改造実験KX3-412(脚本)
〇殺風景な部屋
あまりにも拍動が強く『ときめき』なのか『きらめき』なのか、
どっちつかずのままに興奮物質が、ゲリラ豪雨のように打ち付けられる感覚に陥っていた。多幸感が奔流となって——
男は跳ね上がって目覚め、同時に喪失感と虚脱感に襲われていると理解した。
呼吸ばかり乱れて額を拭ったが、汗一つなく乾いていた。
その手を見ているうちに焦点が自分自身に合い始め、自身が違和感として、吐き気のように浮き彫りになった。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「俺は赤木飛雄。何かを見て捕まって・・・・・・」
辛うじて声を発した赤木の五感は、未体験の拡大を続け、処理の追い付かなくなった鈍痛が全身を押し広げた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「うああッ・・・・・・ッ!」
がらんどうになっていた臓腑に、今までにない高揚感が、支配権を誇示していた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「何だ・・・・・・?」
薄暗い部屋の硝子に映る、ぼやけた自分自身の姿を確かめる。胡乱とした感覚に輪郭が追い付いて、内奥から力が吹き上がって来る。
徐徐に自律を取り戻し始め自立すると、ベッドに眠っていたことを知った。
右手で硝子に触れると、冷感が神経を通すのと同時に、並並ならぬ力では砕けぬと分かった。
加えて、
赤木飛雄(あかぎひゆう)「異質な闘争の気配」
死んでいるような人間。
這い回る人間。
目を開けているだけの人間。
自我を取り戻そうとしている人間。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「果たして、本当に、人間なのか?」
〇地下倉庫
眼前に荒寥と広がる同じ光景。砕かれた硝子が床一面に散らばり、足裏に僅かな痛みを伴って、歩く度に破砕する音が震える。
やがて皮膚に伝わる空気の律動が鋭敏に何かを語り掛けて来る。その時に硝子を破っていたことに気付いた。
それでも、赤木は歩いた。
その足は段段と早くなり、ゆっくり走り出し、徐徐に駆け足になって、平穏ではなさそうな場所に向かって、
引き攣った笑顔で急いでいた。途中の障害物を砕き、薙ぎ、一目散に向かって行った。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「はぁ、はあっ」
息が上がっているのか、期待からなのか不明なまま、此岸と彼岸の狭間で赤木の感情が揺り動くまま、右拳を振るう。
骨が割れたような痛みが貫いた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「いッてぇ! ああ!」
赤木は痙攣する右手を抑える為に、手首を握り締めて右膝を突いた。震える掌を見ていると、右手が変質していることに気付いた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「何だよこれ! う、足も!」
俊敏に立ち上がると、立ち眩みよりも激しく血液が冷えるのと同時に、止めどない激流が細胞を拡張していく陶酔感を覚えた。
——俺はここで変わるんだ!
という赤木の激情は言葉となって迸った。
〇壁
五指を広げ両腕を虚空に掲げ、全身は暗闇に溶ける天を仰ぐ。
漆黒に輝く外装が全てを纏うと、赤木を阻んだ壁に視線を落とした。
腕を下ろして全身に漲る力を確かめ、壁に向かって同じように右拳を振るった。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「くっ!」
痛みはある。
が、気に掛けるまではなく、
それより何より、壁が歪んでひしゃげたことのほうが上回った。
左で殴る。更に亀裂が入る。
右の前蹴りをぶちかます。鉄筋が露出している。
左の横蹴りをぶっ放す。鉄筋の向こうが見えてぶち抜けそうになっている。
逸脱する気持ちを整えるように深呼吸をし、障害物との距離を測る。
