MISSING SEALS

薊未ヨクト(あざみよくと)

小田葉子の場合(脚本)

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〇炎
  熱い・・・
  誰か・・・、たす、けて・・・
???「お困りかな、レディ?」
  あなたは・・・?
シールズ卿「名前など無意味ではあるが・・・ まあ、シールズ卿とでも呼んでくれたまえ」
  シールズ・・・
シールズ卿「さて、レディ。突然ですまないが、 私と取引をしていただけないだろうか?」
  取引?
シールズ卿「ああ。簡単なことさ」
シールズ卿「ここから助けてあげる代わりに、君の【大切なもの】を少しだけ貸してほしいんだ」
  私の、大切なもの・・・?
  ・・・ううん、もうなんだっていい。
  早く、助けて・・・
シールズ卿「──承知した」
シールズ卿「さあ、レディ。手を」
  言われるままに手を伸ばす。
  彼は優雅に私の手を取り、そして──
  痛っ・・・
シールズ卿「今ここに、血の契約を締結す!」
  え、何・・・? わっ!?
  嘘、私の中から何か出てきた・・・?
  あれは・・・ハンコ?
シールズ卿「ほう、君の印章は小ぶりで滑らかな象牙色か。素晴らしい。イメージ通りだよ」
シールズ卿「この印章にはそう・・・ このシンプルな蝋引き封筒がよく似合う」
  な、何を・・・?
  というか、あなた、溶けて・・・
シールズ卿「人ならざる者の身体もそう悪くない。どうやらこの国ではシーリングワックスが手に入りづらいらしいのでね」
  彼は契約書を入れた封筒の口に、身体から溶け出たものを垂らし、そして──
シールズ卿「さて、お別れだ。 ・・・シールド・アップ」
  わっ・・・!?
シールズ卿「さあ、見せてくれたまえ。 お前の【顔】を──」

〇病室(椅子無し)
小田葉子「うーん・・・」
看護師「あら、気が付きました?」
小田葉子「あれ、私・・・」
看護師「軽い熱中症ですって。 ・・・うん、経過は良好そうですね」
小田葉子「熱中症・・・ そっか、だからあんな夢を・・・あれ?」
小田葉子「すみません! 今何時ですか!?」
看護師「今? えっと・・・午後3時すぎですね」
小田葉子「午後3時!?」
小田葉子「もしもし小田です!」
小田葉子「・・・はい、はい。本当にすみません! 今から出勤しますので!」
小田葉子「はい・・・はい、失礼します」
看護師「・・・あまり無理はしないでくださいね?」
小田葉子「はい、すみません・・・」

〇病院の待合室
受付スタッフ「お大事になさってくださーい」
小田葉子「はぁ・・・ 今月も、もやし丼生活確定かぁ・・・」
妊婦「あっ」
小田葉子「わっ!」
小田葉子「痛たた・・・すみませ──」
小田葉子(あ、妊婦さんだ・・・!)
小田葉子「大丈夫ですか!? どこか痛いところとか・・・!?」
妊婦「いえ、ちょっと腕がぶつかっただけなので 大丈夫ですよ」
小田葉子「本当にすみません!」
妊婦「どうか気にしないで・・・ あ、印鑑落ちてますよ」
小田葉子「え? あ、ありがとうございます」
妊婦「お仕事ですか? 頑張ってくださいね」
小田葉子「はい。ありがとうございます!」

〇工房の倉庫
小田葉子「遅れてすみません!」
馬場貴和子「あれ、小田さん? 辞めたって聞いたけど」
小田葉子「えっ!?」
安井工場長「ああ、小田さん・・・」
小田葉子「ちょっと、どういうことですか」
安井工場長「ごめんねえ。 小田さんは悪くないんだけどねえ」
安井工場長「ちょうど本社から視察が来てて「無断欠勤するような人間はわが社には必要ない」って」
小田葉子「でも私、熱中症で・・・!」
安井工場長「ごめんねえ。私もそう言ったんだけど」
小田葉子「だったら・・・!」
安井工場長「ほら、退職金。またすぐに必要なんだろ?  私にできるのはこれくらいしか・・・」
小田葉子「っ・・・」
安井工場長「あ、退職手続きなんだけど、 一応ハンコだけもらっていい?」
小田葉子「・・・わかり、ました」

