読切り(脚本)
〇実家の居間
一ノ瀬倫子(あっけなくそちらに行ったけど私は一人になってもう五年、人生長生きするもんじゃないわね・・・さてとトイレでも)
一ノ瀬倫子(困ったわねお通じが出そうで出ない・・・やはり、歳のせいかしら?)
一ノ瀬武志「おばあちゃん、おはよう」
一ノ瀬薫「お母様お早うございます・・・もうそろそろ武志の保育園・・・」
一ノ瀬倫子(もう一度トイレ行こうかしら)
一ノ瀬薫「どうされたんですか?お母様」
一ノ瀬倫子「今朝は出そうで出ないのお通じ・・・すぐそこまで来てるんだけど」
一ノ瀬武志「おばあちゃん、庭の向こうの空に茶色い塊が浮かんでるけど、おばあちゃんのウンチあれかなぁ」
一ノ瀬倫子「どれどれ・・・あぁ、あれより近くだからあれは私のウンチじゃぁないよ」
一ノ瀬薫「朝っぱらから、何二人共バカな事いってるの・・・下剤飲んでゆかれます?お母様」
一ノ瀬倫子「イヤ飲まないわ・・・さて、武志保育園へ行こうか」
一ノ瀬武志「ウン」
〇ケーキ屋
一ノ瀬武志「父ちゃん、行ってくる」
一ノ瀬康夫「おう、気を付けてね」
一ノ瀬康夫「あっ、母さん・・・帰ったらバレンタインチョコの仕込み手伝ってね」
一ノ瀬倫子(ハイハイ・・・全く人使いが荒いんだから・・・亡くなったお父さんそっくりね)
一ノ瀬康夫「それからこの前話したディサービス考えておいてね」
一ノ瀬倫子「私はそこまで耄碌してませんよ」
一ノ瀬武志「そうだよパパおばあちゃんが昨日お昼ご飯二回も食べたんだって単に食い意地が張ってるだけし」
〇商店街
一ノ瀬武志「そうだ今度、保育園の園長先生・・・新しくなったんだよおばあちゃん」
一ノ瀬倫子「へぇーどんな感じの園長先生?」
一ノ瀬武志「お爺さん・・・面白い園長さんだよ。朝の挨拶に必ず立って迎えると言ってたから今日会えるよ」
照子「おや、倫子・・・久しぶりね」
一ノ瀬倫子「あら照子じゃぁない・・・何処に行ってたの?」
照子「夫の田舎・・・三回忌だったからね、でも美人だった倫子もふけたわねぇ」
一ノ瀬倫子「わ、私も今は一人の老婆だからねハハハ」
照子「どう?うちの化粧品でも使って若返るのは」
一ノ瀬倫子(見せる人もいないし・・・爺さん相手に気張る気はないわ)
照子「そうだ・・・帰りうちに寄って・・・積もる話もあるし」
一ノ瀬武志「お土産はあるの?」
照子「お煎餅ならあるわよ」
一ノ瀬倫子「ありがとう」
〇幼稚園
渡部良一「皆さんお早うございます」
一ノ瀬武志「園長先生、お早うございます」
渡部良一「ヤァ武志君おはよう」
一ノ瀬倫子「祖母の一ノ瀬倫子と申します何時も孫の武志がお世話になっております」
渡部良一「ご丁寧な挨拶痛み入ります・・・失礼ですが黒檀中学におられましたか?」
一ノ瀬倫子「はい」
渡部良一「ひょっとしたら倫ちゃん?」
一ノ瀬倫子「ど、どちら様?」
渡部良一「懐かしい僕だよ渡部良一・・・忘れてしまった?」
一ノ瀬倫子「ええっ!良一君?」
渡部良一「イヤ奇遇ですね・・・ご主人は何をされているんですか」
一ノ瀬倫子(憧れの良一も老けたけど・・・こうして再会できるなんて)
一ノ瀬倫子「五年前に亡くなりまして・・・良一さんは?」
