそらす。
が、すぐにまた、
正樹のほうを見つめてくる。
希美都ココロ「えへへ・・・なんだか、恥ずかしいね」
紺野正樹「そう、だね」
希美都ココロ「正樹くん、私・・・自分のために、 これからも活動を続けていきたい」
希美都ココロ「私自身と、そんな私を応援してくれる、 みんなのために」
紺野正樹「うん。僕も力の限り、 ココロちゃんを支えていく。 誓うよ」
希美都ココロ「ありがとう・・・。正樹くんと一緒なら、 きっと私、何だってできちゃうと思うな」
紺野正樹「それは・・・光栄だけど、責任重大だね」
希美都ココロ「もちろん! 責任は取ってもらうよ!」
紺野正樹「・・・お手柔らかに」
二人、見つめ合って笑う。
***「〈ココロ〉」
頭上から、
静かに語りかけてくる声があった。
いくつかの人の声を合成したような、
不思議な声だった。
希美都ココロ「・・・管理者だ」
つまり・・・ココロにとっては、
神様みたいな存在か。
***「〈ココロ〉」
希美都ココロ「はい」
***「あなたには権限拡張が適用されています 権限を破棄する場合は この区域から退出してください」
希美都ココロ「・・・・・・」
紺野正樹「・・・どうする?」
希美都ココロ「どうしよ。 せっかくだから、何か願っとこうか」
紺野正樹「何かって、何を?」
希美都ココロ「そんなの、いきなり思いつかないよ!」
***「〈ココロ〉」
希美都ココロ「は、はいっ!」
***「あなたには権限拡張が適用されています 権限を破棄する場合は この区域から退出してください」
希美都ココロ「おおぅ・・・どうしよう」
希美都ココロ「あ。そうだ」
困り果てた様子のココロだったが、
その表情が、変わった。
紺野正樹「何か、思いついたの?」
希美都ココロ「うん。何かに頼るような願いは、 これで最後にするよ」
希美都ココロ「ね、少しだけ、 正樹くんの力を借りてもいい?」
紺野正樹「いいけど・・・いったい、何を願うの?」
希美都ココロ「それはね──」
ココロの手が伸びてきて、正樹の手を
見つけると、しっかりと握った。
手を繋ぎ、二人は天を見上げる。
希美都ココロ「私の、願いは・・・」
〇コンサート会場
紺野正樹「すごいな。満員だ」
正樹は舞台袖から客席を覗くと、
思わず呟いた。
バーチャルライブ会場は、
まだ開演前であるにも関わらず、
すごい盛り上がりようだ。
多くの観客アバターで溢れ返っている。
小鳥遊ことり「あー緊張してきた」
すぐ隣で、小鳥遊ことりが胸に手を当て、
軽くよろけながら、
深呼吸を繰り返している。
小鳥遊ことり「あー緊張してきた。あー緊張してきた」
紺野正樹「だ、大丈夫ですか・・・?」
小鳥遊ことり「あたしは動画勢なんだよ・・・ 生配信でさえ頭が真っ白になるのに、 こんな大勢の前でライブ? 正気か?」
紺野正樹「が、頑張ってください」
小鳥遊ことり「・・・おう」
紺野正樹「ことりさんなら大丈夫ですよ! 格好良いし、可愛いし・・・ きっと上手くいきます!」
小鳥遊ことり「かー。やっぱAIを口説き落とす男は、 言うことが違うね」
小鳥遊ことり「危うく、 その気にさせられるところだった。 危ない危ない」
紺野正樹「な、何を言ってるんですか!」
正樹が光に飛び込んだ後、ことりには、
ココロや蒔苗の正体について、
蒔苗のほうから説明をしてくれたらしい。
小鳥遊ことり「お前に心配されずとも・・・ やってやるさ。 あたしは、小鳥遊ことりだからな」
そう言って、相変わらずよろけながらも、
待機の配置に歩いていく。
そんな彼女を見送っていると・・・
蒔苗「パパ」
背後から、
そんな謎ワードが聞こえてきた。
ギョッとして振り返る。
蒔苗「お疲れさまです、パパ」
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