ウチの弟

市丸あや

ウチの弟(脚本)

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〇病院の廊下
棗藤次「あぁ〜 心配や心配やぁ〜 頼む!早よ終わってくれ〜」
長山恵理子「も〜 とーちゃん!! 黙って座って待ちよし! 先生順調や言うてたやろ?!」
棗藤次「せ、せやけど姉ちゃん!! 絢音初産やで?! しかも40! もし、なんかあったら・・・」
長山恵理子「大丈夫や! 破水も陣痛も、来たん予定日ピッタリなんやろ? 40なんてまだ若いほうや! せやから、どっしり構とき!!」
棗藤次「う、うん・・・」
  そう頷いてみても、分娩室の前でウロウロして中の様子を伺う弟に、恵理子はため息をつく。
  ・・・昨日の午後に産気づいた絢音。
  一晩陣痛に苦しんだ末、子宮口が全開になった為、現在分娩室で、最後のお産に入っている。
  当初立合い出産を望んでいた藤次だが、初めてのお産と、陣痛に苦しむ絢音の壮絶さに完全に萎縮し、こうして姉恵理子と待つ事に
長山恵理子(ああ・・・ ホンマにこの子、肝心な時はヘタレやなぁ〜 まあ、お産初めてやから仕方ないにしてもやなぁ〜)
  今では想像できないが、藤次は小さい頃は気弱で内気で、よく姉である自分の影に隠れていた。
  それは両親に、特に父親に対しても同じで、本当は父親「憲一郎(けんいちろう)」に甘えたいのに、素直に甘えられなくて・・・
  しかも憲一郎は、今の藤次と同じ、多忙な検察官の刑事部長。
  帰宅はいつも深夜で、自分も父との思い出はほとんどない。
  物分かりの良かった自分は、父の多忙を理解できたが、幼い藤次は、いつも父に絵本を読んでもらおうと、眠い目をこすり待っていた
  しかし、憲一郎は帰宅しても藤次を・・・家庭を顧みる事はなく、部屋に閉じこもり仕事に打ち込む始末・・・
  母は藤次を産んで間もなく床に伏せって、満足な相手もしてもらえなかった為、藤次は両親の愛を知らない子に育った。
  そんな弟が、昨年45で結婚し、子供ができたと聞いた時は、正直驚いた。
  親の愛を知らない弟が、果たして立派な夫に、父親になれるのか。
  築いた家庭を、守っていけるのか。
  心配で心配で、思わず奈良からこうしてやって来て付き添って来たが、どうにも頼りない弟に、やはりと気を揉んでいたら・・・
棗藤次「絢音・・・ワシの大事な絢音・・・ もし、なんかあったら、直ぐワシも逝くからな」
長山恵理子「なに縁起でもない事言うてんの!! いい加減にしよし!! 男の子やろ!?」
棗藤次「そやし、俺ホンマに心配なんや!! そんだけ愛しとんや!! 大事にしとんや!! いっつも冷静な姉ちゃんには、分からん!!」
長山恵理子「藤次!!」
  そうして自分が声を上げた時だった。
  分娩室の中から、元気な赤ん坊の声が聞こえたのは・・・
棗藤次「ひ、ひょっとして・・・ う、うう・・・うまっ、れ、た?」
  呆然としていると、扉が開き、看護師が顔を出す。
看護師「棗さん・・・お父さん。 おめでとうございます!! 3200グラムの、元気な男の子です! どうぞ、中に入って下さい!」
棗藤次「えっ!あ、ハイ!! う、産まれた・・・無事に・・・ 絢音、藤太・・・」
  呆然としながらも、しっかりとした足取りで、看護師に消毒などの手解きを受けながら
  、藤次は分娩室に入っていく。

