読切(脚本)
〇古いアパート
あれは数年前。
俺は不景気のあおりを受けて、
上場企業だったはずの会社から
リストラされてしまった。
トウヤ「はぁ・・・」
鬱々とした気分で、それまで住んでいた高級マンションから一転、古いアパートに住処を変えなければならなくなった。
家賃は2万円と格安。
事故物件か?と疑うほどに安いが、特に何もないらしく、藁にもすがる思いで契約したアパートだった。
〇古いアパートの部屋
トウヤ「ふう・・・」
・・・まあ、次の仕事が見つかるまでは、貯金を崩して生活していくしかない。
幸い、少しの期間なら何とかなりそうな貯金はあったので、俺はこのボロアパートで我慢することにしたんだ。
とはいえ、贅沢は許されない。
しばらくは食事だって質素なものにしなければならないし、交友関係も限られてしまう。
俺のことが好きだと言いよってた女は、
俺のリストラを知るや否や、逃げるように連絡が途絶えた。
トウヤ「まったく、やんなっちゃうな・・・ 早く仕事を探さないと」
たくさんの求人誌を眺める日々が、始まったというわけだ。
〇古いアパートの部屋
夜、テレビを観てくつろいでいると──
トウヤ「・・・ん? 誰だ、こんな時間に」
そういや引越しの挨拶はしていなかった。
どうせすぐ退去するつもりでいたからだ。
もしかして他の住民だろうか?
俺は面倒だなと思いつつも腰を上げた。
トウヤ「はいはい、っと・・・」
トウヤ「はい?」
ドアを開けるとそこには見知らぬ女が立っていた。
やや不機嫌そうな顔で俺を睨みつけている。
トウヤ「あの、なにか?」
隣人の女「テレビの音、うるさいです。 もう少し下げて貰えません? 集合住宅なんですから、配慮してください」
女は物怖じせず、ぴしゃりと言い放った。
トウヤ「あっ・・・すいません」
隣人の女「・・・では」
トウヤ「こわ・・・」
女の主張はもっともだ。
高級マンションとここは違う。
壁も薄いんだ・・・
隣の人なのかな?悪いことしたな、と
俺は思ったが。
トウヤ「あんなに怒らなくても・・・」
その女の印象は最悪だった。
冷たくて、怖い人なんだと思った。
〇古いアパートの部屋
ある日の昼。
インターホンが鳴った。
今はテレビを見ていないので、騒音の文句ではないだろう。
トウヤ「はーい」
ドアを開けると、宅配便が届いた。
「お荷物デース!」
トウヤ「え?あ、はい・・・」
小さい小包だったが、差出人や住所に見覚えはなく、宅配員は忙しいのかそそくさと出ていってしまった。
トウヤ「間違いかな・・・?」
宛先を見ると、俺の部屋の隣の部屋番号だった。
隣と間違えたってことか。
あんまり気乗りがしないが、届けに行くか・・・
〇古いアパート
俺は包みを持って、正しい番号の部屋のインターホンを鳴らした。
すると出てきたのは・・・
隣人の女「は、い・・・」
トウヤ「あ・・・」
隣人の女「・・・あぁ、それ」
隣人の女「わたし宛ですよね、すみません」
トウヤ「あ、はい、その・・・ うちに間違って届いて──」
隣人の女「すみませんありがとうございます」
トウヤ「うわっ」
物凄い慌てた様子で、女は荷物を奪い取り、ドアを閉めてしまった。
トウヤ「なんだったんだ・・・」
驚きながらも、以前あの女がうちに文句を言いに来た時とは違って、部屋着でのんびりしてたのかなと思ったら、
そこまで怖い人ではないのかな、なんて思えた。
〇古いアパートの部屋
トウヤ「なかなかいい仕事がないな・・・」
次の就職先が見つからないまま、1週間が過ぎていた。
選り好みしているわけではないが、ここまで見つからないものなのか。
そんな気持ちで、落ち込んでいると──
トウヤ「・・・ん?」
以前、荷物を届けた部屋から何やら物音が響いてきた。
やはりここは壁が薄いようで、何やら話し声も聞こえてくる。
トウヤ「俺の時はあんなに怒ってたくせに、 自分は大きな音立ててもいいのかよ」
仕事が決まらないストレスが、
隣へのイライラに変わってしまい、
俺は文句を言おうと立ち上がった。
〇古いアパート
トウヤ「・・・・・・」
インターホンを鳴らしても中々出てこない。
何してるんだ?
