読切(脚本)
〇公園のベンチ
舞「はい、台本!」
ぼくは今日も、1枚の紙を渡された。
ぼく「えーと、ぼくの役は・・・」
ぼく「IT社長の彼氏で、浮気者?」
舞「私はそれを知って、とにかくムカついてる役よ」
舞がデートに台本を持ってくるようになったのは、付き合って1か月が経った頃だ。
舞は映画や小説、マンガが趣味で、とにかくロマンチスト。憧れのシーンを見つけては、それを文字に起こし、プリントする。
舞「じゃあ、さっそく本番ね。浮気してるんでしょ、証拠があるんだから!」
ぼく「浮気してもらえるだけでも、ありがたいと思えよ」
舞「最低ね。さよなら」
彼女は、くるりと背を向ける。ぼくは最後のセリフをつぶやいた。
ぼく「お前は、オレといても幸せになれない。これで良かったんだ」
ぼくは、舞が振り向くのを待った。
──ところが舞は、そのまま歩いて遠ざかろうとした。ぼくは、彼女の肩をつかんだ。
舞「きゃっ! ちょっと、触らないでくれる?」
ぼく「な、何だよ。台本はもう終わっただろ」
舞「あのさ、私たち、もう別れたんだけど」
ぼく「はっ?」
舞「「さよなら」って、言ったでしょ」
ぼく「それは台本のセリフじゃないか」
舞「あたし、最初に台本を渡した日に頼んだわよね。「台本通りにして」って」
舞「でもあなたは、そのお願いを聞いてくれなかった」
ぼく「どういうことだよ。ぼくは、台本に書いてある通り・・・」
舞「この前の台本、どんな内容だったか覚えてる?」
ぼく「えーっと・・・。高級レストランで、男が、女にプロポーズをする」
舞「その前は?」
ぼく「確か・・・夜景を見ながら、男が、女にバラの花束を渡す」
舞「それ、1つでも現実にしてくれた?」
ぼく「え? 現実にして欲しかったのか?」
ぼく「だったら、そう言ってくれれば・・・」
舞「そんなの言わなくても分かるでしょ」
舞「登場人物の男もさ、いつもカッコいい役にしてたんだよ。けど、現実は・・・」
舞「だから今回の台本で、良い男をフる役にしたの」
舞「ダサい男より、そのほうがマシだから。じゃあね♩」
──舞はふたたび、背を向けて歩き始めた。
ぼく「何なんだよ・・・」
ぼくは、こぶしを握りしめる。
けれどその時、ぼくの頭に、この物語の続きが思い浮かんだ。
ぼく(この男は彼女を諦めきれず、紳士な行動に出る)
ぼく(彼女の自宅にも、会社にも通い、彼女は男の熱意を受け入れ、結婚するんだ)
ぼく(ときどき勢い余って、)
ぼく(首を絞めたり、刃物で脅したりするシーンもあるけれど、)
ぼく(舞なら大丈夫、きっと演じられる)
夜景で、花束。レストランでプロポーズ。ラストシーンは彼女の台本通りでかまわない。
ぼく「だから、そこまでは・・・これからは、ぼくも台本を渡すからね」
ぼく「愛してるよ、舞。だから・・・」
ぼく「台本通りに、よろしくな」
台本という回りくどいプロセスで思いを伝える舞さん、そして同じ土俵で復讐を果たそうとする主人公、ある意味お似合いかもって思ってしまいました。この物語の後を想像すると恐ろしいですね……
優しいイケメンの役は苦手だけど、猟奇的なストーカーの役なら喜んで演じる彼氏だったんだー。舞のラブストーリーの台本はサイコスリラーに書き換えられて、ラストも全然違う衝撃的な結末になりそうですね。