背徳の味蕾( 読切 )(脚本)
綿が敷かれた小箱には、
干からびた肉片が鎮座していた。
〇洋館の一室
相談者「こちらが『イベリスの舌』という品です」
どうみても貴族階級の男が、
ハンカチで汗を拭っている。
素性を伏せ、内密に相談させて欲しいと、
魔法省を訪ねてきた匿名の男だった。
インディゴ「この肉片が、あなたの奥様を苦しめている・・・、というご相談でよろしかったですか?」
相談者「はい」
インディゴ「あのう・・・ここは魔道具管理課なんですよ。ご相談の品は、魔道具ではありませんよね」
インディゴ「別の部署へ相談されたほうがよろしいと思います。たとえば、魔法薬物課とか」
インディゴ「あ、場所がわからないですか? ちょうど昼休みなんで、ご案内しますよ」
インディゴ「こんなジメジメした地下と違って、魔法薬物課は八階の広くて綺麗な部屋にありましてね・・・」
相談者「待って!!」
インディゴ「わっ!」
相談者「ひと目につく華々しい部署は避けたいのです!」
相談者「あくまで内密にっ、他言無用でっ、相談に乗っていただきたいっ!」
インディゴ「あー・・・」
インディゴ(相談事が噂になって、家名に傷でもついたら困んのか。専門外だと承知のうえで、地味~な魔道具管理課に来たってわけね)
インディゴ(まぁ、魔法省なら地味部署の小役人でも、上級魔導師しか居ねぇもんな。さすがお貴族様は、利にかなってるよ)
インディゴ(・・・俺の昼休みが潰れる配慮は、誰もしてくれねぇけど)
インディゴ(上司も同僚も、俺に匿名希望さんを押し付けて、さっさと昼飯に行っちまったしな)
相談者「素人に出来る対処はしましたが、事態は悪くなる一方です。藁にもすがる思いで、上級魔導師殿のご助言をいただきたく参上したのだ」
相談者「どうぞ、無碍になさらないで下さい」
インディゴ「わかりました。お話をうかがいましょう。ただし、お力になれる保証はできかねますが」
相談者「おお、ありがたい。感謝します!」
こうして匿名の相談者は、『イベリスの舌』の由来を語り始めた。
いにしえの昔、禁断の恋に落ちた男女がいた。
〇謁見の間
小国の姫イベリスと貴公子コルサである。
国王「コルサとの結婚など認めん! お前には予定通りペンステモンへ嫁いでもらう!」
イベリス「お父様! どうか、お考え直しください! コルサを愛しているのです!」
国王「馬鹿馬鹿しい! コルサに惚れているのなら、ペンステモンの子を産んだ後に、愛人にでもするがよかろう!」
国王「ペンステモンは、この国で一番の強靭な騎士だ! お前の夫にふさわしいのは、奴しかいない!」
国王「いいか、コルサと結婚したいなど、たわけた話は二度とするな!」
イベリス「お待ちください、お父様!」
イベリス「どうか、お考え直しを・・・」
ペンステモン「イベリス姫・・・」
イベリス「!!」
イベリス「ペンステモン・・・お前、立ち聞きしていたのね」
ペンステモン「偶然です。俺は、ただ、貴女と話し合いたくて」
イベリス「お前と話すことなど何もないわ! 二度とわたくしに近寄らないで!」
ペンステモン「姫・・・・・・」
ペンステモン「どれだけ嫌われようと、俺は貴女を・・・」
〇洋館のバルコニー
イベリス「愛しているわ、麗しいコルサ」
コルサ「イベリス様」
イベリス「ペンステモンなんか嫌いよ。あんな野蛮な男と結婚したくない」
コルサ「泣かないで、美しい姫。必ず貴女をお救い致します」
イベリス「ああ、コルサ! 貴方を信じるわ」
禁じられた恋は熱く燃え上がる。
逢瀬を重ねた二人は、駆け落ちの計画を練った。
しかし、決行の直前で事態は一変する。
〇謁見の間
イベリス「えっ、ペンステモンを投獄したのですか!?」
国王「奴は豹の獣人であった。人間と偽りおって、薄汚いケダモノめ」
国王「王をたばかった罪で処刑してくれる!」
イベリス「獣人・・・」
イベリス「・・・あの御方が?」
国王「辛い目に合わせたな、イベリスや。お前の希望通り、コルサとの結婚を許すぞ」
イベリス「はぁ・・・そうですか」
国王「むむ。 なんだ、その返事は」
国王「あれほどコルサと添い遂げたいと申しておったくせに、嬉しくないのか?」
イベリス「ま、まさか!」
イベリス「喜んでおりますわぁ。ほほほ・・・」
〇貴族の応接間
国王から、コルサとの結婚を許されたイベリス。
悲願が叶って嬉しいはずが、
原因不明の虚しさを感じていた。
イベリス(わたくし、どうしてしまったのかしら)
イベリス(あれほど輝いていたコルサに肩を抱かれても、感情は平坦なまま)
イベリス(何度も見惚れた、しなやかな体躯まで、なんだかナヨナヨして見える・・・)
コルサ「姫の声音は、精霊が奏でる竪琴のようだ。妙なるしらべで愛を歌って下さい」
コルサ「僕らの想いが天高く舞い上がり、神々の祝福を受けられるように」
イベリス「はいはい、好きよ」
コルサ「!!」
イベリス(睦言が、いちいちまどろっこしい。 以前は聞き惚れたのに、どうして?)
