19/家族(脚本)
〇田舎町の通り
七月十日。僕とコロンは、蝉時雨の止んだ昼間の閑静な住宅街を、川沿いに並んで歩いていた。
「・・・・・・」
コロン「・・・・・・」
考えることをとっくにやめていた僕は、さっきのコロンの話を聞かなかったことにした。
なぜかコロンが持っていた手持ちの扇風機で頭を冷やした僕は、もしコロンに会えたら聞いておきたかったことをふと思い出した。
「・・・・・・そうだコロン」
コロン「何でしょうか、お兄様」
なぜか車道側を、コロンが歩いている。
「さっきも話したけど、コクノがいなくなったら、この世界は元に戻るのか」
このアンドロイドのいる世界を作っているのはコクノ。
だからコクノがいなくなったら、僕はアンドロイドから人間に戻る。
そして僕が人間に戻ることで、人間の僕を見た久野はゾンビに戻る。コクノはそんな感じのことを言っていた。
なぜ僕に教えたのかはわからない。でもコロンなら、何か知っているかもしれないと思った。
コロン「そう言っていたのならそうなんじゃないですか」
コロン「私にはわかりませんけど」
「え」
しかしコロンは、興味無さそうに答えた。
いつの間にかその左手には、金色のアイスキャンディーが握られている。何味なんだろう、あれ。
コロン「私は天使じゃないですし、天使をやったこともありませんから」
コロン「私にはわかりません」
「そ、そっか・・・・・・」
コロンはあっさりと言い切った。
昨日の感じを見た感じ、コロンとコクノは知り合いでまず間違いない気がする。
コロン「何なら私がやってみましょうか?」
コロン「やってみれば、わかることですから」
ただ、仲は良くないらしい。
「いやいやいや、そ、それよりコロン、今、どこに向かってるのさ」
コロン「お兄様の答えを聞くのに相応しい場所です」
「答え・・・・・・?」
コロンが、僕の顔を覗き込む。
期待に満ちた目で、僕の目の奥をじっと見つめている。
コロン「昨夜の問いへの答えです」
コロン「先輩、この世界が夢の世界でないことに、そろそろ気づきましたか?」
そういえば、昨日の夜そんなことをコロンが言っていた気がする。
でも正直、この世界が夢の世界かどうかなんて、僕にはもうわからない。
「それはまだ、いや、僕にはもう、わからないよ」
コロン「そうですか。ではこれを見ても、まだそんな悠長なことが言えますか?」
住宅街の一角、雑草が生い茂る空き地の横まで来た辺りで、コロンはピタリと足を止め、急にがっしりと肩を組んできた。
そしてコロンは僕の顎に触れ、その不自然な位にぽっかりと空いた草原へと僕の顔を向けさせた。
顎クイならぬ何なんだろうこれ。
いや、それより。
〇空き地
「ここは・・・・・・」
「ここって・・・・・・!」
コロン「その通りです、お兄様」
コロン「ここはあなたの家があるべき場所」
コロン「そしてあなたの両親が、いるべき場所」
久野の家の隣にあるはずの僕の家は、僕の家族は、その跡形も無かった。
そこにはただ、雑草が生い茂り打ち捨てられた土管が転がるだけの、空き地が広がっているだけだった。
「じゃあ、父さんと、母さんは・・・・・・?」
この世界で僕はアンドロイドになってしまった。
でも僕がアンドロイドになっただけで、僕の両親は人として、普通に生活しているものだと思っていた。
まさか、父さんと母さんも、アンドロイドに・・・・・・?
コロン「いえ。実はそれ以上です」
コロン「あなたの両親は本来、久野フミカに食われている」
コロン「あなたがアンドロイドになった以上、死人を生きていることにする必要はなくなりました」
「どういう、こと・・・・・・?」
コロン「信じられないとは思いますが、あなたという人間に必要だから、彼らは生かされていた」
コロン「あなたが彼らの子供として、人として生きていないのであれば、彼らが生きている必要は無い」
「・・・・・・」
コロン「・・・・・・」
「・・・・・・いや、そんなわけない」
〇アパートのダイニング
そんなわけが、なかった。
僕の父さんは休日出勤が多く、僕の母さんはサービス残業で帰りが遅くなることがよくあった。
そのせいで家族旅行が中止になったり、独りで晩御飯を作って食べることもあった。
それはもう別に良い。よくあることだった。
それに、たまに職場の部下や同僚が家に来た時には、父さんの武勇伝や母さんの誇らしげな顔を見ることができた。
父さんも母さんもみんなに頼りにされていて、それを本人達も、本気で喜んでいた。
だから父さんや母さんを必要としていたのは、職場の人間の方だ。
そうだ。僕は、むしろ・・・・・・。
〇空き地
コロン「そうですか」
コロン「あなたの気持ちは、わかりました」
コロンがまた僕の心を読む。
コロンは僕の前に立ち塞がると、わざとらしく大きなため息をついた。
「・・・・・・」
コロン「ですが残念なことに、あなたの気持ちだけわかればそれで良いんですよ、この世界というのは」
コロン「あなた以外の人間が、あなた以外の誰を必要としていようが関係無い」
コロン「この世界は、あなたに必要な人間しか存在できない」
「いや、そんな、わけが・・・・・・」
コロン「いいえ。残念ながら、神はあなたにしか興味が無いようです」
「は・・・・・・?」
コロン「その結果、その結末の一つを、これから御覧に入れましょう」