5回目(脚本)
〇数字
時間の流れというものは、複雑なものだ。
人智の及ぶものじゃないし、その領域にも踏み込むものではない。
だって、もし時間を操るなんて芸当が出来るようになれば、人生のリセットだって可能になってしまう。
そんなのはルール違反だ。
だから、人は過去には行けないように出来ている。
行けないし、行かないのだ。
時間は前にしか進まないものだから、人は前を向くことが出来る。
どんな嫌なことがあったって。
投げ出したくなるような辛いことがあったって。
明日は必ず来る。
だから、人は、生きていけるのだ。
〇ダイニング
だけど、もしやり直せる可能性があるならば、それに縋りたくなるのも人間だ。
4月28日。葵がループをして5回目の朝。
〇テレビスタジオ
ニュースキャスター「速報です」
ニュースキャスター「新宿駅前にて87歳の男性が運転していた乗用車が暴走し、多重衝突事故が発生」
ニュースキャスター「登校中だった小学生ら10名を轢き、そのうち2名が死亡。残り8名も重症」
ニュースキャスター「運転していた男性は病院に運ばれましたが軽傷で命に別状はないとのことです」
ニュースキャスター「警察は男性の操作ミスを視野に──」
〇ダイニング
朔真 稔人「・・・」
この87歳の男性も、天から蜘蛛の糸が垂れ下がったら、それに縋り付くだろうか。
この道を通らなければ。
今日、運転しなければ。
さっさと免許を返納していたら?
なんて都合のいい──
朔真 稔人「これじゃあ、ブーメランだな・・・」
朔真 稔人「はぁ・・・」
朔真 稔人「・・・さて、学校に行こう」
稔人の母「あら?」
稔人の母「もう行くの? 稔人」
稔人の母「いつもより早くない?」
朔真 稔人「うん、学校で勉強しようかと思って」
朔真 稔人「朝早くなら集中出来るかなって」
稔人の母「そう? でも気を付けてね」
稔人の母「ほら、ニュースも──」
そう言って母さんはテレビに目を向ける。
稔人の母「最近、なんだか物騒だから・・・」
朔真 稔人「うん、わかった」
朔真 稔人「じゃあ、行ってきます」
稔人の母「ええ、いってらっしゃい、稔人」
〇黒背景
大丈夫だよ、母さん。
今日は何も起こらずに1日は終わるから。
今日は何も起こらないし、起こさせない。
それがこの時間軸での決定事項だ。
〇空
いつもと変わらない空。
いとも通りの晴れ。
〇通学路
いつも通りの道。
坂江のおばさん「あら」
朔真 稔人「坂江のおばさん、おはよう」
坂江のおばさん「おはよう、稔人ちゃん」
坂江のおばさん「これから学校? 早いのねえ。いってらっしゃい」
朔真 稔人「うん、いってきます」
いつも通り、道ですれ違う近所の人。
変わらない会話。
〇教室
数学の先生「よーし、授業はじめるぞー」
数学の先生「今日は前回の続きだ」
数学の先生「よし、じゃあ、笹倉ぁ」
笹倉 葵「・・・はい」
数学の先生「前回の授業覚えてるか~?」
笹倉 葵「もちろん! 二次関数ですよね」
笹倉 葵「今日は二次不等式ですよね」
数学の先生「えっ・・・」
数学の先生「そ、そうだ」
数学の先生「珍しいじゃないか、お前が覚えてるなんて」
数学の先生「なんだ笹倉、よく勉強してるじゃないか!」
いつも通りの授業風景。
いつも通りの授業内容。
内容も時間割もすっかり空で答えられるようになってきた。
もう目を瞑ってでも1日を過ごせそうだ。
〇黒背景
退屈だと言っていた葵の気持ちも分かる。
退屈は退屈だ。
でも。
俺はこの退屈にも慣れてきた。
〇教室
そして、放課後。
いつも通り、帰り支度をしていると俺は葵に声をかけられるのだ。
笹倉 葵「ねえ、稔人?」
朔真 稔人「ん?」
もう知った流れだ。
俺はマニュアル通りの言葉を返す。
朔真 稔人「どうした?」
笹倉 葵「ちょっと、教えてほしいことがあって・・・」
朔真 稔人「教えてほしいこと? なんだよ?」
笹倉 葵「あー、ほら」
笹倉 葵「今日の数学の授業で分からないところがあって・・・」
朔真 稔人「数学・・・ってお前今日めちゃくちゃ出来てたじゃん」
朔真 稔人「分からないところなんてあったのか?」
笹倉 葵「あ、いや! ほら・・・宿題、出たじゃん」
笹倉 葵「教えてほしいなぁって思って」
朔真 稔人「ふぅん・・・まあ、そういうことなら」
笹倉 葵「ありがとう!」
いつも通りの展開だ。
このまま1日を終えよう。いつも通り、なんの変哲もないただの1日を過ごすんだ。
それだけで俺は満足だ。
〇教室
朔真 稔人「なんか、今日お前変だぞ?」
笹倉 葵「うーん・・・そうかな」
朔真 稔人「そうだよ」
笹倉 葵「むしろ、変なのは稔人の方じゃない?」
朔真 稔人「は?」
笹倉 葵「・・・ねえ、稔人」
朔真 稔人「なんだ?」
笹倉 葵「・・・あのね、私」
来た。あの告白だ。
今回で5回目のループだ。
さてさて、今回はなにをしようか。
そろそろ校内で出来ることも少なくなってきた。葵が飽きて来るのは俺としても困る。
そろそろ街で散策もありだろうか。
隣街の様子を見に行こうとかなんとか言って。
まあ、なんにせよ俺は──
笹倉 葵「私ね、今日を経験するの、6回目なんだ」
葵と一緒なら、なんだって──
朔真 稔人「・・・・・・・・・は?」
待て。
今、なんて言った?
6回目?
違うだろ、数え間違えているぞ葵。
今日は葵にとって、まだ5回目のはずだ。
朔真 稔人「お前、なに言って・・・」
笹倉 葵「まあ、そういう反応になるよね」
笹倉 葵「あー、この説明を毎回するのめんどくさいなぁ」
朔真 稔人「・・・?」
朔真 稔人「な、なんの話だよ」
笹倉 葵「だからね、もうこういうのナシにしよう、稔人」
朔真 稔人「は、はあ?」
笹倉 葵「ねえ、稔人」
笹倉 葵「稔人は今、何回ループしてるの?」
朔真 稔人「――は」
ずっと男の子視点で、男の子の方が情報的優位で余裕だなぁと思ったら終わりがけでドキッとしました
一回分のズレで何があったのか気になります
男の子側に記憶の抜けがあるって感じなんですかねぇ