読切(脚本)
〇駅のホーム
「(アナウンス)『渋谷、渋谷、終点でございます』」
ユリ(33歳)「渋谷駅も随分変わったわね・・・」
懐かしさと新鮮さ、正しい道程が分かるだろうかという少しの不安を抱きながら、様変わりした東横線のホームを歩く。
〇渋谷のスクランブル交差点
渋谷駅に降り立つのは久しぶりだ。あの頃、こうして駅から街へ、何度ワクワクする気持ちで歩いたことだろう・・・
ユリ(33歳)(懐かしいなぁ・・・)
ユリ(33歳)「さて、この時間に人を掻き分けてヒールの靴で歩くのは一苦労よね。デート前に汗をかきたくないし・・・よし!」
〇タクシーの後部座席
ユリ(33歳)(一駅あるかないかの距離をタクシーで移動するなんて、大人の特権よね♡)
窓越しに相変わらずごった返す街並みを眺めていると、ほんの少しだけ、胸が締め付けられるような気がしてくる。
ユリ(33歳)(本当に人が多いな・・・)
こんなに沢山の人がいて、その一人一人にストーリーがある・・・渋谷を舞台に、幾つものストーリーが生まれているんだな・・・
〇SHIBUYA109
女子高生の頃、週の半分は渋谷で遊んでいた。
マナ(16歳)「今日も渋谷は良い感じだね♪ さっ、マルキュー行こ♪」
ユリ(16歳)「ねぇマナ、今日はアキトくんに会えるかなぁ」
マナ(16歳)「はいはい、会えるよきっと。 あとでセンター街も行こうね」
〇センター街
「ユリちゃん!」
ユリ(16歳)「え?」
アキト「おつかれ。今日も会えたね」
ユリ(16歳)「あ、アキトくん! お、お疲れ様です!」
ユリ(16歳)「あ、きょ、今日もアキトくんに会えるかなって、さっきちょうど話していて。ねっ、マナ!」
マナ(16歳)「あはは。そうそう。ユリがね、言ってたの」
アキト「そうなの?嬉しいな。俺も、なんとなくユリちゃんに会える気がしてたんだ・・・」
ユリ(16歳)「えっ・・・嬉しい、です」
〇センター街
程なくして、私たちは付き合い始めた。
アキトは顔が広く、渋谷の若者の間ではちょっとした有名人だった。沢山の知り合いは勿論、知らない人からもよく声をかけられた。
ユウジ「アキトさん!この間はありがとうございました!」
アキト「おー、ユウジ!楽しかったな!また行こうぜ」
ユウジ「はい!絶対ですよ!またお願いします!」
女子高生①「あれ、アキトさんじゃない?」
女子高生②「わー本当だ!やばい、チョー格好良い♡」
アキト「(会釈)どーも」
「きゃー♡格好良い♡優しい♡」
ユリ(16歳)(ふふふっ)
女子高生①「彼女さんも可愛いー♡お似合い♡」
女子高生②「ホント憧れのカップルだよね!」
アキトが他の女子に優しくしても、嫉妬はしなかった。むしろ、彼女たちの羨望の眼差しが、私の心を擽るのだった。
あの頃、私たちの世界の中心はこの渋谷で、アキトと一緒にいたら無敵だと信じて疑わなかった。
〇ハチ公前
それでも、月日が流れる毎に社会は変化し、私たちもまた変化していく。
あんなに大きく、高く、濃く、眩しかった渋谷が、次第に小さく、低く、薄く、霞んで見えるようになっていく。
〇空港のロビー
ミオ(25歳)「お疲れ様。金曜日、西麻布のお肉だって」
ユリ(25歳)「お疲れ様。やったね!それは楽しみ!」
ミオ(25歳)「ね!この間は最悪だったからね。今度は沢山食べて、楽しもう♪」
最悪なこの間とは、先週の飲み会のことだ。事前情報から期待はできないだろうと踏んでいたが、想像以上につまらなかったのだ。
ミオ(25歳)「だいたいさ、この歳になって渋谷のダイニングレストランって・・・センス無さすぎでしょ」
ミオ(25歳)「大学生じゃないんだから。案の定、会話も盛り上がらないし。せめて美味しいもの食べたかったよね」
ユリ(25歳)「本当それ。お店選びって、センスや価値観に直結するよね」
ミオのようにズケズケと文句を口にするタイプではないものの、私も同感である。
ユリ(25歳)「私もさ、天野さんから食事に誘われたんだけど、渋谷のお店を提案されて。行きたくなさ過ぎて、断ろうかと思ったもん」
ミオ(25歳)「うわーわかる。どうするの?」
ユリ(25歳)「”渋谷は人が多いから、他の場所が良いですぅ”って言って変えてもらった!」
「あはははっ!」
〇銀座
いつからか、渋谷から足が遠のいていた。渋谷は若者の街。大人の遊び場ではない。
私は渋谷から卒業し、銀座や麻布を楽しむ大人になったのだ。
けれど、本当は、その考え方こそまだ子供だった。そう気が付いたのは、30代になってからである。
〇渋谷のスクランブル交差点
ただひたすら渋谷に憧れ、とにかく渋谷が一番だと思っていた10代。外の世界には目もくれないほど、夢中だった。
経験を重ね、世界の広さと大人の楽しさを知った20代。反比例するかのように、渋谷は子供染みていると避けるようになっていた。
そして30代になった今、再び渋谷の魅力を感じ始めている。私はまだ、奥深い渋谷の一面しか見えていなかったのだ。
ユリ(33歳)(街も人も、きっと同じだわ。色々な顔を持ち、引き出しが多い人は、面白いものね)
〇店の入口
タクシーが目的地に到着した。こぢんまりとしたお洒落なお店や雰囲気のあるお店が点在する、奥渋谷の一角。
ユリ(33歳)「あ、ここで結構です。ありがとうございます」
タクシーを降りると、その空気に驚く。先程までの渋谷とは、まるで異なる空気が流れているかのようだ。
心做しか、気温まで違う気がする。その、少し冷んやりした空気を味わうように、深呼吸した。
ユリ(33歳)「さて、今夜も渋谷を楽しもう♪」
私はワクワクした気持ちで、お店の扉を開いた。そう、あの頃と同じように。
彼女が少女時代を過ごした渋谷から、一旦離れてまた戻ってくるあたり、やっぱり魅力的な街なんだなぁって思います。
若者だけの街じゃないですよね!
彼女がだんだんと大人になっていく過程で大好きだった場所から遠ざかっていく感覚にとても共感できました。私にとっては渋谷だけでなく原宿もそうだったな。この話を読んで、さらに大人になった今だったらどう感じるんだろうと、かつて大好きだった場所に、私も再び行ってみたいと思いました。
大人な女性のストーリーですね。過去を振り返りながら今を生きる…ドラマのワンシーンのようでした。