「今回は楽だといいんやけどな。」(脚本)
〇勉強机のある部屋
ソイツを見たのは、春の柔らかい雨が一日中降り続く、じっとりとした夕方だった
???「時雨~」
名前を呼ばれて顔を上げる
すると、部屋の入口に知らない人が立って居た
???「母さんがご飯や言うとるよ。はよ片づけて手伝いや」
テレビでしか耳馴染みのない訛りと共に、知らない声で僕の日常が紡いでいく
小丸田 時雨(誰、だ・・・?)
間違いなく知らない顔だった
知り合いにも友達にもあんな奴は居ない
なぜこの部屋に
そもそも何故自分の家に
???「はよ来んと、オトンがまた騒ぎよるよ」
呆然と言葉を受ける僕の心情を知ってか知らずか、男はリビングにと姿を消す。
一つ遅れて恐怖が襲った
小丸田 時雨(誰だ・・・?)
小丸田 時雨(不審者か・・・?)
心臓が徐々に早鐘を打つ
無意識に唾を呑み込みながら踏み出した。
小丸田 時雨(兄さんの友達?)
小丸田 時雨(いや、友達にしてもなんであんな当たり前のように・・・)
〇おしゃれなリビングダイニング
夕飯の準備をする母の姿はいつも通り
テレビを見ている父の姿もいつも通り
兄の席は空だった
小丸田 美雨「時雨、運ぶの手伝ってくれる?」
小丸田 時雨「あ、あの、ママ」
知らない人が家の中に
喉まで出かけた言葉は詰まった
小丸田 浩二「やっと来たか時雨」
小丸田 浩二「どうせゲームで遊んでばかりだったんだろう」
小丸田 浩二「少しは兄さんを見習ったらどうだ?」
小丸田 美雨「ありがとね、修兎」
そう言って両親が目線を送るのは、さっきの男
???「ま、この家の長男としては当然のことやから」
そう言って男は、当然かのように兄の席に座った
小丸田 美雨「それじゃ食べましょうか」
小丸田 浩二「あぁ、そうだな」
父も母も疑問を抱かないのか、我が物顔で居座る男に言及をしない
僕だけが呆然としていた
???「どしたん」
???「ほら早く座りや」
そう言って男は僕を無理やり座らせる
見下ろしてくる男の顔は一層不気味に見えて、僕はなす術なく従うしかなかった
夕飯は好物のカレーだったが、手に握ったスプーンの冷たさばかりが掌にこびりついた
背中に流れる冷や汗は乾く事はなく、むしろ恐怖感は増している
???「時雨、顔色悪いし体調悪いんとちゃう?」
小丸田 時雨「いや別に・・・」
???「ほんまに?カレー全然減ってへんで?」
???「オトン、オカン、なんかコイツ体調悪いみたいやからもう寝かしてくるわ」
ぐいと無理やり引っ張られる
小丸田 時雨(いやだ・・・!)
小丸田 美雨「あらほんと?」
小丸田 時雨(違う!)
小丸田 浩二「兄さんに風邪移すなよ」
小丸田 時雨(こいつは兄さんじゃない!)
〇勉強机のある部屋
ばたりと無情にも子供部屋の扉は閉められ、二人きりになってしまった
小丸田 時雨「な、何なんだお前!」
僕が声を絞り出して叫べば、男は腰を下ろす
胡坐をかいて頬杖をつくその姿は、やはり僕の兄では無かった
笑みを絶やさないその顔は見覚え無く、不気味だ。
???「俺が誰かなんて、言わんくても分かるやろ?」
???「お前の兄さんや」
小丸田 時雨「嘘だお前なんか知らない!兄さんはどこだ!」
???「まぁ・・・落ち着け」
???「座ったらどうや?」
僕は半ば崩れるように座り込んだ。
???「あのな別に俺は怪しいもんとちゃうねん」
小丸田 時雨「う、嘘だ!」
???「最後まで聞け」
???「実はな僕、神様やねん」
小丸田 時雨「は、はぁ!?」
???「ちょっとお仕事しにきたんよ」
???「君なんか悩みあるやろ」
小丸田 時雨「・・・!!」
???「君の悩みが解決すれば兄さんは帰って来るよ」
小丸田 時雨「どういうことだよ」
???「言ったまんまやで。俺こう見えても色んな子の悩み解決してきてるんよ」
???「じゃないといつまでも俺がここで、君の兄さんとして居続けなあかんくなるよ」
小丸田 時雨「それは、いやだ・・・」
???「なら、言うてみぃ」
小丸田 時雨「・・・」
???「まぁ言いづらいよな」
???「ほなら当ててやろか?」
小丸田 時雨「え?」
???「そやな、部屋の様子とか見る限り虐待とかはされてなさそうやな」
???「けど父親が堅物で偏見とか持ってそう」
小丸田 時雨「?」
???「母親もなんかなよなよしとって典型的なDV被害者みたいやし」
???「あ、もしかして意外と兄貴が嫌な奴だったりした?一緒の部屋やしそりゃ嫌やろな~」
小丸田 時雨「?」
男はぶつぶつと勝手な事を呟いている。
???「それとも家族関係じゃなくて、虐めかなんかか?」
???「お前見るからに虐めやすそうな見た目しとるもんなぁ」
小丸田 時雨「さっきから何を言ってるんだよ!全然違うよ!」
???「じゃあ何の悩みか言ってみぃや」
小丸田 時雨「そ、それは」
???「・・・」
小丸田 時雨「・・・」
???「・・・」
小丸田 時雨「──がほし──」
???「なんて?」
小丸田 時雨「スマホが、欲しいんだ」
小丸田 時雨「学校の皆持ってるのに、僕だけ買ってもらえなくって・・・」
小丸田 時雨「・・・」
小丸田 時雨「・・・」
小丸田 時雨「な、なんか言えよ!」
