読切(脚本)
〇大きい病院の廊下
秋斗「・・・ハッ、・・・ハッ」
秋斗「・・・あれ、どの分娩室だっけ?」
看護師「あら?桐山さんの旦那さん? 廊下は走っちゃダメですよ。 あと夏織さんはB室ですよ」
秋斗「すみません、ありがとうございます!」
秋斗ははやる気持ちが抑えられず、注意されたばかりだというのに小走りでB室へと急いだ。
秋斗「夏織、大丈夫だよな・・・?」
結婚して2年。
待望の我が子の誕生に、秋斗は胸を高鳴らせながらも一抹の不安を拭えなかった。
あまり身体の丈夫でない夏織にとって、出産は困難の連続だった。
予定日の随分前から入院していて、夫婦の時間もあまり取れていない。
万全のサポート体制とはいえ万一が無いわけでもないため、秋斗はどうしても靄を払いきれなかった。
秋斗「っと、B室はここか」
重々しい扉の前で秋斗は足を止めた。
扉を突き抜けて、部屋の中がバタバタしている様子が聞こえてくる。
秋斗「大丈夫。きっと大丈夫だ。 夏織も、子供も──」
「あああああ!」
「夏織さん頑張って! お腹に力入れて!」
秋斗「大丈夫・・・ 大丈夫だ、絶対・・・」
秋斗は廊下に置かれている椅子に座って、震える手を組んだ。
ぐっと顔を強ばらせる。
そうでもしないと、不安で怖くて泣き出してしまいそうだった。
秋斗「・・・今一番大変なのは夏織なんだ。 俺がこんなところで泣くわけにいかない」
分娩室から聞こえてくる叫び声は大きくなる。
秋斗は祈るように手を組んで、ひたすら2人の無事を願った。
それからどれだけ経っただろうか。
不意に、夏織の叫び声と助産師の怒鳴り声が止んだ。
秋斗「夏織・・・?」
「ほぁぁ・・・」
「ほぎゃあ、ほぁぁ・・・!」
秋斗「・・・!」
「よく頑張ったわね、夏織さん。 元気な男の子よ」
「・・・あはは、泣くとパパにそっくりね」
秋斗「・・・良かったぁ」
秋斗は椅子から立ち上がったものの、そのまま廊下にへたり込んだ。
秋斗が動けないでいると、分娩室の扉が開き看護師が顔を覗かせる。
看護師「あらあら、お父さん腰抜かしちゃってるわ。 夏織さん叱ってやらなきゃ」
秋斗「あは、あはは・・・ すみません、安心しちゃって」
看護師「せめて顔を見てから安心してあげなさいな。 ほら、世界一頑張った奥さんと世界一可愛い子が待ってるわよ」
秋斗「はい!」
がくがく震える膝をなんとか抑えて秋斗は分娩室の中へ入った。
〇手術室
部屋の真ん中のベッドの上で、戦い抜いた夏織が疲れた顔のまま秋斗を迎える。
晃「んむ・・・」
秋斗「あ・・・」
夏織の顔の横でもぞもぞと動いている命に、秋斗の目が釘付けになる。
晃「ぷあー」
晃「あお?」
晃「ぷぇうー」
生まれたばかりだと言うのに元気に溢れてくる声に、秋斗は言葉も返せずにただ笑うことしかできなかった。
夏織「ふふ、どう? 世界一いけてるでしょ?」
秋斗「・・・うん」
秋斗「すっげぇかわいい。 うまくいえないけど、なんかすげー」
夏織「なにそれ」
秋斗「触って大丈夫かな?」
夏織「大丈夫よ」
秋斗はそっと小さな掌に指を触れさせた。
小さな掌は、ぎゅうっとそれを握りしめる。
晃「だぁうー」
秋斗「すげー!見た? 指ギュッて!」
夏織「まったくもう。 見てるこっちが恥ずかしくなるわ・・・」
夏織の呆れた笑い声がする。
思っていたよりも元気そうで秋斗は胸を撫で下ろした。
握られた指はそのままに、もう片方の手で夏織の額にかかる髪を払ってやる。
秋斗「夏織、本当にありがとう。 晃に出逢わせてくれて本当ありがとうな。 お疲れ様」
夏織「大袈裟なんだから。 でもまあ。うん、どういたしまして」
晃「ぷうあうー」
秋斗「あはは!晃もよろしくな! 世界一幸せにしてやるからな!」
晃「えぁあうー」
よろしくと言わんばかりの晃の声に、秋斗も夏織も顔を綻ばせる。
共に生きていくと決めた日以来の胸の高鳴りに、今はただ幸福だと噛み締めて。
今までになかった新しい視点の胸キュンに只々感心しました!この作品を読んで、こういう設定もありだなと思いました!素敵な物語ありがとうございました!
ストレートな話かつハッピーエンドでよかったです。妊婦健診をきちんと早めから受けてても経過が予定通りにいかない事もままあるので母子共に無事で安心しました。これからこの家族にはキュンが積み重なっていくんでしょうね
きゅんテーマにこの話を持ってくるセンスに脱帽です。
このイケメンはきっと少年心を忘れないパパになる(断言)
クラリネットを壊しちゃったとかグリーングリーンに出てきそうな父と子になるに違いない…!
おさかなさんの生命の向き合い方、温かくて好きです。
良きですね…