仮面の奥について(脚本)
〇教室
●午前の教室・授業中
うちのクラスには変な奴がいる。
名前を斉藤明見と言って、学年でトップクラスの成績優秀者。
なのだか。
何故か頭に紙袋を被っている変わり者だ。
岡部「『おい、聞いてんのかぁ。斉藤!』」
桐谷実(『また始まったよ……』)
桐谷実(『岡部も、斉藤も、飽きないよなぁ……』)
斉藤明見「『……』」
故に斉藤明見の素顔を見たことがあるものは、先生たちを覗いていないという噂だ。
実際、僕は見たことがない。
岡部「『お前、なんで毎日毎日紙袋なんて被っているんだっ。 いい加減、外しなさい!』」
今日も岡部教諭の機嫌が悪い。
いつもそのはけ口にされている斉藤には同情するが、その紙袋さえ外せば、その怒号だって止むだろうに。
それでも素顔を見せたくないのだから、相当な理由でもあるのだろうか。
斉藤明見「『……』」
岡部「『おい、斉藤っ。無視はよくないと思うぞ、先生は』」
生きているのか判断出来ない程、微動だにしない斉藤に、岡部教諭はしびれを切らしたようだ。
岡部「『……チッ!』」
舌打ちをして、ずがずがとうるさい足音を立てながら、斉藤の席まで移動し、
その紙袋に外そうとして手を伸ばし――
斉藤明見「『……』」
ひらりと交わされる。
岡部「『ッ……!!』」
岡部教諭は何度も紙袋を取ろうと、手を出すがすべて交わされている。
桐谷実(『すごい身体能力だ……』)
桐谷実(『というか、見えてんだ。あの紙袋被ったままで』)
岡部「『ッ……!』」
岡部「『なんなんだお前! そんなにその紙袋が好きか!? だいたいお前は――』」
岡部教諭の長ーーーーーいお説教が始まりそうになった瞬間。
がたり。
と斉藤が素早く席から立ち上がる。
誰もがその素早い動きにぎょっとした。
斉藤明見「『……トイレ……』」
そんなか細い声が聞こえた。
岡部「『は……?』」
斉藤明見「『トイレ。行ってきます』」
そう告げると斉藤は何食わぬ様子で教室から出ていった。
まるで「私にかまうな」と背中が語っているような貫禄だ。
岡部「『……』」
結局、岡部教諭は斉藤の気迫に押されてしまったようで、彼女を引き留めることはしなかった。
桐谷実(『斉藤、自由な奴だな……』)
〇学校の廊下
●昼休み・学校の廊下
桐谷実(『やりぃ! 購買の数量限定ロイヤルメロンパン、ゲットだっ!』)
ロイヤルメロンパンは人気商品だ。滅多に買えるものではない。
今日は運がいい。
ちょっとしたラッキーな出来事に僕は上機嫌になっていた。
浮かれた気持ちで、耳にイヤホンを差し込み音楽を流し込む。
お気に入りの音楽に耳を傾けながら、僕は軽い足取りで廊下を進んだ。
〇階段の踊り場
●昼休み・屋上へ繋がるドアの前
お昼はいつも1人で食べると決めている僕なのだが、
桐谷実「『……』」
いつもの場所へ着くと、そこには既に先客がいた。
斉藤明見「『……』」
斉藤明見だった。
もちろん紙袋は被ったままだ。
ストローでパック牛乳を飲んでいる。
桐谷実(『こいつも一応飲み食いするんだな……』)
斉藤明見「『……』」
言葉にはしないが「ここで飯を食うな」という無言の圧力を感じる。
だが、ここは僕の特等席なのだ。
そこは譲れない。
ここで好きな音楽を聴きながら、昼を気ままに食べる。
それが僕のマイルールで安らぎの時間だ。
むしろ出ていくのはそっちの方だ。
桐谷実「『俺はいつもここで飯食ってんだよ』」
もの言いたげにこちらを見ているであろう斉藤にそう告げ、距離を取りながら地べたに腰を下ろす。
購買で買ったロイヤルメロンパンを口に運びながら、僕はちらりと斉藤を盗み見る。
斉藤明見「『……』」
相変わらず微動だにしない。
黙って牛乳を飲み続けている。
桐谷実「『……』」
斉藤明見「『……』」
桐谷実「『……あのさ』」
