読切(脚本)
〇オフィスビル前の道
11月26日 21時36分 ──
〇役所のオフィス
八曽岡哲郎「・・・・・・」
分厚い書類を見ている八曽岡哲郎(50)。
迫間文香「・・・・・・」
その様子をじっと見つめている迫間文香(35)。
八曽岡哲郎「・・・うん、大丈夫」
大きく息を吐き出す文香。
八曽岡哲郎「・・・だと思う」
迫間文香「・・・部長! それ会社の命運を決める明日のプレゼン資料なんですよ? ちゃんと見てください!」
八曽岡哲郎「そんなこと言われても、 難しい用語ばっかりでチンプンカンプンでな・・・」
大きくため息を吐く文香。
八曽岡哲郎「迫間が見て大丈夫だったら、大丈夫だ」
迫間文香「・・・はぃ」
八曽岡哲郎「それにプレゼンで大事なのは資料よりも、絶対に仕事を取るっていう情熱とか気合いなんだよ」
迫間文香「・・・はぃ」
八曽岡哲郎「だいたいな、 そんな暗い顔してちゃ取れる仕事も取れないぞ」
迫間文香「すみません・・・」
八曽岡哲郎「プレゼンに失敗して会社が潰れても 誰もお前を恨んだりしないから大丈夫だ」
迫間文香「・・・・・・」
八曽岡哲郎「むしろ、 ウチみたいな零細企業なんて潰れて当然だって開き直ってドーンといけ、ドーンと」
豪快に笑う八曽岡。
迫間文香「・・・・・・」
カバンを持って立ち上がる八曽岡。
八曽岡哲郎「今日は娘の誕生日なんだ そろそろ帰るな」
迫間文香「ちょ・・・、課長・・・!」
八曽岡哲郎「それじゃあ明日は頼んだぞ! 気楽にいけ、気楽に!」
オフィスから出て行く八曽岡。
迫間文香「・・・はぁ」
〇ゆるやかな坂道
歩いている文香。
迫間文香「急に隕石でも落ちて明日のプレゼン中止にならないかしら・・・」
迫間文香「・・・はぁ、馬鹿馬鹿しい」
何かに気づき、不意に立ち止まる文香。
迫間文香「この神社この前テレビでやってた・・・」
文香の目線の先には大きな鳥居。
迫間文香「・・・・・・」
しばらく逡巡した文香、
神社のほうへ歩いて行く。
〇古びた神社
歩いてくる文香、
賽銭箱の前で立ち止まると、
硬貨を投げ入れる。
手を合わせ、目を閉じる文香。
迫間文香「明日のプレゼンが無事に・・・」
迫間文香「・・・プレゼンに行きたくないので 明日が来ませんように!」
ため息を吐き、
元来た道を戻ろうとする文香。
迫間文香「・・・いい年して何してんだろ」
神様「・・・承った」
迫間文香「・・・え!?」
あたりを見回す文香。
迫間文香「・・・幻聴まで聞こえてくるなんて、 どうかしてるわ」
神社から出て行く文香。
〇通学路
住宅街を歩いている文香。
迫間文香「・・・ひ!?」
文香の目線の先には、
自電車を漕いでいる途中で固まっている中年男性。
迫間文香「・・・・・・」
恐る恐る文香が触れると、
そのまま倒れる男性と自転車。
迫間文香「!!!!」
駆け出す文香。
T字路で何かとぶつかる文香。
迫間文香「・・・すみません ・・・!!!」
文香の目の前には、
固まって物言わぬ警察官。
腰を抜かし、その場にへたりこむ文香。
迫間文香「・・・!」
足音が近づいてくる。
意を決して後ろを振り向く文香。
迫間文香「!?」
少年(かみさま)が走って来て、
文香の目の前で立ち止まる。
かみさま「ふふふ・・・ まぁ詳しい説明を聞かなかったら そうなるよね 追いかけてきて良かった」
迫間文香「・・・へ? ・・・あ、あなた誰なの?」
かみさま「さっき「承った」って声聞こえなかった?」
