エピソード1(脚本)
〇教室
「クマさん、大変だ!」
春日井クマ「どうしたんだい、はっつぁん」
春日井クマ「っていうと落語みたいだけど」
狸塚ハチ「いやあこの間、ワシが寄席に行くっちゅーはなししとったじゃろ?」
狸塚ハチ「したらよ、話して―ことがあるからクマさんに紹介してけろって頼まれたんじゃ」
春日井クマ「マジで落語行ったんか」
狸塚ハチ「いやあまあ、頒布会って言うかオンリーっていうか」
狸塚ハチ「このハチ、人から・・・いや、まあ頼られるのは満更でもねーからよ」
狸塚ハチ「連れてきてしまったんじゃが、今から話を聞いてもらえん?」
春日井クマ「連れてきちゃあ仕方ないねえ」
春日井クマ「構わないけど、ここ女子校だぞ? 警備とか、どう──」
狸塚ハチ「それなら大丈夫。依頼者は」
狸塚ハチ「このレンコンと」
狸塚ハチ「エロ本じゃ!」
春日井クマ「エロ本はともかくレンコンはしまえ」
春日井クマ「エロ本もか。けれどまあ、どうして」
狸塚ハチ「言ってたじゃないかクマさん、どんなものでも掛け算できるって」
春日井クマ「妄想を秘密のノートに殴りがいている程度だけどね」
狸塚ハチ「謙遜するこたあねえ。寄席でクマさんの妄想をノートをばらまいたんじゃが、大人気だったぞ?」
春日井クマ「寄席じゃなくて同人イベントじゃねーか」
狸塚ハチ「いんや無機物オンリーの婚活パーチーよ」
狸塚ハチ「天井と床とか、コーヒーと砂糖とか、あっちこっちで成立しとったぞ?」
春日井クマ「なんでお前がそこに行ったのかは置くとして」
春日井クマ「天井と床はさながらロミジュリ・・・」
春日井クマ「コーヒーと砂糖は当初反発するものの、苦さの中にあるコクと深みにほだされて、ずるずると身を持ち崩していく感じね・・・」
狸塚ハチ「そしてこのレンコンとエロ本じゃ」
春日井クマ「レンコンが左ね?」
狸塚ハチ「その辺は知らん。ともかく、びびっときたそうじゃ」
狸塚ハチ「ただこのパーチィーには一つ問題点があってな」
狸塚ハチ「カップルになれても"家族"にはなれないのじゃ」
狸塚ハチ「家族とは、夫婦にしろ親子にしろ、基本的には生殖を前提にした集団じゃろ」
狸塚ハチ「今日日、家族の形は多様じゃが・・・」
狸塚ハチ「異種族同士、ましてや無機物同士となると心もとなくなってくる」
狸塚ハチ「同族同士であれば、子がなかろうがある程度の類推は働くから"家族"はできるな」
狸塚ハチ「あるいは養子をとることで、社会的に見れば次世代の再生産を行っているとするなら、社会的に家族であるといえようが」
狸塚ハチ「異種族同士じゃろ。類推は働かん。適当なところから養子をとるのも、その適当が思いつかない」
春日井クマ「案外、超絶真面目な話だな?!」
狸塚ハチ「そこで担ぎ出されたのが春日井クマよ」
狸塚ハチ「異種族も無機物もなんでもござれのオールジャンル、当然この問題にも行きついておるじゃろ、ってことでー」
狸塚ハチ「たのむよクマさん。なんかいい感じの解決方法ねえか?」
春日井クマ「わ、私が萌えているのは関係性なのであって、家族の定義という社会的な問題にはその・・・」
春日井クマ「承ろう。ただし少し時間を頂きたい。三日・・・いや、一晩!」
狸塚ハチ「さすがはクマさんだぜ!」
春日井クマ「その前にハチ、確認しておきたいんだけど」
春日井クマ「本当にびびっと来た以外のエピソードはないのね?」
春日井クマ「なれそめも絆を深めるエピソードも、なんならラッキースケベも」
春日井クマ「それからこの件、私がどう扱ってもいいんだね?」
春日井クマ「その辺、かなり繊細だからさ。具体的には地雷とか解釈違いとかナマモノ厳禁とか」
春日井クマ「そもそも通常なら当事者に認知されること自体が極めてアウトなんだけど」
狸塚ハチ「構わん! 当事者両名も承諾済みじゃ」
春日井クマ「ならば明日、両名を連れてこの教室に」
春日井クマ「それまでパクられるんじゃねーぞ」
狸塚ハチ「そんなドジふむかいな。このハチ──」
狸塚ハチ「しまった、サツか。悪いがずらかる!」
春日井クマ「何つー退場の仕方じゃ!」
春日井クマ「うっかりハチの口癖がうつっちゃった。ともかく急いで取り掛からないとね」
〇教室
春日井クマ「頼もーう!」
春日井クマ「調子に乗って書いていたらもう夜だった!!」
春日井クマ「ハチいるー!?」
「ここに、」
狸塚ハチ「忍びの道は夜の中に候──」
狸塚ハチ「ニンニン」
春日井クマ「とっとと元ののじゃ口調に戻らんかい!」
狸塚ハチ「あれれー? おっかしーな、クマさん、どうしたのこんな時間」
狸塚ハチ「・・・」
狸塚ハチ「なのじゃ」
春日井クマ「よかった、戻った~」
狸塚ハチ「しっかしこの教室暗ェな。なかなかクマさんが来ねえから、ひと眠りしていたんだが」
春日井クマ「それはさておき、できたよー!」
春日井クマ「ふんわりイチャラブとハードめ右左、あとピュアっピュアなのの三種類!」
春日井クマ「レンコン君とエロ本ちゃんはどれがいい?」
狸塚ハチ「肝心の問題はどうなったのじゃ」