一ノ瀬倫子(そうだわ中学生の時はバレンタインチョコを渡しそこなったけど、今度渡そうかしら?・・・フフフ楽しみが出来たわ)
渡部良一「お恥ずかしいですが、私は大学出てから世界をフラついて・・・この年まで独身ですよハハハ」
一ノ瀬倫子(ラッキー・・・これで堂々と交際に持ち込める)
一ノ瀬倫子「羨ましい・・・そんな旅話今度、是非お伺いしたいですわ」
渡部良一「そうですか・・・じゃぁ、今度お茶でも」
一ノ瀬倫子(やったー!私もまだ捨てたもんじゃないわね)
一ノ瀬倫子「是非とも」
〇薬局の店内
照子「おや、倫子どうしたの?そんなに慌てて」
一ノ瀬倫子「今度の保育園の園長、良一さんだって、知ってた?」
照子「あのフーテン・・・帰ってきたのかい?」
照子「それにしても随分と嬉しそうじゃないか?」
一ノ瀬倫子「まぁ、そんな事もないわよ」
照子「そう言えばあの時渡部君は倫子にお熱だったわね」
一ノ瀬倫子「ええっ!本当?全然気づかなかったわ私」
照子「鈍いわねぇ倫子・・・あなたが結婚したから渡部君は世をはかなんで世界を放浪したって話だよ」
一ノ瀬倫子「そ、そうなんだ・・・知らなかった」
一ノ瀬倫子(ひょっとしたら憧れの良一とこの年で再婚?・・・ありうるかも)
一ノ瀬倫子「ねぇ、照子・・・香水ある?」
照子「あるけど・・・どうするの?嫁へのプレゼントかい?」
一ノ瀬倫子「違うわよ、私が良一さんと会うときにつけてゆこうと思って」
照子「アンタそれよりオムツどうするの?」
一ノ瀬倫子「ええっ!・・・まだそんな関係は・・・それに、お互い歳だし出来る訳ないじゃない」
照子「そうじゃないわよ最新型の薄いオムツはね和服からオムツが見えないよ」
一ノ瀬倫子「そ、そうねぇ・・・貰うわ」
照子「毎度、倫子は入れ歯をしてるのかい?」
一ノ瀬倫子「も、もちろん・・・すぐ取れるけど」
照子「最新型の入れ歯固定材を使ってみないか?」
一ノ瀬倫子「それより、香水・・・どれがいいかしら?」
照子「目的はなにかい・・・渡部君を落とす事?」
一ノ瀬倫子「まぁ、相変わらず露骨ね照子は」
照子「その気がないなら、基礎化粧品の高級品を勧めるね・・・それと顔剃り用の器具」
一ノ瀬倫子「そ、それも貰うわよ・・・あとないかしら入用な化粧品」
照子「まだまだ、女を磨くには足らないよ・・・そうだ後で配達するよ」
一ノ瀬倫子「ありがとう、よろしくね!」
〇実家の居間
一ノ瀬倫子「はぁ、・・・十分供養したわよね貴方」
一ノ瀬薫「お、お母様・・・山のように宅配便が届いて、一体何なんですの?」
一ノ瀬倫子「チョット部屋の模様替えをね・・・そうだこれ捨てといて」
一ノ瀬薫「お父様の遺影ですよ、これ」
一ノ瀬倫子「いいの・・・もう供養は十分したから、これからは前向きに生きなきゃ・・・美容院に行ってきます」
一ノ瀬薫「あ、あの・・・」
一ノ瀬康夫「何か母さんと揉めたの?・・・出ていったけど」
一ノ瀬薫「お母様がお父様の遺影を捨てるって」
一ノ瀬康夫「ええっ!」
一ノ瀬薫「それに美容院へ行くって・・・一体何があったのかしら」
一ノ瀬武志「ねえ、宅配の中身・・・化粧品でいっぱいだよママ」
一ノ瀬薫「お母様宛なんだけど・・・どうして?」
一ノ瀬康夫「今夜でも聞いてみるか」