トウヤ「あの!!」
俺は強めにドアを叩いてみた。
すると──
〇アパートの台所
いきなり女に部屋に連れこまれた。
トウヤ「えっ、あの──」
隣人の女「少し黙ってて!!」
女に言われるままに、俺はとりあえず口をつぐんだ。
隣人の女「ごめーん!みんな!」
隣人の女「お友達が来たから、切るね! まったねー!」
隣人の女「・・・・・・」
トウヤ「・・・・・・」
楽しげな音楽と、パソコンの画面をオフにし、女は沈黙する。
トウヤ「あの・・・ 音が大きいと思ったので、小さくして 欲しいなとお伺いしたんですが」
隣人の女「ご、ごめんなさい」
隣人の女「あなたに先に注意したの、わたしなのに 面目ない・・・」
女は申し訳なさそうに謝ってきた。
悪い人ではなさそうだが。
どこから突っこんでいけばいいのか
わからないぞ・・・
トウヤ「その、なにしてたんですか?」
隣人の女「は、配信を・・・」
トウヤ「配信?」
隣人の女「は、はい。 わたし、趣味で配信者してまして・・・」
トウヤ「その髪は・・・」
隣人の女「あ、これは」
隣人の女「ウィッグです・・・」
トウヤ「あぁ、なるほど・・・」
隣人の女「・・・・・・」
トウヤ「・・・・・・」
隣人の女「その、秘密にして貰えますか?」
トウヤ「えっ」
隣人の女「わたしが配信していること・・・」
トウヤ「あぁ! ま、言う人もいないんで、大丈夫ですよ」
隣人の女「ありがとうございます・・・」
驚いた。
まあ、今どきネット配信している一般人なんて、たくさんいるしな。
隣の人がそうだったなんて、思ってなかったけど。
隣人の女「お、音は気をつけますね・・・」
トウヤ「お互い様、ですもんね・・・」
なかなかに気まずかったが、その日はこれで終わった。
〇古いアパートの部屋
その後──
俺の部屋に何度も何度も、隣への宅配が届く。
その度に届けに行くことで、俺と隣人──リカさんは仲良くなっていった。
〇アパートの台所
リカ「なんかごめんなさいね! いつも届けてもらっちゃって!」
トウヤ「いやいや、届かないと困るでしょう」
いつしか2人はお互いの部屋で、一緒にご飯を食べるまでに仲良くなっていた。
リカ「トウヤくん優しいねぇ」
トウヤ「それにしても、割と高めの頻度で宅配が来るんですね」
リカ「あー、それね・・・ ファンからの贈り物が大半なんだ」
トウヤ「あー、例の!」
リカ「そうそう。 こんなわたしでも、可愛いって 言ってくれる人がいてさぁ」
リカ「そんな人達がどうしてもって、 送ってくるんだよね」
トウヤ「なるほど・・・」
リカ「でもなんでか、ここの配達員が いっつもこことトウヤくんとこを 間違えるんだよね・・・」
リカ「・・・ま、おかげで、トウヤくんと 仲良くなれたんだけどね」
トウヤ「え、・・・」
そんな事を言われると、俺もなんだか照れてしまう。
出会った時の印象は最悪だったけど、歳も近いみたいだし・・・
トウヤ「リカさん、俺・・・」
リカ「あっ・・・」
──その日、俺たちは同じ布団で夜を共にした。
〇古いアパート
幸せになったはずの俺とリカさん。
それなのに、なにか忘れている気がするんだ。
俺は毎日リカさんの部屋に入り浸り、ほぼ同棲のような状態で過ごしていた。
最初は幸せだった。
彼女がいて、手料理を食べさせてもらって、夜は一緒に温もりを感じながら寝る。
最高だったはずなのに、最近は体調が良くないんだ。
〇アパートの台所
リカ「トウヤくん」
トウヤ「リカ・・・さん」
幸せなはずの部屋。
ダイスキな彼女に呼ばれて、俺は。
リカ「だいすきよ」
トウヤ「俺も・・・」
リカ「今日も、ご飯を作ったから食べて」
リカ「あなたの口に合うといいな・・・」
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