狸塚ハチ「まさかエロ本を破ったポンチ絵が息子だとかいうんじゃなかろうな?」
春日井クマ「それについてはしっかり考えました」
春日井クマ「まず、今回のマッチングはプラトニックなものであるということが前提だよね?」
狸塚ハチ「だから子供が問題になるわけじゃな」
春日井クマ「エロ本を弾丸でぶち抜いたり・・・逆に銃身にエロ本のページをつめて玉詰まりさせたりい・・・」
春日井クマ「は、してない」
狸塚ハチ「今の一瞬で何を考えたお前」
春日井クマ「まあ聞き給え」
春日井クマ「つまり、この二者とつなぐものはびびっときたという事実だけであって、この事実とてただの結果なんだ」
春日井クマ「事実だけがただそこにある」
狸塚ハチ「わっかんねーこと言ってんなあ」
狸塚ハチ「アレかい? ドント・シンク、フィールってやつ」
春日井クマ「フィールだと結局事実だけでしょ」
春日井クマ「ドントシンク、では事実を事実として整理すること。そうすれば結論は落つべきところに落ちるわけ」
春日井クマ「本件ではそこにびびっときた事実しかない。その先に行くためには──」
春日井クマ「エロ本君から禁断の知識を植え付けられちゃって悶絶するレンコン君とかあ」
春日井クマ「レンコン君のオーバーホールに付き合わされたエロ本ちゃんとかの妄想があ──」
狸塚ハチ「一回クマの脳味噌をぶち抜いた方がええんじゃろうか・・・」
春日井クマ「こう妄想することによって関係の強化が図られるわけじゃない?」
春日井クマ「原因と果報との間には道理があって、何パターンも想定されるそれを語っているわけ」
狸塚ハチ「肝心の子供はどこに行ったんじゃ」
春日井クマ「いいから聞いて」
春日井クマ「家族とは生殖を前提にした集団であるってハチは言ってたけど、父子に関しては割と関係が弱いじゃない?」
狸塚ハチ「確かに父親の腹からは出てこんし、母親に他に相手がいなかったからこの人が父親だろう、と思う訳じゃな」
狸塚ハチ「母親の方も世間から完全に隔離はされておらんから、疑おうと思えばいくらでも疑えるわけじゃが」
春日井クマ「要は父母の関係性よね。そして子供がいる、ってことから遡って父子の紐帯が推定されるわけよ」
春日井クマ「父母の関係が深ければ、その母から生じた子は父子の関係性を推量される」
春日井クマ「またその関係を語ることができるのは基本的にその関係に近しいものであって、子は当然の近しいものに含まれるわけで──」
狸塚ハチ「話が読めん」
春日井クマ「つまり、当人たちが是と認める話を私が語れば語るほど!」
春日井クマ「その話をハチがその話を聞けば聞くほど!」
春日井クマ「我々はレンコンとエロ本と近しい間柄になる!」
春日井クマ「すなわち"家族"よ。さてハチ、この場合私たちのポジションってどこになる?」
狸塚ハチ「えーと、家族とは一組の配偶者とその子をベースにして存在するのじゃから、」
狸塚ハチ「配偶者はレンコンとエロ本だから・・・残る枠は・・・」
「レンコンとエロ本の子供」
春日井クマ「ってことで解決なのです!」
狸塚ハチ「そうはならんじゃろ」
狸塚ハチ「でもまあ、当事者も異論はないようだし、ええかのう。主催も喜ぶじゃろう。早速報告に──」
春日井クマ「あっ、それなんだけどハチ」
春日井クマ「全然まだ内容を話してないよね? 一晩かけて考えたんだから、聞いて行ってよ」
狸塚ハチ「なに? さっきからもう十分聞いたじゃろ」
春日井クマ「あれはほんとに全然さわりで!」
春日井クマ「エロ本マル秘エピソードとか、どきっ?! ライバル出現とか、冷え切った関係を改善するために取ったレンコンの秘策とか」
春日井クマ「第一、当事者の反応がないじゃない! ハチ、通訳してよ!」
狸塚ハチ「通訳と言われてものう」
狸塚ハチ「反応がないのは無機物だからじゃし・・・」
春日井クマ「通訳! つーやく!」
狸塚ハチ「ええい、しつこい!」
狸塚ハチ「かくなるうえは!」
春日井クマ「あっ、こら待ちなさいハチ!」
「次はエロ本✕レンコンでハードめのやつ聞いてもらうわよー!!!」
〇ポップ2
普通ナマモノを本人に送り付けるのは言語道断じゃからな! やったらあかんぜよ。
by.ハチ
↓っていうか、他人のノートを勝手にばらまくのもダメだからね?! ルールを守って、楽しい妄想ライフを!
by.クマ
狸塚ハチ「なのじゃ!」
つまりは・・・。レンコンとエロ本の物語を読めば読むほど、考えれば考えるほど、読者の私たちも近しい間柄になって両者の子供になるんですよね。無事に家族になれたかな。クマとハチのような手練れの高校生が本当にいたら愉快だろうなあ。
何ですかこれっ、楽しすぎて笑いっぱなしです!
終始感覚論で片づけられるアッチの世界を、この口調で理詰めで整理されたら、もうたまりません!恐れ入りました!
確かに作者様が言うように家族の定義って難しいですよね。
現実でもペットは家族か、と考えた時に人間ではないけど家族?とそもそもの定義が曖昧な気がします。