エピソード1(脚本)
〇桜並木
俺は桜があまり好きじゃない
だけど、この季節になると勝手に足が動いてここに来てしまう
ここに何か特別な思い出があるわけじゃない
ただ今住んでいる家の近くで桜が見れる所がここしかないってだけの話だ
凛堂ツバサ(しかしスゲー人だな。コイツら全員暇人かよ・・・)
凛堂ツバサ(まあ、俺も人の事言えねぇか)
俺は手にぶら下げていたコンビニのビニール袋からヌルい缶ビールをひとつ取り出した
缶を開けると炭酸の飛び出す音が小気味良く響いてきて、俺の心を少しだけ楽しくさせる
凛堂ツバサ(昼間から飲むビールは最高だな)
俺は桜を見ながら楽しそうに歩くカップルや家族達を肴に缶ビールを煽る
凛堂ツバサ(幸せ、か・・・)
凛堂ツバサ(アイツは幸せにやってるんだろうか)
アイツは桜が好きだった
この季節になると決まって俺に一緒に行こうとせがんできた
あの時は面倒だとしか思わなかったが、いつからかあの時の事を思い出してこうして桜の元に足を運ぶようになってしまった
凛堂ツバサ(ちゃんと好きな人が出来て青春して、良い大人の女になってたらいいんだけどな)
アイツとは中学から付き合っていた
高校は違ったが付き合いは続き、このまま大人になったら結婚するんだろうなと俺は勝手に思っていた
だがそんな子供の考えは現実に簡単にぶち壊される
高校2年になろうという時、親の仕事の都合でアイツは転校する事になったのだ
凛堂ツバサ(今なら仕事だから仕方ないって思えるが、あの時は本気で大人を恨んだな)
その後は遠距離でよくあるお決まりのパターンで疎遠になってしまった
凛堂ツバサ(まあいつまで思い出してんだって話だな)
俺は缶ビールを傾ける。爽やかな炭酸と苦味のある味が喉を通り過ぎていく。
凛堂ツバサ「俺もアイツも変わったのにオマエは毎年変わんねぇーんだもんな」
少し酔ったのか、桜を見上げた俺の口から思わず言葉が漏れる
俺もそれなりに大人だ。別にアイツ以外に相手がいなかったわけではない。きっとアイツだってそうだろう。
ただふとした瞬間、こうして思い出してしまう
きっと自分の意思ですべてを終わらせたわけじゃないからなのだろう
もしかしたら──そんなありもしない可能性を未だに考える
凛堂ツバサ「うわっ!?」
〇桜並木
風が吹き、桜が舞った
周囲ではちょっとした歓声が上がり、子供達が舞った花弁を捕まえようと跳ね回る
女性「ツバサ、くん?」
凛堂ツバサ「ん?」
女性「やっぱりツバサくんだよね?」
凛堂ツバサ「えっと、そうだけど──」
女性「あ、覚えてないよね。私昔から地味だったし・・・」
凛堂ツバサ「愛菜」
愛菜「え」
凛堂ツバサ「忘れるわけないだろ、初めての彼女なんだから」
凛堂ツバサ「ただ俺が言いたいことはそんな事じゃない。なんでここにいるんだ」
愛菜「・・・変わらないなぁ」
凛堂ツバサ「それはこっちの台詞だ。数年ぶりに会うのにマイペースだな、オマエ」
愛菜「そっか、アレからもうそんなに経つんだね」
俺と愛菜は見つめ合う。まさか思い出していたアイツに会う事になるなんて──
凛堂ツバサ(落ち着け、俺。とりあえずビールを飲もう──)
愛菜「ねぇ、ツバサくん私にもちょっとビールちょうだい」
凛堂ツバサ「あ、ああ・・・」
俺はビニール袋に手を突っ込んでまだ開けていなかった缶ビールを取り出し、愛菜へと渡す
そして愛菜の「ありがとう」の声を合図にして、俺たちは桜の舞う道を並んで歩き出した。
愛菜「あの時はごめんね」
凛堂ツバサ「愛菜が謝る事じゃないだろ」
愛菜「でもやっぱりちゃんと謝りたくて」
凛堂ツバサ「それを言ったら俺だって──」
俺たち2人は数年ぶりの隙間を埋めるように言葉を交わす
お互いに言いたい事は止まらず、色々な話に花が咲いた
時間の壁は思ったよりも簡単に崩れ、俺はあの時に戻ったような感覚になる
──だけどそれは幻で、俺の勘違いだった
愛菜「あのね、ツバサくん。私、結婚するんだ」
凛堂ツバサ「えっ」
愛菜「それでね、今日にはもうこの街を離れるの」
凛堂ツバサ「そう、だったのか」
愛菜「うん、それでね。今まで来た事なかったから最後にと思ってここの桜を見に来たんだ」
凛堂ツバサ「──オマエ、桜好きだったよな」
愛菜「昔はね。でも最近はちゃんと見に行く時間もなくて」
凛堂ツバサ「そっか」
愛菜「私もツバサくんも大人になっちゃったね」
愛菜「でも今日はここに来てよかった。ツバサくんに会えたんだもん」
凛堂ツバサ「俺もよかったよ」
愛菜「じゃあ私はこれで行くね。ビールごちそうさま」
凛堂ツバサ「おう」
凛堂ツバサ「・・・」
凛堂ツバサ「愛菜!」
凛堂ツバサ「幸せになれよ!」
愛菜「うん!」
凛堂ツバサ「──ドラマみたいには行かないか」
凛堂ツバサ(でもなるほどな。俺がオマエをあんまり好きじゃない理由がわかった気がするよ)
俺は桜を見上げた
凛堂ツバサ「俺もオマエと同じだったわ」
俺も桜と同じで変わっていなかった
今日愛菜に会ってそれがよく分かった
俺は大人になんかなっていない。まだ何処かで昔に夢を見ていたんだろう
凛堂ツバサ「ダセーな、俺・・・」
凛堂ツバサ「でもまあオマエのおかげで先に行けそうだ」
俺は桜に向かって缶ビールを掲げる。
凛堂ツバサ「ありがとな、乾杯──!!」
凛堂ツバサ「────っプハァァッ!」
凛堂ツバサ「よし!」
俺は空になったビール缶をビニール袋にねじ込んで踵を返す。
そして愛菜とは別の方向に向かって歩き出した。
切なくも、これから前を向いて進んで行くんだろうな、と思うと、エールを送りたくなるような作品でした。素敵な物語ありがとうございます!!
やるせない切なさと、それでも気丈に前を向く姿にキュンですね。
失恋は男性の方が後々まで引きずるなんて話をよく聞きます。ドラマのように自分に都合の良い奇跡なんて起きないのが、リアリティがあって良かったな~と思いました。全体的に見れば、ハッピーエンドでもあるのがまた切ない。
こういう『春の一人語り』って季節に乗り遅れた感じがヒシヒシと伝わってきて、寂しい。秋とはまた違う感覚です。
「幸せになれよ!」と笑顔でヒロインを見送ったツバサくんに切なくもキュンとしました。
人って簡単には変われないし、過去の思い出を引きずっているなら尚更。それでも、再会を通じて結末に後ろを向くのではなく、前を向けたツバサはこれからもっと強い人間になっていくのだろうなぁと思いました。ツバサにも幸せが訪れますように✨