美しい遺産

オスシトキオ

読切(脚本)

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〇高級マンションの一室
俺「いいなあ。俺もこんなところで、暮らしたいなあ」
  兄がこのマンションを購入したのは、三年前のことだった。
  俺はまだ高校生で、兄は社会人になって五年が経とうとしていた。
  俺には一生縁がないとおぼしき、高層マンション。
  大きな窓が、空に、せり出していた。
  あのときの兄は、まるで江戸城を築城(ちくじょう)しそうな勢いがあった。
  ふと通された寝室の棚に、試験管のようなガラス瓶が置いてあり、
  無色透明な液体の中に、ぷっくりとした円環(えんかん)がひとつ浮いていた。
俺「なに、これ?」
  俺は、首を傾げてたずねた。
兄「絶世の美女の、薬指の細胞だって」
  兄は、笑いながら答えた。
兄「この間の、出張の夜にさ。取引先との会食を終えて、一人ホテルに帰っていたら、」
兄「歩道橋の暗がりに、赤いランタンが揺らめいている」
兄「影に同化し、顔もわからなかったが、簡素なテーブルに、これがひとつだけ置いてあった」
兄「”現品一点限りの、大変に貴重な代物になっております”」
兄「”絶世の美女の、大切な薬指の細胞でございます”」
兄「”今なら、ハッピープライス実施中ですので、お買い得になっております”」
兄「”電子マネーやクレジットカードも使えます”」
兄「とか畳み掛けるように言うからさ。思わず、買っちゃった」
俺「買っちゃったのか。そんな得体の知れないものを・・・」
兄「その場の空気にのまれたんだろうな。思わず、」
兄「買っちゃった」
  それから、数年も経たないうちに、兄は、その短い生涯をとじた。
  両親と共に駆け付けた病室で、静かに横たわった兄は、ひたすら眠り続けているように見えた。
  もともとまっさらだった青白い皮膚が、救いようのないほど、暗かったのを覚えている。
  兄から譲り受けたマンションの一室は、冷たいくらげのようで、浮いたり沈んだり、それでもこくこくと時間だけは流れていく。
  家族がいなくなる。
  しばらくは悲しみが欠けており、遠かったが、悲しみはそこにもうあって、やがて押し迫ったとき、
  息もできないくらい、涙が流れた。──

〇黒
  寝室には、あのガラス瓶が今も置いてある。
  美しい一本の指に、成長していた。
  そこには、エンゲージリングのような指輪がはめてあった。
  兄が、贈ったのだろうか。
  とても静かに微笑んでいるようで、美しかった。
  俺は、その指が、たった今、
  少し動いたのを理解した。

〇市街地の交差点
  呼ばれてもいない大学の飲み会で食事にありついたあと、朝方近くの薄闇の中を帰っていると、
  信号のない横断歩道の横に、赤いランタンが揺らめいていた。
謎の商品を売る人「お客様、どうですか・・・」
謎の商品を売る人「大変お買い得の商品になっております・・・」
謎の商品を売る人「こちら絶世の美女の、くるぶしの細胞二個セットでございます・・・」
  俺は、ハッとした。
  そして、たずねた。
俺「ひょっとして、これは・・・」
俺「シリーズものですか?」
  顔も見えないその人は、ゆったりとこう告げた。
謎の商品を売る人「組み立てると、ひとつになります・・・」
謎の商品を売る人「非常に難易度の高い、育成シリーズになっております・・・」
  (了)

コメント

  • 思わずぞわっとしてしまうお話ですね。
    薬指の細胞が育って、他の細胞もシリーズものとして売られている…全部揃えるとなにが起きるんだろう?
    でも、なんか人の命を吸って成長してる気も…。

  • 兄が亡くなったことと薬指の細胞は、実際結び付けられそうで何の根拠もないというのがより怖さを感じさせます。その得たいの知れないものを人に売りつけるのに、明らかに軽快なトーンで商売するところも不気味でした。

  • なんだか不思議な話だなぁと思ってたら、まさかのシリーズ物笑
    結構悪どい商売をしてますなぁ…。
    しかも細胞ってところがまたいやらしい!

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