桐谷実「『顔隠すのは、あれなの。宇宙人だから素性を隠しているとか、そういうやつなの?』」
言ってしまったあとで我ながら、アホなことを聞いてしまったと思った。
だが、何気なく聞いた質問だったのだが、斉藤の何かを突いてしまったらしい。
先ほどまで1ミクロンも動いていなかった、斉藤の肩がびくりと揺れるのが見えた。
斉藤明見「『……それは』」
紙袋から滅多に発さない、斉藤の声が聞こえる。
おぉ、と心の中で感嘆した。
斉藤明見「『ちょっと面白いね』」
桐谷実「『……? そうか?』」
斉藤明見「『うん。今まで顔に傷でもあるのか、とか。見せられないくらいブスなの、とか。色々聞かれたけど、宇宙人は初めて』」
桐谷実「「え。なに。本当に宇宙人とか?』」
斉藤明見「『違うけど』」
桐谷実「『ですよねー……』」
斉藤明見「『でも、もし自分が宇宙人だったらそんな状況面白いなと思った』」
斉藤明見「『クラスメイトが実は宇宙人なんだって告白したら面白くない?』」
桐谷実「『……そう、かな……?』」
斉藤明見はずいぶん変わった奴みたいだ。
まあ、紙袋を被り続けているような奴なのだから、今に始まったことではないか……。
斉藤明見「『今度から紙袋のこと聞かれたら、実は宇宙人なんだって言おうかなぁ』」
桐谷実「『いやいや、もっと他にあるだろうに』」
斉藤明見「『たとえば?』」
桐谷実「『例えば……』」
僕は密かにこんなにも長い時間、斉藤と会話を続けていることに感動していたが、なんとか平常心を装っている。
桐谷実「『例えば、のっぺらぼう、とか!』」
斉藤明見「『……それはいまいち』」
桐谷実「『なんでだよ!』」
桐谷実「『宇宙人が良くてのっぺらぼうがダメな理由はなんだよ! 変わんねえだろっ!』」
斉藤明見「『なんかこう……ひねりがないのよ。もし私がのっぺらぼうなら、被る紙袋に顔を描くわね』」
斉藤明見「『のっぺらぼうだから、顔に憧れるの』」
桐谷実「『え、なに。めっちゃ説得力あんね。もしかして本当にのっぺらぼうなの?』」
斉藤明見「『違うけど』」
桐谷実「『違うんかい!』」
くだらない会話をしている自覚はあったが、どうにもやめられない。
地味に楽しいと感じている自分がいるのだ。
桐谷実「『じゃあなんだったらいいんだよ』」
斉藤明見「『宇宙人以外なら、実は男の子で女装趣味とか?』」
桐谷実「『宇宙人やのっぺらぼうと何が違うんだよ……』」
斉藤明見「『でも、やっぱり宇宙人の方が面白いよね』」
桐谷実「『うーん……』」
桐谷実「『面白いかどうかは分からないけど、追及はし辛いかな……』」
斉藤明見「『そもそもさ。紙袋を被っている理由を聞くなんて野暮ってものなのよ』」
桐谷実「『いや。普通に気になるだろ』」
斉藤明見「『へぇ?』」
斉藤明見「『君も気になる? 私がどうして紙袋被ってるのか』」
桐谷実「『そりゃあ気になるよ。 気にならない方がおかしいだろ』」
斉藤明見「『ふぅん……?』」
桐谷実「『でも、言いたくないんだろ?』」
斉藤明見「『……』」
ここに来てまただんまりだ。
桐谷実「『……。なら、言わなくていいと思うぞ。俺は』」
斉藤明見「『……。でも、見たいんでしょう?』」
そう言って、斉藤は自らの頭を覆う紙袋に触れる。
斉藤は僕を挑発するように、くい、と紙袋を軽く持ち上げる。
ちらりと、紙袋に隠れていた顎が見えた。
……ちょっとだけ。どきっとしてしまった。
桐谷実「『そりゃあ……まあ……』」
むしろ気にならない奴なんていないだろう。
斉藤明見「『じゃあさ。交換条件!』」
桐谷実「『交換条件?』」
斉藤明見「『さっきなに聞いてたのか教えてよ』」
桐谷実「『え”っ!?』」
ぎょっとした。
斉藤明見「『さっきイヤホンしてたよね。なんか音楽か何かでも聞いてるの?』」
桐谷実「『な……、なんでそこ……?』」