イベリス(ペンステモンが捕縛されてから、こうなってしまったのよ)
イベリス(この空虚さは獣人の呪いかもしれない。 確かめてみるしかないわ!!)
〇貴族の部屋
イベリス姫は夜を待った。
準備しておいた召し使いの服を身にまとう。夜陰に紛れて、イベリスは寝室から抜け出した
〇牢獄
ペンステモンがいる牢獄を目指し、
迷いのない足取りで進んでいった。
召し使いのふりをしたイベリスは、
見張りの兵士に酒を差し入れる。
眠り薬入りの酒に、兵士たちはひとたまりもなかった。
半刻も待たずして、姫は牢獄への侵入に成功した。
イベリス「ペンステモン!」
ペンステモン「ぐぅ・・・その声は・・・まさかイベリス様か」
イベリス(これがペンステモンの真の姿・・・。 なんて雄々しい!)
イベリス(鞭打たれて、たくましい体がボロボロだわ)
イベリス「こんなに傷ついて・・・ううっ・・・」
ペンステモン「俺のために、イベリス様が泣いている? これは、夢か」
イベリス「いいえ、夢ではありません。わたくし、何故だか、あなたが心配でならなかったの」
ペンステモン「なんと!!」
ペンステモン「出自を偽り、申し訳ありませんでした。たとえ獣人と発覚し、処刑されても、俺は貴女が欲しかったのだ!」
ペンステモン「貴女を愛している!」
イベリス「まことですか? 嬉しいわ!」
イベリス「アッ、そうだ。鍵束を盗んできたのよ、ペンステモン。今すぐ解放してあげるわね」
ペンステモン「いけません! 俺を逃がしたら、貴女が咎められましょう!」
イベリス「ならば、わたくしをさらって。今まで、本物の愛に気付かなかった、愚かなわたくしを!」
ペンステモン「姫ぇ!!」
イベリス「ペンステモン!!」
鉄格子越しに見つめ合う、イベリスとペンステモン。
人族の姫と獣人騎士。
許されぬ二人の間に、
種族を越えた恋の火がついた。
〇草原
ペンステモン「あの山を越えれば、獣人の国です」
イベリス「ついに、あなたの故郷が見れるのね。楽しみだわ」
イベリスとペンステモンは、
全てを捨てて出奔した。
道ならぬ恋は激しさを増すばかりだった。
〇魔王城の部屋
一方、裏切られた貴公子は、怒りに震えた。
コルサ「おのれ、イベリス! 僕への愛は偽りか!」
コルサ「この報いは必ず受けさせてやるからな!」
コルサ「男を誑かす不実な舌など、切り取ってくれる!」
貴公子コルサは復讐を誓った。
〇洋館の一室
インディゴ「で、これがコルサに切り落とされた、イベリス姫の舌ってわけですか?」
相談者「いえ、それは分かりません」
インディゴ「えっ?」
相談者「イベリス姫は同じ過ちを繰り返し、大陸中の男たちを渡り歩いたようなのです」
相談者「姫の舌で間違いないと思いますが、コルサが切り落としたかどうかまでは、ちょっと・・・」
インディゴ「ずいぶん豪気な淫乱ですね」
相談者「この『イベリスの舌』は、魔法官能薬として、市井で密かに取引されているのです」
相談者「煎じて飲めば、姫の官能を追体験する効果があるんだとか」
相談者「実は、妻が飲んでしまったのです。私が不実であったばかりに」
インディゴ「不実とは?」
相談者「・・・私の浮気がバレたのが発端です。自分も浮気してやると、逆上した妻から言われました」
相談者「けれど、貞淑な妻には浮気など出来ませんでした」
相談者「せめて頭の中だけでも浮気してやろうと、思いつめた妻は、この薬を手に入れたのです。可哀想に・・・」
インディゴ「奥様は、出入りの商人辺りからコレを買われたんですかね?」
インディゴ「さしでがましいようですが、こんな怪しいモノを扱う業者は、出入り禁止にされるべきですよ」
相談者「ご心配ありがとう。商人から買ったわけではないのですよ」
相談者「妻には女学校時代からの友人がおりましてね。彼女の屋敷に仕える下僕が融通してくれたそうなのです」