〇街中の道路
小田葉子「はあ・・・」
小田葉子「礼央の就職さえ決まればな・・・」
小田葉子(あ、ジュエリーショップだ)
小田葉子(・・・ちょっとだけ見ていこうかな)

〇宝石店
小田葉子「やっぱりちょっと高いなあ・・・」
店員「いらっしゃいませ。 結婚指輪をお探しですか?」
小田葉子「あ、いや、ちょっと見てるだけで・・・」
小田葉子「あっ、こっちのも可愛い~」
店員「こちらは今、人気の商品ですね。 デザインだけでなく、品質にもこだわっておりまして・・・」
小田葉子「へえ・・・」
小田葉子「・・・買っちゃおうかな」
店員「お買い上げですか?  ありがとうございます。お支払いは──」
小田葉子「あ、現金でお願いします」
店員「かしこまりました。 少々お待ちくださいませ」
小田葉子(さすがにこれだけあれば足りるよね)
店員「お待たせいたしました。 ではお会計はこちらになります」
小田葉子(えっ!? こんなに高いの・・・!?)
店員「こちらの契約書をご確認の上、 サインまたは印鑑を・・・お客様?」
小田葉子「あ、あー、 やっぱりもうちょっと見てからにします」
店員「そうですか。 では、どうぞごゆっくり」
小田葉子「・・・」
女「あ、見てー! これ可愛い~」
男「お、いいね。買っちゃえば?」
女「すいませーん、これくださーい! あ、一括でお願いしまーす!」
小田葉子「・・・」
小田葉子(私、何やってるんだろう。 これは二人のためのお金なんだから)
小田葉子(さあ、早く礼央に会いに帰ろう)

〇一人部屋
小田葉子「ただいまー・・・」
浮気女「えっ?」
小田葉子「えっ・・・・・・誰?」
浮気女「ちょっと礼央ー、起きてー」
葛野礼央「んぁ・・・げっ!? お前、なんで帰ってきたんだよ!?」
小田葉子「な、なんでって・・・ っていうか・・・・・・」
葛野礼央「あ? なんだよ文句あんのか?」
小田葉子「・・・・・・」
浮気女「あれ~?  もしかして、話通してなかったカンジ?」
葛野礼央「あー、平気へーき。 こいつはただの家政婦だから。な?」
小田葉子「っ・・・!」

〇ビルの裏
小田葉子「はは・・・私、バカみたい」
小田葉子「なんかもう、疲れちゃったな」
???「そう。なら【これ】は 返さなくてもいいってことかしら?」
小田葉子「あなたは?」
小田葉子「私は小田葉子。あなたは?」
小田葉子「私は──」
  私は、何なんだろう。
  小田葉子。
  ・・・違う。それは彼女の名前だ。
  弁当工場勤務。
  違う。私は無職だ。
  葛野礼央の恋人。
  違う。私はただの──
  あれ?
  私は・・・私は、何?
  何のために生きてるの?
  この社会に、私の居場所はない?
小田葉子「大丈夫。落ち着いて」
小田葉子「今のあなたは【仮面の印章】の力が弱まってるだけ。目が覚めたら元通りだから安心して」
小田葉子「本当に?」
小田葉子「ええ。さあ、目を閉じて」
小田葉子「・・・」
小田葉子「──ブレイク・ザ・シール」
小田葉子「・・・!」
小田葉子「さようなら──」
シールズ卿「──小田葉子さん」

〇ビルの裏
小田葉子「ん・・・」
小田葉子「あれ、私・・・」
小田葉子「なんだろ・・・?」
  小田さんへ
  クビの件だけど、本社で問題になったらしくて取り消しになったよ。明日からまたよろしくね!
小田葉子「・・・・・・」
小田葉子「礼央からも来てる・・・」
  今どこ?
  悪かった
  帰ってきて
小田葉子「・・・」
小田葉子「・・・」
小田葉子「・・・うん、そうだね」

