あの子が頬をつねる理由(脚本)
〇大会議室
布施伸治郎(主任)「次に今月末に転校してくる、田神ゆめさんのクラスの件で、3年担任の先生方にご意見を伺いたいのですが‥」
中島さゆ「(この間の子か‥確か、いじめが理由の転校よね‥)」
布施伸治郎(主任)「どのクラスもこの時期は大変だとは思いますが、どうでしょう?」
中島さゆ「(うーん、うちの4組は一杯だしな‥)」
中島さゆ「(それにしても会議って何か眠くなるのよね‥ふわぁー‥眠い‥)」
〇幻想空間
夢を見ていた、幼い頃の‥ある女の子の夢を‥
その子は私が泣くといつも現れて、両頬をつねるんだ
〇見晴らしのいい公園
女の子「もう、いつまで泣いてるの!」
中島さゆ「だってー、あの子がすごい意地悪なんだよ」
女の子「だからって、いつまでも泣かないの!」
中島さゆ「だってー‥」
女の子「そういうときはね‥」
中島さゆ「痛たーい!何でほっぺを引っぱるのよー!」
女の子「えへへへ、引っぱってるんじゃないよー!」
中島さゆ「もぉー、なんで笑ってんの?」
女の子「えへへへー!」
そうだ、その子は最後、いつも笑っていた
〇田舎の学校
小学校に入った頃も、よくその子は会いに来てくれた
女の子「ねえ?友達できた?」
中島さゆ「うん!」
女の子「もう泣いてない?」
中島さゆ「泣いてないよー!」
女の子「そっかー」
その子は、そう言って笑っていた
〇広い屋上
中学に入った頃、いじめにあった
毎日繰り返される苦しさに、恥ずかしさに、無力さに、あまりの辛さに生きることを辞めたいと思っていた
表情も感情も少しずつ無くなっていった私に、その女の子は会いに来てくれた
女の子「‥‥」
でも言葉は無かった、いつもはつねっていた頬を撫で、小さな体で私を抱きしめてくれた
中島さゆ「‥‥」
そのささやかな温もりで、辛い日々を何んとか生き抜く事が出来たんだ
〇ハイテクな学校
中学を卒業し、違う街の高校に進学した
回りは初めての人ばかり、自分の今までを知らない人ばかり
自分は新しい人になれるのかもしれない?
今までをやり直せるかもしれない?
それを女の子に伝えると、彼女は優しく微笑んだ
女の子「よかったね、さゆが笑顔になっていくのが嬉しいな」
そう言ってくれた
そう、その時に思ったんだ
私は、あの苦しみしかない中学時代を忘れるために、もう涙は流さない
もう泣かないで生きていくと誓った
そしてそれを女の子に話した
女の子「そっか、そう決めたんだ、偉いね‥」
そう言って少し寂しそうに笑ったんだ
〇学校の校舎
高校を卒業し、大学、そして教師として働き始めてから、女の子は殆ど会いに来なくなった
たまに夢の中で心配そうにこっちを見ている気がしたけど、朝起きた頃には思い出せなくなっていた‥
〇大会議室
林多恵「中島先生、さすがに会議中の居眠りはまずいですよ」
中島さゆ「‥寝てたんだ あれ、いま何の話してる?」
林多恵「まだ転校生の話です いじめで転校してきた経緯とか」
中島さゆ「そっか‥」
〇学校の昇降口
1週間前‥
布施伸治郎(主任)「じゃ来月から宜しくお願いします」
田神ゆり「はい、ほら、ゆめも挨拶して その子はママが持つから」
田神ゆめ「‥いや」
中島さゆ「大丈夫ですよ ねえ、その子の名前は?」
田神ゆめ「みみちゃん‥」
中島さゆ「そっか、みみちゃんか 仲良しなの?」
田神ゆめ「うん、ずっと一緒」
中島さゆ「そっかー」
田神ゆり「小さい頃に買った縫いぐるみを、ずっと気に入ってて‥昔はよくおしゃべりもしてたんですよ」