足を肩幅より僅かに広げて腰を落として腋を締めて腕を畳む。
息吹を全身に空気をはらませる。何をしたいのか自ずと反応して動いてくれる。
一回、二回と感じて、空気を目一杯に取り込んで一段と心身が膨らんだ刹那、
赤木飛雄(あかぎひゆう)「ぁあッ!!」
渾身の発声とともに右足を踏み込み、双掌打した。
〇地下広場
鉄筋は撓み、赤木を拒んでいた壁をぶち抜いた。立ち込める煙の向こうから、新鮮な空気が流れ込んで来ているのが分かった。
燻ぶる視界が晴れぬのを待たず、鉄筋を抉じ開け、陰鬱とした暗闇から潜り抜けた。
開けた空間は、娑婆であるとは言いがたい場所であった。
が、赤木には落胆した様子もなく、目前で異形の人間が倒れている光景と、しとどに突き刺さる殺気に頭を巡らせるだけであった。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「何だこれは、酷いな」
多少の気分の凹みからそう言い表したが、それを上回る鼓動が歩みを進ませる。
幽かに狼狽えている様子が、外装を通して前進を決定させている。
唐突にどこからか、
副幹部「貴様!」
と響いた。
軽い恐慌状態に陥っていた、なり損ないのような奴らが戸惑っている。
それどころか、この声の主すら不測の事態に濁り、言葉を詰まらせたようだ。
副幹部「貴様、何だ? 何をしている」
沈黙がややあって、
赤木飛雄(あかぎひゆう)「俺をこんなにしてくれたのはお前か? 俺も何が何やら分かっちゃいないんだが」
躰が勝手に動いていた。
赤木は解き放たれた矢のように、猛然と疾走を始めた。
狙いを定めた猛禽の如く、いまだ不明に侵されている獲物に、一直線に向かって行った。
狙われているのは自分だと気付いた時には遅く、胸のど真ん中に壮烈な右拳がめり込んでいた。
怪人D「あ」
とこぼれる瞬間に、その怪人は悟った。
怪人D「衝撃が背」
が最後だった。重力から開放されて吹き飛ばされ、壁面に磔刑のように叩きつけられ、風船を割ったような反響音が轟いた。
事切れるには至らずとも意識は途絶した。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「求められていることは、これで合っているか?」
動揺と沈黙があって、スピーカーから手を拍く音が聞こえて、
幹部「素晴らしい、素ッ晴らしい! 不意をとは言え、惚れ惚れするような力じゃァないか」
赤木を誰何した声とは別のものであった。実に喜色満面といった浮ついた声音で、方向性の間違えた純粋さすら覚える。
幹部「なぁ、君はァ誰だい。君のことを知らなかったァ我我の不明を、赦してはくれるかい」
赤木は沈黙している。
幹部「今は良い。さておいてェくれると言ってくれるのだから」
どこから見ているのか分からないが、こちらを向いていないと赤木は察した。
幹部「すまなかった、こちらの話だ。それより君ィ、えーっと、あの壁を突き破って出て来たんだよなあ」
男の声からは慌てる様子も、惑っている雰囲気も漂って来ないが、音声も通じない裏側の紛糾具合は透けて見えた。
このままでは埒が明かないような気がし、
赤木飛雄(あかぎひゆう)「俺は、赤木飛雄だ」
幹部「あァ、申し訳ない。本来ならァ私から挨拶すべきところを。ん?」
聞こえる声の調子が変わった。
幹部「君は死んで破棄されていたのか! KX計画3号の412番、赤木くん!」
赤木飛雄(あかぎひゆう)「は?」
幹部「こちらの話だ、気にィしないで居てくれ給え。私達にはやることが出来た、時間まで生き延びていてくれ給えよ」
と言うや否や、ブツリと回線の切れる音がした。
この場に居る無数の者から、好奇と奇異の視線が差し向けられていた。
それどころか、疎外感に似た連帯感が同時発生したのも感じた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「生き残るにはそれも良い」
そう得心させた。時が経つのを安穏と待つことはない。
この『こどく』の中で生き残る為には、何が最善の行動なのか思案するまでもなかった。
〇荒廃したデパ地下
赤木は背中に、とんと衝撃を感じた。
痛くも痒くも信念も意志もない、敵愾心を燃やすだけの緩慢無為な一撃に振り返ると、