迫間文香「・・・聞こえた」
かみさま「あれ言ったのボク」
迫間文香「へ?」
かみさま「ボクはあの神社の神様なの」
迫間文香「・・・神様?」
かみさま「さっきまではもう少し威厳のある姿をしてたんだけど、 あなたの願いで力を使い果たして この人間の子供の姿になったってわけ」
迫間文香「・・・願い?」
かみさま「そう、明日が来るなってやつ」
迫間文香「・・・え?」
かみさま「時間を止めるのはさすがの僕でも なかなか大変だったよ でもまぁ上手くいって良かった」
迫間文香「じゃあ・・・」
かみさま「うん、明日は来ないよ」
迫間文香「明日が来ない・・・?」
かみさま「そう これからずっと11月26日のままさ」
迫間文香「・・・26日のまま」
かみさま「よくわからないけど、 これでプレゼンてやつに行かなくて済むんでしょ? まぁあとは適当にやってよ」
迫間文香「・・・はぃ」
かみさま「さぁ久々に力を使って疲れたから、 神社に戻って寝よっと」
歩いて行くかみさま。
呆然としている文香。
〇綺麗な一人部屋
スナック菓子を食べながら、
映画を見ている文香。
〇コンビニの店内
棚からお菓子や飲み物を手に取って、
出て行く文香。
〇インターネットカフェ
漫画を読んでいる文香。
〇綺麗な一人部屋
ベッドで眠っている文香。
〇古びた神社
1440時間後──
ふらふらとした足取りで歩いてくる文香。
迫間文香「ねぇ! もういいわ!もう十分! 元に戻して!」
神社から眠そうなかみさまが出てくる。
かみさま「もう、どうしたの一体?」
迫間文香「ずっと一人で何も変わらない! もう耐えられないわ! いい加減元の世界に戻して!」
かみさま「え? 急にそんなこと言われたって無理だよ」
迫間文香「・・・え?どういうこと?」
かみさま「どういうことって、 時間を元に戻す力なんてボクには残ってないんだよ」
迫間文香「・・・え?」
かみさま「元に戻すんだったら あと数百年は力を貯めないと」
迫間文香「数百年・・・」
かみさま「まぁ気楽にいこうよ、気楽にさ」
あくびをしながら、神社のほうへ戻って行こうとするかみさま。
迫間文香「気楽に・・・? 冗談じゃないわよ!」
文香、かみさまを思い切り突き飛ばす。
かみさま「わっ!」
倒れたかみさまの首を絞める文香。
迫間文香「早く元に戻して!」
かみさま「だから・・・む・・・」
やがて、かみさまの全身から力抜ける。
なおも首を絞め続ける文香。
女性の悲鳴──。
文香が驚いて振り返ると、歩いてきたカップルが腰を抜かしている。
正気に戻り、
かみさまの首から手を離す文香。
かみさまは既に絶命している。
迫間文香「・・・よかった ・・・戻ったんだ」
泣き出す文香。
やがてパトカーのサイレンが聞こえてくる。
迫間文香「しかもプレゼン行かなくて済む・・・ よかった・・・」
泣き続ける文香。
ほんの少しの弱さがすごい現象を引き起こしてしまいましたね。何事も逃げているだけでは何の解決もないし、何の進展もない。一歩踏む出すことで道は開けるつもりが、彼女の場合またとんでもない結果を招いてしまいましたね。
時間が止まってしまうって、軽く考えがちですが…すっごく怖かったです。
自分以外の人間がいなくなることと同じですものね。
神様までいなくなって、これからどうなるのか。
確かに時間止まったら好き勝手なことできるけど、人との繋がり、コミュニケーションが人間には必要なんですよね。
不要と感じる人もいるかもしれませんが…。