総一郎さん

市丸あや

総一郎さん4(脚本)

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〇高層マンションの一室
笠原絢音「何読んでるの? 総一郎さん」
大八木総一郎「ん?」
  ──件の温泉旅行から3ヶ月あまり過ぎた冬の終わり。
  リビングのソファで読書をしていた総一郎に、絢音は背後からしなだれ掛かる。
大八木総一郎「フランスのとある作家の小説だよ。 グリシーヌ・ルボンて、知ってるかい?」
笠原絢音「知らなーい。 有名な人?」
大八木総一郎「ふふっ。 まあ、日本ではマイナーな作家だからね。 無理ないか。 ・・・そうだ」
笠原絢音「?」
  不意に立ち上がり、本棚に向かう総一郎を不思議そうに眺めていると、差し出されたのは、一冊の別の本。
大八木総一郎「あげる。 グリシーヌの処女作「Amant blanc」 フランス語で、白い恋人って意味さ」
笠原絢音「あ、ありがとう・・・ ・・・うわっ! 全編フランス語・・・ 読めるかなぁ〜」
大八木総一郎「そこの棚に辞書もあるから、調べながら読んでご覧? きっと気にいる内容だから」
笠原絢音「よ、読める自信ない・・・ ねぇ、あらすじだけでも教えて? お願い」
大八木総一郎「・・・・・・・・・」
笠原絢音「総一郎さん?」
  不思議そうに小首を傾げる絢音を、総一郎はキュッと抱き締めて囁く。
大八木総一郎「白い恋人は、カフェの女給を見初めたとある実業家が、彼女を引き取り好みの淑女に育てると言う話さ」
笠原絢音「谷崎潤一郎の痴人の愛に似たあらすじね」
大八木総一郎「そう。白い恋人は、痴人の愛のフランス版。 だから、薦めたんだ」
笠原絢音「?」
  不思議がる絢音の形の良い唇にキスをして、総一郎は微笑む。
大八木総一郎「絢音は僕の、可愛い「ナオミ」だからね」
笠原絢音「総一郎さん・・・」
大八木総一郎「手段も金も時間も惜しまない。 だから、素敵なレディになっておくれ? 僕の絢音・・・」
笠原絢音「・・・嬉しい。 私、すぐ大人になる。 なるから、待っとってね?」
大八木総一郎「ああ・・・」
  ──そうしてもう一度キスをして、総一郎は側のソファに絢音を寝かせ、白い素肌の垣間見える胸元に手を這わせた・・・

〇事務所
大八木総一郎「・・・・・・・・・」
美作瑛士「おおっ! 今日も美味そうだなぁ〜 大八木センセ!」
大八木総一郎「ああ、美作(みまさか)先生・・・ お疲れ様です」
  ──絢音が入院していた精神科病院の医局。
  机に広げられた色鮮やかな弁当を羨ましそうに眺めながらやって来た同僚瑛士(えいじ)に、総一郎はにこやかに笑う。
大八木総一郎「良ければ「今日も」召し上がります?」
美作瑛士「い、いや・・・ それは毎回嬉しい申し出だが、それ女の手作りだろ? 彼女に悪いとか思わないのか?」
  戸惑う瑛士の言葉に、総一郎は信じられない言葉を吐く。
大八木総一郎「まさか。 「お袋」だよ。 今田舎から出てきててさ、毎日持たせるんだ。 困ったもんだよ」
美作瑛士「そ、そうか・・・? な、なら良いんだが。 たまには食べてやれよ。 作るのだって手間なんだから」
大八木総一郎「ああ。 考えとく。 あ! 弁当箱はいつも通り返してくれよ。 無くしたら大目玉くらうんだ」
美作瑛士「分かった分かった! なんだよ。 いつまで経っても母ちゃんに頭上がらないのかよ。 軟弱者だなぁ〜」
大八木総一郎「茶化すなよ。 じゃあ、よろしく頼むな。 「残飯処理」」
美作瑛士「ははっ! 酷い息子だな! ごっそーさん!!」
更科宮子「・・・・・・・・・」
  2人の医師のやり取りを遠巻きに見ていた宮子は、もう我慢できないと言う思いで、瑛士を見送る総一郎に近づく。
大八木総一郎「ん? なんだい? 更科さん」
更科宮子「大八木先生、ちょっと、よろしいでしょうか・・・」
大八木総一郎「?」

〇更衣室
大八木総一郎「・・・なんだい? こんな人気のない所に連れ出して・・・ ひょっとして愛の告白かな?」
更科宮子「茶化さないでください! ずっと我慢してましたが私、もう耐えられません! いい加減お弁当を「残飯」て言うの、やめて下さい!」
大八木総一郎「何故? 君には関係のない話だろ?」
更科宮子「・・・・・・・・・・・・」
大八木総一郎「要件はそれだけかい? じゃ、もういいね。失礼するよ」
  そう言ってその場を去ろうとしたので、宮子は我慢できず声を上げる。
更科宮子「あのお弁当、絢音ちゃんが作ってるんですよね!!!」
大八木総一郎「!」
  瞬く総一郎に、宮子は詰め寄る。
更科宮子「私、見たんです。 大八木先生が絢音ちゃんに手を出すところ・・ 患者の心の隙間に付け入るなんて、恥ずかしくないんですか?!」
大八木総一郎「──先に言ってきた、誘惑してきたのは彼女だよ? 僕はただ、それに応えただけさ」
更科宮子「なら、何で手料理を残飯だって言ったり、関係を隠したりするんですか?!! ウチ、もう絢音ちゃんが可哀想で・・・ッ!」
更科宮子「きゃっ!!」
  不意に顔の横に手を叩きつけられ狼狽える宮子に、総一郎は静かに囁く。
大八木総一郎「──更科さんは、ここなんかより産婦人科がお似合いかな?」
更科宮子「えっ・・・・・・!?」
  訳もわからずただ狼狽えていると、総一郎の手がスーッと下腹部をなぞり、ピタリと子宮で止まる。
大八木総一郎「宮子の宮と子宮の宮って、同じ字だろ? 似合うと思うよ。 赤ん坊をあやす、更科さん・・ なんなら、手伝おうか? 子作り・・・」
更科宮子「・・・っ!!! や、やだ!! やめて下さい!! いやあっ!!」
  涙を流しながら抵抗しようとしたら、総一郎はフッと嗤って、頽れていく自分を満足そうに見下げて口を開く。
大八木総一郎「これに懲りたら、僕の私生活に口を出さない事だね。 じゃ、午後からも頼むよ。更科さん」
更科宮子「──絢音ちゃん。 悪い事言わん。 早よ、あの人から離れんさい。 あの人は人間の顔した、鬼じゃ・・・」
  ──ガクガクと身体を震わせながら、どうか絢音が、総一郎の得体の知れない闇に侵され傷つかないようにと、宮子は神に祈った。

〇おしゃれなキッチン

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