〇実家の居間
一ノ瀬倫子(髪の色は若返ったけどヒップラインがいまいちね・・・やはり、補正下着をつけた方がいいかなぁ、でもオムツがねぇ)
一ノ瀬薫「ど、どうしたんですの?美容院からお戻りになられたら和服をお召しになって」
一ノ瀬倫子「そうだ、薫さん、アンタのヒモパン貸してくれないかしら?」
一ノ瀬薫「よ、よく御存じで」
一ノ瀬倫子「康夫が自慢してたからね・・・年寄りが和服だとヒップラインが下がるでしょ」
一ノ瀬薫(全く人に喋る事じゃないでしょうが康夫)
一ノ瀬薫「は、はぁそれよりお母様補正下着の方が」
一ノ瀬康夫「お母さん、若返ったね」
一ノ瀬倫子「おや、そうかしら?ありがとう」
一ノ瀬康夫「ところでさ、何故急に身だしなみを気を付けようと考えたんだい?」
一ノ瀬倫子「べ、別に・・・若返っちゃマズイ?」
一ノ瀬康夫「そうじゃないけど・・・薫も心配しているしね」
一ノ瀬倫子「武志の保育園・・・やはり身だしなみを気をつけようと思って」
一ノ瀬康夫「そうなんだ・・・そう言えば園長先生が新しく就任されたんだってね」
一ノ瀬倫子「そ、そうなの、その人母さんの中学生の時の同級生でね」
一ノ瀬康夫「別に・・・父さんは亡くなった人だと思ってる」
一ノ瀬倫子「あ、当たり前でしょ」
一ノ瀬康夫「だから母さんが茶飲み友達として付き合うのはいいけど、その人を父さんと呼びたくないんだ僕」
一ノ瀬倫子「わ、分かったわ」
〇ケーキ屋
一ノ瀬薫「お母様、早く私のヒモパンお返しくださいね」
一ノ瀬倫子「薫さんはもう一人子供を作るつもりなの?」
一ノ瀬薫「チョッ・・・ト、声が大きいですわお母様」
一ノ瀬倫子「でも、康夫は・・・」
一ノ瀬康夫「何だい?母さん」
一ノ瀬薫「も、もう差し上げますその下着」
一ノ瀬康夫「あれ、母さん・・・薫どうしたんだい?・・・顔を赤くして奥に入ちゃったけど」
一ノ瀬倫子「さぁ、」
一ノ瀬康夫「そうだ、依頼されてたバレンタインチョコ」
一ノ瀬倫子「ありがとう・・・じゃあ行ってくるわね」
照子「た、大変だよ倫子・・・渡部園長がまた放浪の旅に出ちまった」
一ノ瀬倫子「ええっ!」
一ノ瀬武志「おばあちゃん、園長先生からこれ」
今度もチョコレート貰い損ねたけど来年に戻って来ますから
一ノ瀬倫子「来年かぁ・・・」
照子「また来年・・・生きていれば希望はあるさ倫子」
一ノ瀬武志「チョコレート食べていい?おばあちゃん」
一ノ瀬倫子「ダメダメ、来年までとっておかなきゃ」
色めき立つ友達にちゃっかり商売を始める照子さんに笑ってしまった。お嫁さんのヒモパンとか康夫の「お父さんと呼びたくない」発言とか、倫子さんをめぐる家族のドタバタ感が面白すぎる。極めつけは倫子さんの「来年まで取っておく」という決め台詞。ドヤ顔が目に浮かぶようでした。
好きな人のために香水をつけたり
スキンケアしたり自分磨きをするのは
何歳になっても同じなんだと思いました。
良一さんも旅に出たりして若いなあと思いました。
タイトルの「灰になるまで」は、そういうことなんだと思いました。
こういう話、人間の生命力みたいなものを感じられて、とても元気になれます。いくつになってもときめくことは人に活気を与えてくれますね。