読切(脚本)
〇桜並木
桜の綺麗な時期は、一年の中ではほんの数日
多くの人が好きな時期でもあり、様々な場所で盛り上がりを見せている
夜にライトアップされた桜は、日中よりも妖艶に見える。夏太さんがここを一人で歩いている気持ちもよくわかる
いつも一緒にいる私。今日は多くの人が体をすり抜けられているんだよ。少し悲しい事なんだけどね
私が見えていない夏太さんだから仕方ないけど
若くしてこの世を去った事。良かったと思える事なんてほとんど無い。ただ一つ、年を取らない事には救わている
それだって人に気がつかれなければ意味のないことだけどね
私がもし、もう数年長く生きる事が出来ていたのなら、夏太さんとの関係も違っていたのだろうか
そんな事を考えながら、今日も勝手に隣で一緒に歩いている
感触こそないけど、実は勝手に手もつないでいるんだよ。ちょっとした自己満足。だけど本当は悲しくなるんだよね
今日は家に帰ってから、どんな音楽を聴くのかな
私も音楽を聴く事は大好きだった。夏太さんの好きな音楽。その多くは私の好みと合っていた
ただ時々激しい音楽を聴いている事もある夏太さん、そんな時は少しだけ、複雑な気持ちにもなっていたんなよ。昔の私は
勝手に一緒に過ごしている私。皮肉にも激しい音楽の良さも解ってきたんだよ
夏太さんが私に気がついて欲しい時、そんな時にパンクロックが流れ出すと、ついつい心がシンクロしてしまう
大きな声を出しても伝わらないんだけど、いつも大きな声で「最高だね」って言ってるんだよ
でも・・・やっぱり寂しいね
桜が咲き乱れるこの時期、那美子が亡くなってからこの季節は、悲しい気持ちで過ごしている
十年経ってもその気持ちは大きく変わらない
ただ偶然なのか、那美子を近くに感じる事は度々ある
目の前の車のナンバープレートが那美子の誕生日だったり、同じ名前の人と知り合った時など。こじつけだけど
少し温かい今日は、軽めのジャケットを着て春を味わっている
少し広がりのあるジャケットの袖、自身の体温で温まった空気が自分の手に流れてくる
そんな事で、那美子と手を繋いで歩いているような気分になるから不思議だ
家に帰ったら、那美子が好きだった音楽を聞きながら、読書でもしようかと思っている
花が咲いた後、ひらひらと散っていく桜
那美子「でも私は桜ではないから、時々夏太さんにイタズラするよ。振り向いて欲しいから」
今夜はJazzでも聴こうかな。那美子が遠くに行かないように
だからまだ隣に居てね
読んでいてとても悲しくなりました🥲
好きな人と一緒に居られる時間は、かけがえのないもので
それは当たり前の時間では無いと改めて実感させられました。
那美子と夏太、桜の季節にそれぞれが相手のことを思いながら同じ時間を共有しているのに、違う世界にいて触れ合うことが叶わないのはもどかしいですね。桜の花びらのように儚く散った切ない「恋心の続き」を見た気分です。