さよなら、あした生まれるから

坂井とーが

さよなら、(脚本)

さよなら、あした生まれるから

坂井とーが

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〇ダイニング(食事なし)
みゆ「・・・・・・」
みゆ「ねぇ、お母さん。赤ちゃん、いつ生まれるの?」
お母さん「さあ、いつかしら」
お母さん「あしたかもしれないし、もっと先かもしれないわ」
みゆ「もっと先って、いつ?」
お母さん「わからないけど、きっと、もうすぐよ」
みゆ「・・・・・・」
お母さん「あ、赤ちゃんが動いた!」
みゆ「ほんとう?」
  みゆはお母さんのお腹に耳を寄せた。
お母さん「やんちゃな男の子ね。きっと早く生まれたいって言ってるのよ」
  ――とん、とん。
  その音は、赤ちゃんが内側から扉をノックしているように聞こえた。
みゆ「ほんとうだ! お兄ちゃんにも教えてあげなきゃ!」
お母さん「!」
お母さん「そうね。きっと、ひろとも喜ぶわ」

〇古い畳部屋
みゆ「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」
ひろと「なんだよ、走り回って」
みゆ「赤ちゃんがね、動いたの!」
ひろと「そりゃ動くよ」
ひろと「・・・生きてるんだから」
みゆ「生まれてくるの、楽しみだね」
ひろと「まぁな」
みゆ「・・・いつ生まれてくるのかな? お母さんにもわからないんだって」
ひろと「ぼくにはわかるよ」
みゆ「ほんとに!?」
ひろと「うん。なんとなくわかるんだ」
ひろと「あした。あした生まれる」
みゆ「あした!?」
みゆ「・・・あしたになったら、ぎゅーってできるの?」
ひろと「それはどうかな。生まれてくるのは大変だし、お母さんも苦しいから」
みゆ「・・・苦しいの?」
ひろと「うん。でも、そのときだけだよ」
みゆ「・・・・・・」
ひろと「みゆ、どうした?」
みゆ「・・・ほんとうに、うちに生まれてきて幸せなの?」
ひろと「どうしてそんなこと思うんだ」
みゆ「だって、うちはよその家より貧乏なんだって」
ひろと「誰かにそう言われたのか?」
みゆ「クラスのお友だちがね、みゆの家は貧乏でかわいそうだって」
ひろと「誰だ、そいつは! ぼくがこらしめてやる!」
  お兄ちゃんが拳を振り上げてみせる。
みゆ「あはは」
みゆ「お兄ちゃん、そんなことできないでしょ」
ひろと「むぅ」

〇古い畳部屋
ひろと「・・・貧乏だと、ダメなのか?」
みゆ「だって、お友だちはかわいそうだって言うよ」
ひろと「可哀想なもんか」
ひろと「ぼくだって、みゆだって、生まれてくる前にこの家を選んだんだ」
ひろと「お金持ちの家より、貧乏でもお父さんとお母さんの子どもがいいって」
ひろと「それが、可哀想なわけないだろ」
みゆ「みゆも選んだの?」
ひろと「そうだよ。覚えていないだけだ」
みゆ「お兄ちゃんは覚えてるの?」
ひろと「覚えてるよ」
ひろと「・・・忘れてたけど、思い出した」
みゆ「お兄ちゃんは、どうしてうちに生まれようと思ったの?」
  お兄ちゃんは昔を思い出すように、少し考えるそぶりを見せた。
ひろと「お父さんとお母さんが、この家で笑ってたんだ」
ひろと「ふたりともすごく幸せそうで、なんだかぼくを待っていてくれる気がした」
みゆ「みゆもそうだったのかな?」
ひろと「うん。ぼくはみゆを待ってたよ」
  みゆは隣の部屋にいるお母さんのお腹を見た

〇ダイニング(食事なし)