斉藤明見「『だってさ。休み時間にいつも何か聞いてるんだもん。気になっちゃって』」
桐谷実「『え……いやぁ』」
思わず手に持っていたスマホを隠した。
斉藤明見「『なに? エロいやつなの?』」
桐谷実「『そんなんじゃあないけどさぁ……』」
斉藤明見「『じゃあ、いいじゃん』」
桐谷実「『……』」
桐谷実「『笑うなよ?』」
斉藤明見「『大丈夫』」
信用ならねえな。
だが、ここで渋るのもかっこ悪いような気がして、俺は渋々ながらスマホの画面を斉藤に見せる。
斉藤明見「『これって……』」
意外そうな声を出して、画面を食い入るように見ている斉藤。
俺は気恥ずかしさに襲われる。
頬が熱い。
桐谷実「『くそ……』」
桐谷実「『……アイドルだよ』」
斉藤明見「『………………………へぇ~~~~~~』」
声色だけで斉藤がにやけているのが分かった。
無性にむかつく声だ。
桐谷実「『笑うなって言っただろうっ! ドルヲタで悪かったなっ!』」
斉藤明見「『いやいやいや。全然笑ってないし』」
桐谷実「『声が笑ってんだよ! 誤魔化せてねえ!』」
斉藤明見「『あっははははははっ!』」
ずっと震えていた声がついに吹き出した。心底楽しそうだ。
斉藤明見「『ははははっ。いやいや……でも、参ったなぁ』」
桐谷実「『あ”?』」
桐谷実「『俺がドルヲタで何かお前に不都合でもあるのかよ』」
斉藤明見「『そうじゃないんだけどさ。私、君になら素顔見せてもいいかなぁって思ってたんだ。君、面白いし。口固そうだし』」
桐谷実「『え?』」
斉藤明見「『でも、君に私のこと好きになられても困るからさぁ』」
桐谷実「『はあ? なんだそれ』」
桐谷実「『斉藤の素顔がいくら可愛かろうが、俺の本命はずっと変わんねえよ。この――』」
水戸黄門よろしく、俺は堂々とスマホの画面をもう一度突き付けた。
そこに映るのは、可愛い可愛い俺の推しだ。
桐谷実「『――グループのセンター! 西東あすみちゃんであって…………………………ん?』」
ふと、口にした名前に違和感を感じた。
いや、既視感と言うべきか。
どこか最近聞いたような……、口にしたことがあるような……。
そんな感覚。
桐谷実「『さいとう、あすみ……』」
さいとう あすみ。
西東 あすみ。
斉藤 明見。
そうして行き着いた答えに、絶句した。
斉藤明見「『そう』」
斉藤はゆっくりと、自分の顔を覆う紙袋に触れる。
流れるような動きで、ついに紙袋が取り去られ……
そこから現れた顔は――
僕の推しの、西東あすみちゃんだった。
斉藤明見「『西東あすみ、改め、斉藤明見です』」
開いた口が塞がらないとは、このことだと思った。
斉藤明見「『応援、いつもありがとう♡』」
俺は混乱している。
こんなことが起こってしまっていいのだろうか。
信じられないことが起きて理解が追い付かない。
だが。
ただ一つ。
そんな俺にも、
わかることがある。
それは――
僕の推しは、今日も可愛いということだけだ。
おわり
謎めいた癖のある女子なのかとおもいきや、アイドルだったなんてびっくりでした。人気者が普通の学校に通うには、やっぱり色々と問題があるんでしょうね。段々と二人の会話が盛り上がって、種明かしでフィナーレっていうのがとても爽快でよかったです。
序盤の展開で紙袋から素顔は宇宙人と会話の流れもイケイケで続きを求めている自分がいました。素顔を見せてしまうことで今後の展開がとても気になりました。正体を明かしていくのか、2人で隠していくのか今後どうなるのか楽しみです。他校にも紙袋被った子がいるかもですね
二人の会話が盛り上がっていくときの楽しさが読んでるこちらにも伝染してきました。ファンだっていう秘密と本人だっていう秘密が共有されて、嬉しい終わり方でした。
わざとではないかもしれませんが、心の中では僕と言って言葉では俺と言っているのが、秘密を抱えている人って感じがしてよかったです。