間、髪を入れずに右甲が顔面を捉えていた。
砕けて留まる湿った鈍重な音を立てて、ぐるぐると中空を回って床を転がった。
二、三度と痙攣を起こして身動ぎしなくなった。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「来い! 死にたくなかったら俺を倒して見せろよ!」
舞台は波乱状態に昇華した。
正面から殴り掛かって来る拳を躱して下顎を掌底で打ち上げ、ゴッと気管の開く音を発してバク宙を決め。
側面からはいなして膝裏を蹴って跪かせ、後頭部を回し蹴る。ガァッと水に沈むような音を立て硬い床に口づけさせ。
剣が振り下ろされる前に腕を掴み咽喉輪を極め、自由も剣も奪い袈裟斬りした。
蓮のように火花を撒き散らす剣を受け、仰向けに大の字になって倒れた。
返す剣で足の止まった敵の胸部を振り抜き、
横一文字の火花を噴いて膝から崩れてうつ伏せた。
負荷に耐えきれず折れた剣は、間合いの合わない敵に投擲し平伏させた。
〇荒廃したデパ地下
赤木は後ろから腰に腕を回されタックルを貰った。
狂乱して五人組で徒党を組み、錯乱したまま襲い掛かって来ていたのが分かった。
そしてそのことに対して自分が狂喜し、倒錯の水際まで這っている。
腰に回る手の指先に肘鉄を入れて緩めると、
間合いに入る敵の正面に素早く居直り前に詰めて、
踏み台にして逆上がりの要領で前後を入れ替えた。
一瞬の出来事に制動が利く訳もなく、功労者が無残にも殴られ蹴られ気絶した。
そのたじろいだ隙に、盾は武器として振り回されることになり、真っ先に尻餅を搗いた場所に放り投げて動きを止める。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「後、四人!」
一人を懐に引き入れ抱き込んで支点にし、左足刀を水月に入れ動きを奪った。
支点として活躍した敵を、体勢を戻しかけている踏み台に預けて腕を鷲掴んで、
渾身の飛び膝蹴りを放つ。その衝撃は支点の敵を貫通し、甚大なダメージを二人に与えた。
着地の勢いそのままに、水月から立ち直っていない敵の顔面に後ろ回し蹴りを見舞った。糸の切れた凧のように吹き飛んで倒れた。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「二人!」
ようやく重石から逃れ立ち上がり、面を上げたところに飛び蹴りが降り注いだ。
赤木飛雄(あかぎひゆう)「ラスト!」
踏み台だった敵は後退りするのが精一杯で、平手一発で昏倒した。
それからのことは朧気にしか赤木は憶えていないが、
累累と積み上がる敵の中に居て、片手で足りる怪人しか屹立していなかった。
こちらに視線を向ける者、猛猛しい意気を揚げる者、歯牙にもかけない様子の者が居た。
〇地下広場
幹部「やァやァ、諸君らの目覚ましい活躍には、胸が躍ったよ」
突如、空気を破るねちっこい声の者がマイク越しに話し掛けて来た。
幹部「ようこそ我我が組織へ。篤く歓迎するよ」
幹部「諸君らには我我が構成員としての使命を全うできるものと確信している。見合う厚遇も準備しよう」
手招く声とともに扉が開いた。
幹部「進み給え」
各各が進む中、赤木は戸惑いを覚えたが、この快感が訪れるのならばと、光る場所へと歩み始めた。
幹部「赤木飛雄、KX3-412、ウバリーブンデンくん。期待しているよ」
ウバリーブンデンと呼ばれた赤木は、背中に強烈な影を残しながら、
その姿は光の中に溶けて行った。
了
改造されて怪人として生まれ変わった赤木の意識の変遷と身体の変化が重々しい文体で綴られていて物語の世界観に引き込まれました。また、バトルシーンも怪人のテクニカルな動きを逐一描写するスタイルで読み応えがありました。
バトルシーンがすごくかっこよかったんですが、一番印象に残っているのは、序盤の壁を壊すシーンです。
「始まり」にふさわしい演出で、少しずつ壊れていくところが良かったです。
赤木が敵と戦う場面を全て文章で緊迫感のある動きが圧倒するくらい読み手に伝わりました。素晴らしい。赤木は怪しい組織の一員となっしまうのか?ヒーローであって欲しい!