読切(脚本)
〇綺麗なリビング
雨は嫌いだ。
起きた時には髪の毛は爆発しているし、
暗くどんよりしているせいで起きた気分にもなれない。
バス停までの道で靴はドロドロ。
良いことなんて一つもないと思っていた。
〇バスの中
でも、4月になってから、雨の日だけの楽しみがある。
それは今視線の先で吊革を持ちながら音楽を聴いている彼。
友人によると、彼はどうやら大学の一つ年下で、彼が所属するサークル内でも話題は多いらしい。
晴れの日に彼を見かけた際は自転車に乗っていたため、雨の日だけバスを使って通学しているのだろうと予測はできる。
雨の日にだけ許されている邂逅を密かに楽しむ。
こんな先輩で申し訳なさを感じつつ、今日も彼の横顔を見ながら通学時間を満喫した。
〇バスの中
6月。
この時期になると雨が降る日は多くなる。
それに比例するようにバスの利用者も多くなるのは当たり前で、私が毎日座っていた席には見たことがない女性が座っていた。
私の特等席でもないので、おみくじで小吉を引いたような残念さを胸に持ちつつ、バスの前の方の1人掛けの席へと腰を下ろす。
それにしても今日は乗客がいつもより多い。
彼に会えることを期待していたがこれでは難しいだろう。
ふと、横を見ると人混みに押しつぶされそうなお婆さんがいた。
考えるよりも先に行動するのが私のモットーだ。
私「良かったら座りませんか?私、次で降りるので」
お婆さん「いいのかい。嬉しいね、ありがとう」
席を交代するのは容易いが、その後のバスの中で居続けるのは恥ずかしい。
お婆さんに申し訳ないと思ってほしくないので、大学に着く前に人の間を縫ってバスを降りた。
〇街中の道路
これは遅刻確定だ。
肩を下ろして次のバスの時間を確認しようとした時だ。
後輩「いや、大丈夫です。次のやつに乗るんで」
そこには彼がいた。
人の多さに遠慮した彼と、途中下車した私を置いてバスは行ってしまう。
変に離れて並ぶのはおかしいと思い、彼の次に並ぶ。
彼の立つ右側が熱い。
後輩「なんか、人身事故起きたみたいっすよ」
私「はぇ!?」
突然話しかけられた。
変な声で返してしまった。
まさか話しかけられるなんて思わなかった。
私「そ、そうなんだ・・・」
後輩「同じ大学の先輩っすよね。いつもバスで会う」
私「え!う、うん。そう・・・」
後輩「まだ大学じゃないのに降りるとか。結構抜けてるんすね」
私「ま、間違ったとかじゃないよ!?席交代したけど、居づらくなっちゃって・・・」
後輩「ふーん。じゃあ」
後輩「一緒に遅刻しましょっか。先輩」
湿気も、どんよりとした空気も、泥水で汚れることも、全部嫌いだったのに。
悪戯に笑う彼が太陽のように眩しくて。
ああ、雨なんて、止まなければ良いのに。
〇バスの中
初めてその先輩を見たのは、雨の日の事。
いつ見ても同じ場所に座っていて、大学前のバス停で共に降りる。
サラリーマンや高校生が使用していることが多い中、唯一同じ場所で降りる先輩を認知したのは4月の時だった。
〇バスの中
そんなある日
いつものように音楽を聴きながら通学していると、視界の端で先輩が席を立った。
大学前まではまだ早い。
どうしたのかと視線を向ければ、子供を連れた母親に席を譲っていた。
なんてことない、と向日葵のように大きく笑う先輩が頭から離れなかった。
〇街中の道路
6月。
雨の日が多い。
自転車の通学よりもバスの通学の割合が増えてきたある日、
家を出る前に電車で人身事故があったと電車通学の友人から連絡があった。
今日は人が多そうだと覚悟して向かえば、案の定バス停も、やってきたバスもいつも以上に人が多い。
乗れるかどうかの瀬戸際で、自分の後ろに中学生が並ぶ。
こんな時先輩ならば。と考えて、行動は決まった。
今日は遅刻の上に先輩に会うことはできないな、とバスのドアが閉まる様子を見送った時。
先輩が、バスから降りてきた。
俯きながら俺の隣に立つ先輩。不思議と左側が熱い。
これはチャンスかもしれない。と勇気を振り絞った。
俺「なんか、人身事故起きたみたいっすよ」
初めて声をかけるにしてはおかしい言葉だっただろうが、先輩は戸惑いながらも返事をくれた。
俺「同じ大学の先輩っすよね。いつもバスで会う」
先輩「え!う、うん。そう・・・」
俺「まだ大学じゃないのに降りるとか。結構抜けてるんすね」
先輩「ま、間違ったとかじゃないよ!?席交代したけど、居づらくなっちゃって・・・」
名前も知らない先輩なのに、どうしてか納得してしまう。
俺「ふーん。じゃあ、一緒に遅刻しましょっか。先輩」
晴れの日でも会おうと思えば会えるのに、変に見栄を張ってしまったせいで、雨の日にしか会えなくなってしまった先輩。
ああ、雨なんて、止まなければ良いのに。
嫌いだったはずの雨の日が、出会いによって待ち遠しいモノへと変わるという変化が物語内にあり、とても良いなとおもいました。素敵な物語ありがとうございました!
雨の日に起こる奇跡、好きなんです。「これから」を想像できる終わり方。良いですね!
丁寧な描写と穏やかな雰囲気が素敵で、雨の音が似合うラブストーリーですね。「嫌いな雨が待ち遠しくなる」、こういう感情が恋だよなぁと改めて思いました。