布施伸治郎(主任)「イマジナリーフレンド‥ですかね?」
田神ゆり「イマジナリーフレンド?」
布施伸治郎(主任)「幼少期に現れる、想像上の友人の事です ぬいぐるみや人形がイマジナリーフレンドになる事もよくあるんですよ」
田神ゆり「そうなんですか」
中島さゆ「想像上の友人‥」
〇黒
〇幻想空間
そういえば、何で泣かないって決めたんだっけ? 泣かない?違う、泣けないんだ
辛かった頃を思い出すから‥
そうか‥まだ、あの頃に縛られているんだ
だからあの子は寂しそうに笑ったんだ‥
あの子‥また会いたいな‥
〇大会議室
林多恵「だから、居眠りはまずいですって‥えっ!」
中島さゆ「えっ、また寝てた?」
林多恵「どうしたんですか?」
中島さゆ「何が?」
顔に熱が集まり、目じりに温かな水が集まる‥そして、気が付くと頬に温く湿った感触が伝わる
林多恵「だって、泣いてますよ」
中島さゆ「泣いてる?」
そう、私は泣いていた
泣かないと決めた私が泣いていた
涙を流す事が‥できたんだ
〇黒
女の子「さゆが笑顔になっていくのが嬉しいな」
田神ゆめ「ずっと一緒」
〇大会議室
涙‥その一筋の暖かさは、自分のどこかを解きほぐし、融かし、そして突き動かした
中島さゆ「あの‥私が、私のクラスで受け持ちます!」
「えっ、先生のクラスで‥」
「まあ、中島先生がそう仰るのなら‥」
林多恵「やりますねー、先生‥っていうか、 何ですその顔? ふふふ」
中島さゆ「何かおかしい?」
林多恵「だってメイクが崩れて‥ほら、鏡で見て下さいよ」
そう言われ、彼女が差し出した手鏡で顔を見て見ると‥
〇黒
女の子「そっか、そう決めたんだね、偉いね‥」
そう言って寂しそうに笑った
あの時の女の子
泣くことはできた‥
でも、これからはどうしたら‥
〇大会議室
中島さゆ「何この顔? あははは!」
林多恵「でしょ、ほんとひどいですよ あははは!」
中島さゆ「あははは‥」
〇見晴らしのいい公園
中島さゆ「何でほっぺを引っぱるのよー!」
女の子「引っぱってるんじゃないのー、ふふふ」
中島さゆ「もー!」
女の子「こうするとね、笑うんだよ」
中島さゆ「笑う?」
女の子「こうやってね、ほっぺを上にあげると、 笑顔になるんだよ」
〇大会議室
あの頃は、泣いちゃだめって意味で頬をつねっていると思ってたけど違うんだ
両頬を引っぱって口角をあげ、笑顔にしようとしてたんだ
中島さゆ「‥だから、泣いた後は笑えばいいんだ」
林多恵「は?」
布施伸治郎(主任)「えー、わかりました では先生のクラスでお願いします ただ‥とりあえず、そのお顔を‥」
中島さゆ「あははは! はい、洗ってきます」
笑顔で立ち上がり会議室から出ようとしたら、ふと、女の子の顔が見えた
笑っている女の子顔が
おしまい
さゆは涙を流したことで過去の呪縛から解き放たれて心が浄化され、次のステップに進む気持ちになれたんですね。イマジナリーフレンドが訴えかけていた「泣いた後には笑えばいい」という気づきに至るまでの道のりは平坦ではなく長かったけれど、その気づきを今度はゆめちゃんにもたらすことができれば決して無駄な時間ではなかったですよね。
つねる理由が微笑ましくて良かった。
イマジナリーフレンドも一種の心の闇ではあるんでしょうけど、それでも安寧に過ごせるのであれば、本人にとってはいいことかもしれませんね。
仕事で行き詰っていて、題名にひかれて読みました。
いじめは辛い。私もそうで笑うのが苦手で、無理に笑おうとすると泣き顔になった。口角上げて笑顔作ってみようかな