インディゴ「あー・・・下僕が、ねぇ」
相談者「体質に合わなかったのか、薬効は得られず、妻は体調を崩してしまいました。魔法作用を消す薬湯を与えても、まったく効きません」
相談者「魔導医に治療させたいのですが、他言するなら死ぬと、妻が泣いて拒絶するのです」
インディゴ「欲求不満の色情女と思われるのは、屈辱でしょうしねぇ」
相談者「きみっ、・・・直截な言動は控えていただきたいッ!」
インディゴ「はは、失礼しました」
インディゴ「・・・・・・」
インディゴ(何があったかは、大体わかった。 どうしたもんかな・・・)
インディゴ「こちらをご覧いただけますか」
相談者「あの、この薬は、いったい?」
インディゴ「特殊な魔法中和薬です。おそらくこれを飲めば奥様は回復されると思いますよ」
相談者「おお!」
インディゴ「ですが、外部に流出できない希少な薬剤でしてね。この一回分しかありません」
インディゴ「もし、紛失が発覚すれば、私の立場が危うくなります」
インディゴ「お力になりたいのは山々ですが、どうしたものか・・・」
相談者「・・・・・・・・・・・・」
インディゴ(チラッ、チラッ)
相談者「・・・ふっ」
相談者「コレで、どうかひとつ」
インディゴ「ええ。あくまで内密に、他言無用で参りましょうか」
〇西洋の市場
インディゴ「解毒薬とミートパイちょうだい」
店員「はいよ、小銀貨四枚ね」
インディゴ「金貨で払ってもいいかな。お釣りある?」
店員「あら、インディゴさん、羽振りがいいね。博打で勝ったの?」
インディゴ「へへっ、そんなとこ!」
店員「そりゃ良かったこと。お釣りはあるから、金貨でも大丈夫よ」
インディゴ「じゃあ、これで」
店員「まいど~」
インディゴ(減った常備薬は補充できたし、昼飯も買った)
インディゴ(急がねぇと、昼休み終わっちゃいそう。 魔法省の中庭で食おうかな)
〇華やかな裏庭
インディゴ(そうだ、アレの処分頼まれてたっけ。飯食う前に、一応再鑑定しておくか)
インディゴ(やっぱり、何の魔力も感じない)
インディゴ「パース・アナリシス≪成分分析≫」
インディゴ「・・・うん」
インディゴ「媚薬に浸けた牛タンジャーキーだな」
インディゴ(そもそも魔法薬じゃねぇんだし、高価な魔法中和剤を飲んだところで回復しないワケだ)
インディゴ(媚薬ジャーキーで体調を崩したなら、その辺の店で売ってるフツーの解毒薬で回復するはず)
インディゴ(念のため、効果が無ければ、また来るようにと言っといたけど、渡した解毒薬で治るだろ)
インディゴ「万事解決。さぁ、飯だ、飯」
インディゴ「はぁ~」
インディゴ「かすめとった金で食う飯は、やっぱ美味ぇわ」
貴族の下僕は、
見目麗しい若い男が雇われる。
貞淑らしい奥方が体調を崩すほど媚薬を食らった原因は、本当に夢の男のためだろうか。
インディゴ(どうせ、お友達の愛人に誘われて、はりきっちまったんだろ)
インディゴ(木っ端役人を含めて、ろくでなししか居ねぇな。やだやだ)
味蕾が痺れるくらい、悪事は甘美だ。
いけないことだと承知しながら、
何度も同じ過ちを繰り返してしまうほどに。
インディゴ「イベリス姫も、きっとやみつきだっただろうよ」
背徳は癖になる味をしている。
劇中劇の入れ子構造の物語でしたが、どちらの物語でも登場人物のほぼ全員が浮気だの心変わりだの詐欺だのしてて、背徳感フェチ博物館みたいになってて笑えました。「なんの苦労もなしに手に入るものに魅力はない」という人情は古今東西不変の真理なのかもしれませんね。
気持ちがわかってはいけませんが、人間はスリルがあった方がより生きてる実感が湧くのかもしれませんね。
背徳感も、同じなようなものなのでしょうか。
セクシーな表紙に惹かれて思わず読んでしまいました。
イベリス姫が急に心変わりした理由が気になりますね。
牛タン食べたい