〇一人部屋
小田葉子「・・・・・・」
葛野礼央「葉子!?」
葛野礼央「どこ行ってたんだよ! 俺、心配で心配で・・・!」
小田葉子「ごめん、ちょっとコンビニ行ってた」
葛野礼央「なあ・・・さっきは俺が悪かったよ。 もう二度としないから。な?」
小田葉子「・・・」
葛野礼央「ほら、おいで。仲直りのハグしよ?」
小田葉子「・・・しょうがないなあ」
葛野礼央「・・・・・・え?」
小田葉子「ふんふふ~ん♪」
葛野礼央「え、これ・・・血? 俺の・・・? ちょ、意味わかんねー・・・ゲホッ・・・」
葛野礼央「ってか、何撒いてんだよ・・・?  ゲホッ、ゴホッ・・・」
小田葉子「私ね、夢があったの」
小田葉子「家事も仕事も助けあって、コツコツ貯金して、28までには子供を産んで・・・ そんな、ささやかだけど幸せな結婚生活」
葛野礼央「・・・」
小田葉子「礼央、言ったよね? 俺が幸せにしてやるって」
葛野礼央「いや、それは・・・」
小田葉子「ううん、もういいの」
小田葉子「ねえ、見て?」
葛野礼央「それ・・・」
小田葉子「婚姻届。礼央の仕事が決まったらすぐに出せるように、判も押して待ってたんだけどね」
小田葉子「こんなにボロボロになるまで大事に持ち歩いちゃってさ・・・本当バカみたいでしょ?」
小田葉子「だから、ね?」
葛野礼央「バカ、やめ・・・・・・!」

〇炎
  あーあ。私の人生、これで終わりかあ
  婚姻届のはずが、死亡届になっちゃうなあ
  まあ、もうどうでもいいか

〇幻想2
赤ちゃん「おんぎゃあ〜! おんぎゃあ〜!」
夫「よく頑張ってくれたね」
妻「うん。 あなたも急いで来てくれてありがとう」
夫「そうだ。ほら、出生届。 押印も済ませてあるから」
妻「もう、準備がいいのね」
夫「お役所勤めの性(さが)ってやつかな」
妻「ふふ。あなたらしいわ」
夫「これからは家族3人で」
妻「うん。幸せになろうね」

〇東京全景
シールズ卿「ゆりかごから墓場まで、か」
シールズ卿「小田葉子・・・存在感が薄く平均的容姿で、実に活動しやすい【顔】だったよ」
シールズ卿「まさかこんな結末になってしまうとは 夢にも思わなかったが・・・」
シールズ卿「しかし、おかげでこの国の現状は おおよそ把握できた」
シールズ卿「情報通り、この国の住人は相当に 【印】がお好きなようだ」
シールズ卿「この国ならば、あるいは・・・」

〇貴族の部屋
「旦那様! しっかり!」
「××、あとは頼んだ、ぞ・・・」

〇東京全景
シールズ卿「・・・」
シールズ卿「・・・必ずや見つけ出してみせる。 奪われし【シールズ家の印章】を」
  印章。
  それは古来より、財産や情報を守り、地位や個人を証明するものとして、いつも人の歴史と共にあった。
  日常的な確認から人生の一大イベントまでを一手に担うそれは、時に実際の顔よりもその人を表す顔として機能する。
  それはいつしか人の心の奥底にもイメージを結び、社会に見せる顔の基盤【仮面の印章】として定着した。
  そんな【仮面の印章】を、他人の社会的アイデンティティの根幹を、自在に操れるとしたら。
  その強大な力を求め、人は歴史の裏で争いを繰り返してきた。
  これは、100有余年の時を経てハンコ大国日本に流れ着いた、元庭師の少年の物語。
  現在の名を、シールズ卿という・・・
  MISSING SEALS ―小田葉子の場合― 完

コメント

  • 本来はその人を証明するはずの印章が本体を乗っ取って一人歩きするような不気味さを感じる不思議なストーリーでした。シールズ卿の企みがどんな形で結実するのか、見届けたいような怖ろしいような…。

  • 興味深く読ませて頂きました。切なく、激しく、不思議な感覚です。

    個人的に印章というとシュメル文明を連想したのですが、何か関係があるのでしょうか? 深読みしすぎでしょうか。笑

  • めちゃめちゃ好きな作品でした!
    絶望に伏した人間へ差し伸べる手は、果たして“救い”なのか。
    デジタル承認へ移行しつつある現代の日本において、あえてその重要性を思い出させるかのような“怪人”性に胸が高鳴ります。
    IP開発という点においても様々な展開が出来るのではないでしょうか?
    シールズ卿グッズ欲しいです(笑)

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