〇病院の診察室
棗絢音「藤次さん・・・」
  分娩台の上で、汗ばんだ顔で笑う妻の顔を見た瞬間、藤次は涙を流す。
棗絢音「ど、どうしたのよ・・・」
棗藤次「いや・・・ お前が無事やて、思うたら、急に・・・安心して・・・」
棗絢音「もー・・・ 相変わらず大袈裟。 産む前から、先生大丈夫だって、散々説明受けたでしょ?」
棗藤次「そやし・・・」
  そうしてボロボロ泣きじゃくる藤次の大きな手を、絢音はそっと握る。
棗藤次「あ、絢音?」
棗絢音「もう、泣かないで・・・ ほら、パパになったのよ? 看護師さん・・・」
看護師「はい。 ほら、坊や。 お父さんですよ〜」
  そうして看護師が連れて来た小さな命を、藤次はドギマギしながら覗き込む。
棗藤次「うわっ・・・ 可愛い・・・ えっ!? この子、ホンマに、男の子、なんか?」
  自分の問いに、絢音はプッと吹き出す。
棗絢音「うん! 正真正銘、元気な男の子。 なんなら見る? おちんちん」
棗藤次「い、いやそれは・・・ でも、こない可愛いと疑ってまうわ。 目元とかお前そっくりで・・・ ワシの面影言うたら、口か?」
棗絢音「そうね、口元は藤次さんそっくりね。 きっと食いしん坊な子に育つわ。 今から食費が心配・・・」
棗藤次「ははっ! 何言うてんねん! 金の心配なんかすな!! じゃんじゃん稼いできたる!!」
棗絢音「・・・・・・・・・」
棗藤次「な、なんね・・・ そないじっと見てきて・・・ 甲斐性なしが大きな口叩くなってか?」
棗絢音「ううん・・・ やっと、笑ってくれたなって・・・」
棗藤次「絢音・・・」
棗絢音「うん。 私、幸せよ。 藤次さん・・・」
棗藤次「うん。 ワシも、幸せやで。 これからも、側にいてや。 精一杯、守るから・・・」
棗絢音「うん・・・」
看護師「じゃあ、お父さん抱っこしてあげてください。 私、お母さんも入れて写真撮りますから」
棗藤次「えっ?! あ、はい・・・ うわっ! くにゃくにゃで小そうて、えっ・・・!?」
看護師「大丈夫ですよ落ち着いて! ほーら、これで抱っこ完了です」
棗藤次「・・・・・・・・・・・・」
  初めて抱いた、元気に生きようともがく、小さな、暖かい命。
  自然と、目頭がまた熱くなる。
棗絢音「も〜・・・ ホント泣き虫なお父さんで困るわね。 藤太・・・」
棗藤次「ご、ごめん・・・ せやけどワシ、ホンマに嬉しくて・・・ 大事にするからな? お前も、藤太も・・・」
棗絢音「うん。 ありがとう。藤次さん・・・」
看護師「はーい。 じゃあこっち向いて下さーい!」

〇病院の廊下
長山恵理子「あ! とーちゃん!! 絢音ちゃん、どないやった?」
  分娩室の外で待つ事数十分。
  目を真っ赤にした弟が、鼻を啜りながら出てきたので、恵理子はハンカチを差し出す。
棗藤次「お、おおきに姉ちゃん・・・ うん。絢音、無事に産んでくれた・・・ 男や・・・」
  言って、鼻をハンカチでチーンとかむ弟を見て、恵理子はその背中を摩ってやりながら、長椅子に導く。
長山恵理子「ほらな? 姉ちゃんが言うた通りやったやろ? 大丈夫やて」
棗藤次「う、うん・・・ 赤ん坊、めっちゃ可愛いかった。 ワシ、絶対あの子と絢音、大事にする・・・」
長山恵理子「うん・・・ うん・・・」
棗藤次「あ、せや、姉ちゃん・・・ さっきは怒鳴ってもうて、ごめんな・・・」
長山恵理子「うんうん。 そんなん気にせんでよろしわ。 それより、ぎょうさん愛して、ええお父ちゃんに、なるんやで?」
棗藤次「うん! ワシ、絶対あの子に・・・ワシと同じ寂しい思い、させへん!! 精一杯愛して可愛がって、絢音と幸せな家族になる!!」
長山恵理子「うん。 ええ子や。 姉ちゃんも協力するよし、気張りや!!」
棗藤次「・・・・・・・・・」
長山恵理子「ど、どないした? とーちゃん」
棗藤次「いや、姉ちゃんの気持ちは嬉しいけど、ワシ1人で、ううん、絢音と一緒に、頑張るわ。今まで心配かけて、ごめんな?」
長山恵理子「とーちゃん・・・」
看護師「棗さーん。 入院の手続きで、ちょっと来てもらえますかぁ〜」
棗藤次「ああハイ。 ・・・ほんなら姉ちゃん、今日はホンマおおきに!」
長山恵理子「藤次・・・」
  そうして看護師に導かれ、病院の奥に消えて行く弟の背中が、やけに大きく逞しく見えて、恵理子は微笑む。
長山恵理子「泣き虫とーちゃんは、もう卒業、みたいやな」
  泣き虫だった弟は、自分の手を離れて、きっと良い父、良い夫になる。
  そう確かな思いを胸に秘めて、恵理子は病院を後にした。

コメント

  • 今回は姉である恵理子の目からみた藤次の生い立ちや人物像を知ることができて新鮮でした。「肝心な時ヘタレや」には笑ってしまったけど、最後には姉から泣き虫の卒業証書がもらえたみたいで良かったです。

  • 分娩室の前で、右往左往しばがら待っている時点で、十分愛情が伝わってきます。世の中、妻の出産を他人事のように感じる男性も多いので・・・。無骨で大柄な男性であったとしても、オロオロしてる姿を想像すると可愛いです。

  • 藤次さんにそんな生い立ちがあったとは、愛情深い夫像からは想像できませんでした。絢音さんはきっと母性にあふれた女性なんでしょうね。お姉さんの登場でさらに、この夫婦の絆を強さを感じられました。

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