待ってて渋谷のマーメイド(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
ある晩、マーメイドの彫像の前から1枚のCDが消えた。
事の起こりは、数か月前。
私は、時の狭間に迷い込んでいたーーー
〇渋谷駅前
夏樹「みんな止まってる・・・蝋人形みたいに。 何が起きたの?」
ナナコ「お姉さん、人間ニャ?」
夏樹「あなたも人間でしょ。なぜみんな止まっているの?」
「いいえ、私たちは彫像・・・」
マーメイド「こんにちは。私はマーメイド。あなたのお名前は?」
夏樹「あ、夏樹です。 今、彫像って言いました?」
マーメイド「ええ。私は、百貨店の前で佇むマーメイドの彫像。そっちのナナコも、招き猫の彫像よ」
夏樹「彫像?でも、動いてるじゃない?」
ナナコ「静界では動けるニャ」
夏樹「セイカイ?」
マーメイド「知らなくて当然ね。この世には命ある者が活動する動界と、命なき者が活動する静界があり、1時間ごとに切り替わっているの」
夏樹「動界と静界が交互にってこと?」
ナナコ「おぉ、理解が早いニャ」
夏樹「じゃあ、今は静界だから、人間が止まっているってこと?」
マーメイド「ええ。動界になれば、動き出すわ。逆に、私たちは元の位置に戻って静止するんだけどね」
夏樹「なぜ元の位置に?」
ナナコ「世の神秘ニャ」
ホープくん「吾輩たちが元の位置に戻らねば、人間が驚くからでしょうね」
夏樹「あなたは・・・」
ホープくん「吾輩はホープくん。梟の彫像です」
夏樹「渋谷って、いろんな彫像があるのね」
ハチ公「知らない匂いがすると思えば、人間か」
ホープくん「おやおや、ハチ公殿!」
夏樹「ええっ!あなた、忠犬ハチ公なの?」
ハチ公「よくご存知で」
モヤイ「また人間が迷い込んだのか?」
夏樹「また・・・って、あなたモヤイ像?」
モヤイ「なぜ、おれのことを?」
夏樹「有名よ!みんな待ち合わせ場所に使うもの」
モヤイ「それで、いつも人だかりができるのか」
牧羊神・パン「人気者で羨ましい。私もそうなりたいものです」
ナナコ「パンはラッパを吹かなくなったからじゃニャい?」
牧羊神・パン「はは」
夏樹「さっき「また人間が」って言ってましたよね。私以外にも人間が?」
モヤイ「ああ。確か、東野急太郎とか言ったか」
ハチ公「でも、次の切り替わりで動界に戻ったようです」
マーメイド「夏樹、どうせ戻るなら、静界を一緒にまわりましょう!」
夏樹「え、ええ」
ナナコ「ニャニャコも行く~!」
モヤイ「夏樹さん」
夏樹「はい」
モヤイ「握った物は、離さないようにな」
夏樹「え?」
「早く来るニャー!」
夏樹「あ、わわ、体が勝手に・・・!」
ハチ公「よし、気づかれないように動こう」
モヤイ「了解」
〇SHIBUYA109
「わーい!遊ぼーーーーっ!」
夏樹「ボクたちは何の像?」
6つ子「おれ、地球!」
6つ子「おれ、の上!」
6つ子「おれ、にあ!」
6つ子「おれ、そぶ!」
6つ子「おれ、こど!」
6つ子「おれ、もたち!」
夏樹「地球の上にあそぶこどもたち?」
ナナコ「分かりやすいニャ」
6つ子「ねー、人間って、能力あるの?」
夏樹「能力?」
6つ子「彫像には、みんな能力があるんだ。 おれたち6つ子は、素早さの能力!」
6つ子「おれ全員言えるぜ!ハチ公は嗅覚の能力、モヤイは暗示の能力、ナナコは、呼び寄せる能力。マーメイドは・・・」
マーメイド「はいはい、モヤイにぶら下がってきたら?」
6つ子「わお!そうだ!こうしちゃいられないぞ!モヤイ~~~!ぶら下げて!!!」
