すべての答え

夏蜜柑

エピソード1(脚本)

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〇黒背景
  ”心臓の鼓動の回数は決まっている”
  子どもの頃、そういう話を聞いたことがあった。
  俺は恐くなった。
  その話を聞くまで、心臓の鼓動に回数制限なんてないと思っていたから。
  だからそのとき、俺は思ったんだ。
  心臓の鼓動だけじゃない。他のことだって、本当は数が限られているんじゃないか? 限界が決まっているんじゃないか?
  そう思うと途端に恐くなった。
  何もかもが恐ろしくなった。
  俺はトイレに行き、便器の前に立つと思った。もしかして小便だって、回数が決まってるんじゃないか? って。
  そう考えると、俺は小便するのさえ恐くなった。そして、そのとき知ったのだ。
  ”知ること”は、ときに恐ろしいことであるのだと。

〇渋谷駅前
  渋谷の大型ビジョンの前に、今日も俺は立っていた。
  見上げると目に入る大型ビジョンには、今日も誰かの問いに対する”答え”が映し出されている。
  世界はすべてが変わった。
  ・・・・・・あの日から。

〇黒背景
  宇宙人。知的生命体。
  彼らが地球にやってきたのは一昨年のこと。本当に唐突なことだった。
  彼らは優しかった。だから、彼らは地球を去る際、慈しみを込めて置き土産を人類に与えてくれた。
  それは巨大なコンピュータだった。
  コンピュータは各国に一台ずつ設置された。そして日本は渋谷。
  渋谷の大型ビジョンを利用する形で勝手に設置され、政府が抗議する前には工事を終えていた。
  彼らは地球から去り、押し付けるように置いていったコンピュータの性能は──

〇渋谷駅前
  コンピュータは万能だった。
  そこには、人類が求めていた知の結晶・・・・・・墓標があった。
  あのコンピュータに聞けば、すべての問いに対する明確な答えを得ることができた。
  応用としての多重積分であろうとも、猫が四足である理由であろうとも、即座に答えてくれる。
  コンピュータの解答はどれも正しかった。
  その事実は物理法則の類似性を人類に想起させ、同時に人類へと信憑性を与えるまでに多くの時間を要しなかった。
  宇宙人のコンピュータは万能だった。数式で解ける問いのみならず、あれは本当にどのような問いにも答えることが出来た。
  ある日、誰かが尋ねた。”どうして人間は存在しているのか?”。コンピュータは答えた。万人はその答えに納得し、満足した。
  結果として、多くの研究者が仕事を失った。・・・俺も、その例外には成り得なかった。
  ・・・俺はこの現状を危惧している。
  何故なら人間には謎が必要だからだ。
  知的好奇心、探究心こそが人間が人間である所以であり、あれは好奇心の芽生えを遮る大きな影になるのではないか。
  そのように考えた。そのように危惧していた。だから俺は今日、貯金も彼女もなくし何もない状態で、ビジョンの前に立った。
後藤「なあ、コンピュータ! 質問だ!」
  俺は大声でビジョンに怒鳴った。すれ違う、周りの大勢は俺に怪訝な目を向ける。構わない。
後藤「お前は人類に万物を教えた! それは禁断の果実で、人類には早過ぎたんじゃないのか!?」
  目の前を過ぎる人々は俺に向けた目をすぐに下ろし、手元のスマホに目を落とす。
後藤「お前は人類から好奇心を奪った! それは人類を堕落させ、衰退させることじゃないのか!? なぁ、答えろよ!!」
  人々はスマホに目を落とす。あのコンピュータが答えた事実は、ネット上にいくらでもまとめがあった。
  俺はじっと答えを待つ。宇宙人の置き土産を、人類の墓標を見つめ続ける。

〇黒背景
  大型ビジョンは画面を暗くし、俺の問いに対する答えを文字で表示する。いつものように。
  俺はあのクソったれコンピュータの答えを待った。あいつに表情はない。ただ答えを示すのみだ。そして、答えが表示された──
  ”そのような状況に陥った事に対し、私の存在は決定的な因子ではない”

〇渋谷駅前
  ・・・コンピュータの答えはまさに天啓的だった。
  だが、俺の心は不思議と澄んでいた。
  それは人間が人間たる理由を理解したからかもしれない。
  目の前を多くの人が過ぎ去っていく。彼らはスマホに目をやり、常に情報を求めている。あらゆる情報を。
  俺は昔の自分を、子どもの自分を想起する。俺は恐れていた。知ることを。そして知らないことを。
  だから求めるのだ。安心感を求めて。
  ひとつの答えを。指標となるものを。考えるべきは、その次のこと。
  だから、問い自体を問わない。答え自体を問わない。問う事を止める。それでいい、それでいいのだと意識もせずに。
  今も俺の前を、大勢の人が通り過ぎる。
  俺には幸福そうに見えた。
  心が躍った。鼓動が早くなる。俺は全ての事を理解したのだと思えた。鼓動が早くなる。だが、そこに恐怖はなかった。
  もう、未練もなくなっていたのだから。

〇黒背景
  その日、誰かがコンピュータに軽い気持ちで尋ねた。
  「ねえコンピュータ、今日の自殺者数は?」
  宇宙人のコンピュータは答える。
  ”本日の自殺者はゼロです”
  コンピュータは定義を添えずに、そう答えた。
  だが質問した者はその答えに満足し、大きく頷いた。
  「そっか」と呟き、墓標に目を向けると小さく微笑んだ。

コメント

  • 知りたいことをすぐに教えてくれる存在は、彼も言ってるように、人類から知的好奇心を奪うんですよね。
    それは良くないことだと私も思います。
    知らないからできることも多いと。

  • わからないことをすぐに知れるのはとても便利ですが、その謎をすぐに解いてしまう、考えもせずにコンピューターに問うというのは今の時代少なからず当てはまるなと感じました。

  • 地球外生命体の知恵と知識、ロマンが詰まってそう…。
    でも大人になるにつれて知るということが億劫になりがちです。知れば責任を負うことも多いですからね…。
    こうなったらなったで…良いことも悪いことも…ありそうですね!

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