読切(脚本)
〇城下町
新吉「江戸じゃ、大陸からの変な病が流行ってるって、聞いたことあんだろ」
松坊「ウン・・・まぁ、なんとなくだけど・・・」
新吉「川向こうにお触れ書きが出た・・・って聞いて、見に行ったのよ」
新吉「“江戸の流行り病、三密厳禁”って、おっきく書いてあってよ」
松坊「サンミツって・・・何?」
新吉「そこよ。そこ。夜中の雨風で字が滲んでてよ・・・細かい内容が分かんねぇんだ」
松坊「三密って何のことか、分かります?」
大家「江戸の流行り病の対処法だな」
新吉「さすが大家さん! その三密って、どーいう事なんですかね?」
大家「密と言えば、“秘密”のことだろう」
新吉「ほう・・・秘密・・・」
大家「つまり、その病にかかって、家族にも言えないような秘密を三つ以上持ってたら、すぐにお陀仏」
大家「ナンマイダー・・・と、三密厳禁とは、そういうことらしいんだ」
新吉「確かに秘密を沢山持ってると、心苦しくなるってことはあるか・・・」
新吉「けど大家さんも、誰かから聞いたんですか? “そういうことらしい”って」
大家「滲んでいた字を、近くにいた人達と、判読し合って、恐らくそうだろうと・・・」
松坊「変なの。秘密を持ったらダメなんて」
大家「松坊、何事も油断禁物だぞ。江戸では今、大変なんだ」
大家「今日、私も江戸に行く用事があるから、家内も心配してる。 もし、長屋にそんな病が広がったら大変だ」
新吉「大家さん、気を付けてくださいよ」
大家「幕府から、江戸の町を出歩く時は、口を手ぬぐいや着物の袖で覆い、互いに六尺程離れて歩くよう、お達しが出てるから」
松坊「口に手ぬぐいって、みんな、忍者みたいに顔隠して?? 楽しそうだなぁ・・・」
新吉「みんな忍者なんて、楽しいことあるもんか」
新吉「六尺って・・・こう、両手を大きく広げたくらい・・・家々が近い長屋じゃ、難しいな」
大家「今じゃ江戸に入った大名行列は距離をとって歩くから、朝に出会った行列に、平伏し続けて」
大家「終わって顔を上げたら、日が落ちた・・・なんて冗談を言われるくらいだ」
お夕「松坊ー。日暮れる前に帰ってきなよー」
松坊「ハーイ」
大家「お夕さ・・・あ・・・行ってしまったか」
新吉「相変わらず、キレイですねぇ・・・」
大家「松坊、父ちゃん死んで、結構、経つよな。お夕さんのお腹の子、誰の子なんだ?」
松坊「コウノトリが運んできたって言ってた」
新吉「まぁ、いいじゃないですか」
大家「そうだが・・・ヤモメでなぁ・・・。 ところで、みんな、三密は大丈夫か?」
松坊「オレ、母ちゃんに言えないことなんて、無いよ。ゼロ密」
新吉「もうすぐ兄ちゃんになるなら、秘密のヒトツやフタツ、持たなきゃダメだぞ」
松坊「・・・はーい」
大家「秘密が無いのは、正直に生きてる証拠。良いことじゃないか」
新吉「確かに・・・ゴメンな、松坊」
新吉「大家さんは、ナン密ですか?」
大家「今は思いつかんが、あっても一つ、二つくらいだろ・・・新吉はどうだ?」
新吉「オレ・・・三つ・・・三つありますね」
大家「三密厳禁だぞ」
松坊「新吉っつぁん、ナンマイダーだ!」
新吉「参ったな。オレだけ三密・・・」
大家「大丈夫だ。解決方法を知ってる」
新吉「あるんですか!? 解決方法」
大家「茶屋で聞いた話だが、秘密を沢山持ってる男が、その病にかかり、息苦しくなって、苦しみ始めたんだが」
大家「女房に秘密を話したら、治ったらしい」
新吉「ホントーですか? なんか、オレ、息苦しくなってきた気がする・・・」
大家「秘密を三つより少なくすれば問題ない。 新吉、早くお清さんに話してこい」
新吉「けど・・・言えないことが秘密なんだから」
大家「早くしないと、ナンマイダーだぞ」
松坊「早くしないと、ナンマイダーだぞ」
新吉「分かった! 分かりましたよ!! もう」
〇古民家の居間
お清「ちょうどいいとこに。お帰りーアンタ」
新吉「おい!お清、近づくな! 六尺開けろ!」
新吉「お互い、腕を一杯広げて、当たらないくらい間隔を開けろ!」
お清「痛っ、なんだよ・・・こんな狭い部屋で、そんなこと、出来やしないじゃないか」
お清「アタシ、晩ご飯の買い物行くから、六尺と言わず、六百尺くらい離れてあ・げ・る」
新吉「いや! ちょっと待って。離れ過ぎるな」
お清「何? 近づくな! とか、離れるな! とか」
新吉「ある程度、距離を保ちつつ、オレの声がしっかりと聞こえる・・・うん・・・その、土間のあたりに」
新吉「そして、手ぬぐいを、着物の袖で口に・・・そう、お前も当ててくれ」
お清「なんの意味あんの? 早く行かないと、売り切れちゃう、あそこの豆腐屋さん」
新吉「また、豆腐かよ・・・。まぁいいや。オレの命に関わる事なんだ・・・聞いてくれ」
お清「帰ってきてから聞く。じゃあねー」
新吉「今! 今じゃなきゃ、ダメなの!」
新吉「お前が豆腐買って帰って来たら、豆腐みたいに真っ白になったオレとご対面かもしれない」
お清「何それ? 自殺でもするの?」
新吉「オレは三密・・・秘密を三つ持ってる」
お清「サンミツ? あぁなんか言ってたね。お触書の。結局、何のことか分かったの?」
新吉「お清、オレに言えない秘密あるか?」
お清「・・・そりゃあ、ヒトツや、フタツは」
新吉「数が大切なんだ。三つじゃないか?」
お清「三つ・・・、三つは無いね。二つある」
新吉「じゃあ、お前は大丈夫」
新吉「その病にかかって、家族に言えない秘密を三つ以上持ってたら三密になって、ナンマイダーなの」
お清「秘密と病気、どう関係があんのよ」
新吉「お上がお触書まで作ってんだから、そういうことなんだろうよ」
新吉「オレの秘密を、お清が聞いてくれれば、三密にならずに、命が助かる」
お清「あい、分かった。アンタの秘密を聞けばいいのね。はい、どうぞ。聞いてあげる」
新吉「ちょっと、待って・・・えー・・・心の準備を」
お清「早くしてよ」
新吉「えーと、タンスのお清の着物を、質屋に売って、丁半博打の借金を返しました!」
お清「そんなワケないじゃないか、大切な着物は、しっかりとタンスの中に・・・」
お清「・・・なんで、ここにあんたの汚いフンドシ入ってんのよ」
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面白い!落語みたいですね。しかも、三密を3つの秘密にするのがセンス良い。浮気に子供は、さすがに奥さん耐えられないですね。最後も独り者になったことをゼロ密という表現でスカッと終わったのが、気持ち良いです。