夏樹「・・・もう見えなくなった。これが素早さの能力?」
マーメイド「来て!夏樹に見せたいものがあるの」
夏樹「あ、ちょっと!」
〇銀座
夏樹「彫像の台座って、案外高いのね。もう降りていい?」
マーメイド「大丈夫、手をつないでいるから、もう少しそこで景色を楽しんでいて」
ナナコ「あと3分で、静界が終わるニャ」
夏樹「私、本当に元の世界に戻れるかな?」
マーメイド「大丈夫よ」
夏樹「でも、不安で・・・」
ナナコ「だったらホープくんを呼ぶニャ。願いを叶える能力があるニャ!」
夏樹「すごい!元の世界に戻れるよう、願いをかなえてもらおうっと!」
マーメイド「その前に、お休みなさい・・・」
夏樹「え、なぜ・・・」
マーメイド「私の願いが先だから」
マーメイド「これで、私はあなたと入れ替わり、動界に行ける・・・」
マーメイド「え、手が離れない。眠っているのに?」
マーメイド「まずいわ。もうすぐ静界が終わる。早くしないと・・・」
マーメイド「どうして、なぜ手が開かないの!」
ハチ公「無駄だよ、モヤイが暗示をかけたからね」
マーメイド「そんな・・・暗示を解除するように言って!このままじゃ、わたしは彫像に手を握られたまま人間に!」
ハチ公「身勝手な策に自分で溺れたんだ。諦めな」
マーメイド「ごめんなさい、私が悪かったわ。お願い、暗示を解除して!」
モヤイ「眠りの力を解除するのが先だ。そうすれば暗示を解除してやる」
マーメイド「・・・分かったわ!」
ホープくん「「人間に会いたい」という願いを叶えたのに。君には失望したよ」
マーメイド「ごめんなさい」
夏樹「どうして、こんなことを?」
牧羊神・パン「パンに会うためさ」
夏樹「え・・・あなたがパンでしょ?」
牧羊神・パン「私は動界から迷いこんだ人間、東野急太郎だ」
ハチ公「まさか・・・パンは、すでに入れ替わっていた?」
牧羊神・パン「その通り。そして本物のパンは、東野急太郎として生活をしているはずだ」
ハチ公「ラッパを吹かなくなったのは、別人になったからだったのか」
夏樹「あなたはいいんですか。動界に戻らなくても」
牧羊神・パン「私は末期ガンでね、でも、彫像なら壊されるまで生き永らえる。これほどのメリットは無いだろう」
ホープくん「マーメイドは、パンをもう一度、呼び戻したくてこんなことを?」
ナナコ「だったら、私が呼ぶニャ!できるか分からニャいけど・・・」
マーメイド「いいえ。パンは動界に憧れていた。彼の思いを止めるつもりはないわ。でもね。私、パンのラッパの音をもう一度聴きたいの」
マーメイド「まもなく動界に切り替わる。夏樹、ごめんなさいね。許して・・・」
夏樹「いいの。それよりパンのこと、私に任せて!」
マーメイド「ありがとう、」
〇銀座
「信じてる・・・わ・・・」
〇渋谷のスクランブル交差点
ある晩、マーメイドの彫像の前から1枚のCDが消えた。ラッパの演奏が録音されたCDが。
以来、マーメイドの彫像が以前より微笑んで見えるのは、私だけだろうか・・・
~完~
モヤイ像はロン毛なのになぜか角刈りのモヤイさんがツボでした。渋谷は東急だから東野急太郎なんですね〜。設定やディティールが凝ってるな〜。動と静が切り替わったら動き出すのかと思うと、次回からそれぞれの銅像の前でじーっと凝視してしまいそうです。
不思議の国の渋谷に連れていっていただき感謝。戻れるか心配です。
登場人物達の会話がメインでテンポ感が良くスラスラ読めたし描写も素敵で作品の設定も面白くて非常に楽しい作品を読ませて頂きました!