読切(脚本)
〇街中の道路
その日、私が残業を終え、会社を出たのは、すでに日付のかわった真夜中でした。
私は、自転車通勤でした。
私「風が、刺すようだ・・・」
デスクワークで凝り固まった肩や首をほぐしながら、自転車に乗り、切っ先のように夜道を走っていました。
すると、一段と暗くなった道の先に、黒いかたまりのようなものが・・・!
最初は何か大きめのゴミ袋かと思ったのですが、それは静かに膨らむように脈動していました。
私「とりあえず、何も見なかったことにしよう・・・」
できるだけ離れてペダルを踏み、流れに任せて、さっとその横を通り過ぎようとしました。
が、耳のすぐ近くで、濁った音が聞こえたかと思うと、ぎょろりとした二つの眼球があらわに、
通り過ぎようとする私を見つめていたのです。
私「ハッ」
私は、懸命にペダルをこぎました。
自転車についた小さな明かりが、ほうぼうに飛び散ります。
何度かペダルを踏み外し、股間がガンッと鋭くサドルにぶつかりましたが、けっしてスピードはゆるめませんでした。
少しでも他のことを考え、全力でペダルを回しました。
ふと気が付くと、私はその場に足をついており、後ろを振り返っていました。
そこには、闇よりも深いあの眼球が、まじまじと私を睨みつけているではありませんか・・・。
そして、それは途端に小さく丸くなり、泡のようにぱつんと弾け、つぎのときには、
たぬたろう「見てしまったな!!」
かわいい犬のような動物に、変わっていたのです。
私「犬が喋った!!」
たぬたろう「これ、落としましたよ」
小さな頭の上から、ほいと投げてよこし、思わず私はそれを慌てて受け取りました。
私「これは、私の名刺入れだ・・・」
私「ありがとう・・・」
たぬたろう「名刺、見てみ」
私「食事を・・・?」
たぬたろう「いや、名刺。なんだよ、食事って」
私「いや、食事をごちそうしてくれるのかと」
たぬたろう「なんで俺が? じゃなくて、今、渡した名刺入れ。中、見てみ」
私「中を?」
たぬたろう「肩書のとこ」
私は不審に思いながらも言われた通り、茶色い皮の名刺入れの中を開けてみました。
私「ん? 何か書いてある? ちょっと暗くて・・・」
たぬたろう「自転車のライトがあるだろ」
私「なるほど」
私の自転車は、ペダルを回して発電するタイプのライトだったので、スタンドを下ろすと、
咄嗟にサドルにまたがり、ペダルをこいで、明かりがついているうちに名刺を近付けました。
私「あ、係長になってる・・・」
たぬたろう「足しといた。俺はもう行くよ」
たぬたろう「じゃあな!!」
そう言って、すばしっこく闇夜に溶けて行きました。
私「いや、戻してくれよ・・・」
私は、悲しい呟きを残し、ふたたび自転車を走らせました。
ふと気が付くと、私はその場に足をついており、後ろを振り返っていました。
たぬたろう「見てしまったな!!」
私「既視感がすごい!!」
たぬたろう「これ、落としましたよ」
ほいと投げられたそれを、私は反射的に受け取りました。
私「これは、私の名刺入れだ・・・」
私「やはり食事を・・・?」
たぬたろう「なんで、俺が? どちらかというと、お前がおごる側だろ」
私「私が?」
たぬたろう「そんなに疑問か? まあ、いいから、中見てみ」
不審に思いながらも、うながされるように名刺入れの中を開けてみると、
私「ちょっと暗くて・・・」
たぬたろう「自転車、自転車のライト」
私「なるほど」
たぬたろう「なにが、なるほどだ」
私は一旦、自転車のスタンドを下ろしてから、咄嗟にサドルにまたがると、
ペダルをこいで、明かりの余韻があるうちに名刺を近付けました。
私「あ、課長代理になってる・・・」
たぬたろう「ちょっと、急ぎすぎなんじゃない?」
私「名刺だけが、出世していく・・・」
こんなことが、朝方まで続けられたのでした。
たぬたろう「ゆったりとした流れの中に、あってほしいよな・・・」
私「それは、私もそう思う」
私は無くしてしまった宝物を見つけたように、胸が熱くなるのを感じました。
私「なんか、胃がふるえる」
たぬたろう「胃の調子も大事だが。気持ちが低空飛行だな」
私「ああ、その通りだ」
不思議とすっきりとした気持ちになりました。
たぬたろう「じゃあ、俺はもう行くよ」
私「ありがとう」
すばしっこく朝方の薄闇に溶けて行きました。
スーツの内ポケットから、ぱらぱらといくつかの葉っぱがこぼれ落ちました。
「じゃあな」
という声が、かすかに後ろから聞こえて、消えました。
(了)
不思議なお話でしたが、ちゃんと名刺通りに出世出来てるのかな?
会社に行ってみないとわかりませんよね。
最初はホラーな感じでついてきた犬が、だんだんかわいくなってきましたね!
たぬたろうの存在が怪しいけど段々愛おしくなりました。なにか主人公に頑張れ!って励ましているような、そうでもないような。この一夜の夢のような出来事が、現実化するのかしないのか気になります!
自転車で帰宅途中に謎の動物に、騙されたのか?
夢でもみたのか?
名刺を見る度に、肩書が変わっていく不思議。職場に行って彼の肩書は果たして何?