沈黙に耐えきれず、顔を上げればぞっとした。
男の顔からへらついた笑みはすっかり剥がれ落ち、表情が抜けていた。
小丸田 時雨「あ、あの・・・」
???「それだけ?」
小丸田 時雨「ぇ、ぁ、はい・・・」
男の声に威圧を感じ、思わず敬語になる
???「・・・ふふ」
???「ふふふ、ふはははは、」
???「あははははははははははははははは!!」
部屋中に響くように男が笑い声を上げる
けれどその声は酷く温度が低い
天井を見上げて笑っていた男が突然床を叩いた
ダンッと鈍い音がした
???「クソが」
地を這うような声でぼそりと溢した
小丸田 時雨「・・・」
???「そっかあ」
???「そりゃあとっても難しい問題だぁスマホ持ちたいよねぇ便利だよねぇ欲しいよねぇ周りが皆持ってるなら猶更だよねぇ」
???「どうしても欲しいよねぇでもお父さん怖いもんねぇそりゃしょうがないなぁ悩んじゃうよなぁ」
???「難しい問題やなぁとっても」
男は僕の腕を掴み、部屋から引き摺りだそうとして来る
小丸田 時雨「・・・っ!」
その力は前よりも強く、指が腕に食い込み痛かった
???「とってもとってもとってもとってもとってもとってもとってもとーーっても難しい問題やなぁ・・・」
〇黒
ニコニコと笑みを絶やさず、男はほほえみ、気づけば僕は父さんの目の前に連れ出されていた
〇おしゃれなリビングダイニング
小丸田 浩二「お、どうした?」
???「オトン、コイツ話したい事あるんやって」
小丸田 時雨「・・・!」
男を見上げれば、冷たい視線が振って来る
腕を掴む力は強くなっているようだ
小丸田 時雨(怖い・・・)
小丸田 時雨(怖い、怖い・・・)
恐怖で歯の根が震える
この恐怖から解放されるには、本当の兄を取り戻すには、ただ悩みを口にすればいいだけ
なんとか震える喉に鞭打って、声を絞り出した
小丸田 時雨「す・・・」
小丸田 時雨「すまほがほしい」
小丸田 浩二「なんだって?」
???「この子スマホが欲しいんやって」
小丸田 浩二「スマホか・・・」
小丸田 浩二「・・・」
小丸田 浩二「いいぞ」
小丸田 時雨「え?」
小丸田 浩二「今は全てが電子化の時代で私の職場──」
それから父さんは何か話していたが、僕はそれどころではなかった
これでこの男はいなくなるのか
兄さんは戻って来るのか。
〇勉強机のある部屋
部屋に戻れば男は相変わらずの笑顔で話す
???「良かったやんかこれで悩みは解決やろ?」
小丸田 時雨「う、うん」
???「俺のおかげでスマホ買ってもらえる事になってよかったな~」
相変わらずその笑顔はどこか不気味なままで、温度は下がったままだ
何が気に障ったのだろうか
小丸田 時雨「これで兄さんは帰って来るの?」
???「せやで」
小丸田 時雨「お、お前は何なんだ?神様って本当なのか?」
???「え、いや全然」
小丸田 時雨「え?」
???「神様なんて嘘に決まっとるやん」
???「お前みたいに平和ボケしとるガキには、神様言うとけばええやろなって」
小丸田 時雨「なんだそれ・・・!じゃあ子供の悩みを解決して回ってるってのも嘘なのか?」
???「いやそれはほんと」
小丸田 時雨「もう意味分かんないよ!」
???「あははは!」
???「まぁええやん俺の事なんかどうでも」
???「明日には俺は居なくなってて、元の生活に戻るんやから」
???「良かったな、オトン分かってくれて」
小丸田 時雨「え、あ、うん」
???「オカンも優しそうやったし、兄貴も良い奴なんやろ」
小丸田 時雨「まぁね」
???「ほか・・・」
???「なら、ええんや」
小丸田 時雨「?」
???「さっきは乱暴して悪かったわ」
小丸田 時雨「いや、別にいいけど・・・」
???「幸せな事に越した事なんてあらへんし」
???「なんの問題もないなら」
???「俺の出る幕が無いなら、それはそれでええことやし」
小丸田 時雨「・・・」
まるで自分に言い聞かせるように、男は無理に笑っているようだった
小丸田 時雨「なあ、あんたって結局誰なんだ?」
???「俺?」
???「別にどおでもええやん」
???「もう会う事なんてあらへんし」
小丸田 時雨「けど」
???「君が、君達家族が幸せなら良いんだよ」
小丸田 時雨(・・・)
???「ほらもう寝ぇや!」
そう言って男は僕をベットに放る
寝れないと喚けば、いつまでも話に付き合ってくれた
話に夢中になっていると眠くなって来た
小丸田 時雨(以外と悪い奴じゃない、かも)
布団を撫でる手つきや、僕を見つめるその視線に、どこか優しさすら感じた
まるで本当の兄のように
小丸田 時雨(なにも、聞けなかった・・・)
落ちていく意識の中で、傍らに居た男が離れていくのを感じる
〇黒
「君達家族の団欒が、永久に続きますように。」
時雨のみならず読者も一緒に、最初から最後まで「相手が誰なのかわからない恐怖」と「相手の目的がわからない恐怖」にさらされ続ける、まさに宙ぶらりんの恐怖=不条理サスペンス ・ホラーでした。独特の世界観を堪能させてもらいました。
最後の最後まで、何か狐につままれたような気分で読みながら、それがなんとなく心地よかったです。深く考えると少し怖いけど、自分も経験してみたいような気になりました。