〇古い畳部屋
みゆ「・・・みゆの弟になるんだね」
ひろと「そうなんだよなぁ」
  お母さんが、みゆの視線に気づいた。
お母さん「みゆ、どうしたの?」
お母さん「ひとりでぼんやりして」
みゆ「──っ」
お母さん「こっちへいらっしゃい」
みゆ「・・・うん、あとでね」
  お母さんとは、あしたからも一緒にいられる。
  でも、お兄ちゃんとお話しできるのは、今日が最後だ。
  あしたになったら、お兄ちゃんは生まれてしまうのだから。
  ――みゆの、弟として。
みゆ「変な気分。お兄ちゃんが弟になるなんて」
ひろと「ぼくだって変な気分だよ。みゆがお姉ちゃんになるなんて」
みゆ「お兄ちゃんは、どうしてもう一度このおうちに生まれようと思ったの?」
ひろと「それは、お父さんとお母さんとみゆが、」
ひろと「大好きだからだよ!」
ひろと「神様はどんな家に生まれ変わってもいいって言うけど、ぼくはこの家を選んだ」
ひろと「貧乏が悪いなんて思うもんか」
ひろと「ぼくの家族はみゆたちだけなんだ」
みゆ「――うん」
みゆ「みゆのお兄ちゃんも、お兄ちゃんだけだよ!」
ひろと「・・・ありがとう」
みゆ「・・・・・・」
みゆ「──お兄ちゃん!」
  みゆはお兄ちゃんに抱きついた。
  でも、みゆの腕はお兄ちゃんの体をすり抜ける。
ひろと「抱きしめるのは、生まれたあとだな」
みゆ「お兄ちゃんは、生まれたらみゆのことを忘れちゃう?」
ひろと「ごめんな。生まれる前のことは覚えていられないんだ」
みゆ「思い出も消えちゃうの?」
みゆ「一緒に遊んだことも、いじめっ子をやっつけてくれたことも、」
みゆ「――最後に、みゆを助けてくれたことも」
ひろと「消えないよ」
ひろと「みゆが覚えていてくれれば、みゆのお兄ちゃんだったぼくもずっと生き続けるんだ」
みゆ「生まれ変わっても、みゆのこと好きになってくれる?」
ひろと「もちろん。きっと大好きになるよ。 『みゆお姉ちゃん』」
  お兄ちゃんの体が透き通っていく。
ひろと「ぼくはもう行かなきゃ」
ひろと「あした、もう一度生まれるために」
みゆ「お兄ちゃん、もう二度と、みゆを助けて死なないで」
ひろと「わかってる。今度は死なずに、守ってやるよ」
みゆ「約束だよ」
ひろと「うん、約束だ」
  お兄ちゃんが小指を差し出す。
みゆ「!」
  すり抜けるはずの指が、たしかに触れあった気がした。
ひろと「さよなら、みゆ」
ひろと「また、あした」
みゆ「お兄ちゃん!」
  まばたきと同時に涙がこぼれた。
  ・・・みゆは、最後に泣き顔なんて見せたくないのに。
  目を開けると、お兄ちゃんの姿はもうどこにもなかった。
みゆ「──さよなら」
  笑顔で手を振る。
  もう二度と、会えないから。
みゆ「また、あした──」
  涙があふれる。
  あしたまた、会えるから──

コメント

  • 不思議なお話で、切ないのになぜか心が温まりました。
    会えなくなるお兄ちゃんと、生まれてくる弟。
    まだ幼いのにみゆちゃんはそれを受け止めていて、しっかりした子ですよね。

  • よく『子供は親を選べない』と皮肉をいう事が多い私はかなりの年齢ですが、ひろと君の親を尊いと思う言葉に『幸せ』の概念を覆させられた気分です。彼はだから、大好きな家族の元へ帰れたのですね。

  • 私も霊感というか直感ある方なので実際にこういうのあるの感じています。お兄ちゃんは明日からみゆちゃんの弟、、みゆちゃんはお兄ちゃんが生前してくれたように、弟をとても大切にするでしょうね。心あたたまるストーリーでした。

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