女神とねんごろダイニング

冬原千瑞

4.すまない、世話になる(脚本)

女神とねんごろダイニング

冬原千瑞

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〇古いアパートの居間
  ぐらつくヒマワリさんと、机から落ちていく鯛の皿──
  ──無我夢中で駆け寄った。
  ためらうことなく、倒れ込もうとするヒマワリさんの肩を抱きとめる。
八雲 早苗「ヒマワリさん、しっかりして!」
ヒマワリさん「う・・・」
ヒマワリさん「うるさい小娘・・・ 耳元で叫ぶでない・・・」
  青白い眉間にきつく皺が寄っているが、意識だけはしっかりしているようだ。
八雲 早苗「良かった、間に合って・・・」
  ホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。
  床に顔を打ちつけでもしたら大変だ。
  神さまだって痛いものは痛いだろうから。
ミケ「にゃー」
  こっちも間に合ったよ、とでも言いたげに鳴かれた。
  猫の小さな額と両手が、鯛の塩焼きが載る皿を支えている。
八雲 早苗「ありがとう、ミケ!」
八雲 早苗「私たち、良いコンビだね」
ミケ「にゃー」
  一人と一匹はにっこり笑い、お互いの健闘ぶりを称え合った。

〇古風な和室
  布団を敷いて、その中にヒマワリさんを横たえると、不服そうにその身体がうごめいた。
ヒマワリさん「小娘・・・ 神を病人扱いするでない・・・」
八雲 早苗「そんなくたびれた顔と声じゃあ、ちっとも説得力ありませんよ」

〇安アパートの台所
トヨちゃん「『ヒマちゃんのこと、どうか親身に見てやってほしいな』」

〇古風な和室
八雲 早苗(私がここに来たのは、ヒマワリさんを助けるためなのかな・・・)
八雲 早苗「ともあれ、明日はお仕事お休みしましょうね」
ヒマワリさん「何を言っておる・・・ 明日になればこれ如きの疲労は癒えて・・・」
八雲 早苗「ヒマワリさんのお仕事は、ヒマワリさんじゃなきゃ出来ないことなんですか?」
ヒマワリさん「当たり前であろう・・・ 業務の権限はわらわに委ねられておる」
八雲 早苗「他の方には回せないんですか?」
八雲 早苗「神さまひとりいなくなったくらいで世界が回らないなんて、業務システムがおざなり過ぎでは?」
ヒマワリさん「小娘、言わせておけば・・・ 無論、引継ぎすればどうということはない」
八雲 早苗「じゃ、決まりですね」
八雲 早苗「ミケ」
ミケ「にゃー」
八雲 早苗「伝言をお願いできる? 明日、ヒマワリさんはお仕事お休みしますって」
ミケ「にゃー」
  合点承知の助、と言いたげに鳴く。
  神さまの伝言役である神の使いは、その場で軽くジャンプし、くるんと一回転する。
  たちまち姿が消えた。
ヒマワリさん「な、何を勝手に・・・!」
  ヒマワリさんは声を荒げて身を起こしたが、重石が載ったような疲労が溜まっている。
  それ以上の身動きはままならなかった。
八雲 早苗「倒れたら元も子もないですよ」
八雲 早苗「いのちはだいじに」
八雲 早苗「それは人も神さまも知っている、大事なルールだと思います」
ヒマワリさん「・・・・・・」
  ヒマワリさんは、眉間のしわを深くしながらもとうとう口ごたえをやめた。
八雲 早苗「お白湯、一杯どうですか?」
八雲 早苗「身体が温まると、少しでも気が和らぐかもしれません」
  真っ白な湯気がほのかに立ち昇る湯呑みを、ヒマワリさんは渋々手に取った。
ヒマワリさん「小娘・・・ 覚えておれ・・・」
  そう悪態をつく口元に、そろそろと温もりが注がれていくのであった。

〇安アパートの台所
  力尽きたヒマワリさんは寝入ってしまい、結局夕食を食べてもらうことはかなわなかった。
八雲 早苗「なんだかんだで私もミケも食べそびれちゃったな・・・」
  手つかずの鯛の塩焼きと炊かれたご飯の入ったおひつを調理場に置く。
八雲 早苗「・・・ま、いっか」
ミケ「にゃー」
  ただいま、と言いたげに鳴かれた。
  任務を果たしたミケが台所へと入って来る。
八雲 早苗「お帰り、ミケ 遅くにごめんね、ありがとう」
ミケ「にゃー」
  どういたしまして、と言いたげに鳴き、調理場に置かれた食事を見やった。
八雲 早苗「冷めちゃったけど、鯛の身をほぐしてご飯に混ぜたら美味しいと思うんだ」
八雲 早苗「ヒマワリさんを起こさないように、ここで二人で静かに食べよっか」
ミケ「にゃー」
  菜箸で鯛の身をほぐし、おひつに入ったご飯の中に混ぜ込んでいく。
  冷えていてもお米はつやつやと光り輝いており、見ているだけで涎が出てきそうだ。
  魚の身を取り終えて、眠鯛は骨と頭だけになった。
  その残骸はゴミ箱行き――ではなくて。
  鍋に水をたっぷりと張り、コンロのスイッチを回す。
  沸騰したところで、骨と頭を豪快に入れた。
ミケ「にゃー?」
  何をするつもりなの? と言いたげに鳴かれた。
八雲 早苗「えへへへ、出来上がってからのお楽しみ」

〇古風な和室
  ──朝よりも少しお日様が天に昇った頃。
ヒマワリさん「すー・・・すー・・・」
ヒマワリさん「・・・はッ!? 寝坊ッ!?」
ヒマワリさん「やっば、遅刻遅刻・・・ッ!」
「にゃー」
  身を起こしたヒマワリさんの背後から、呑気な鳴き声が呼び止める。
ヒマワリさん「・・・なんじゃ、ミケ」
ヒマワリさん「昨日の小娘の狂言を本気にするわけなかろう」
ミケ「にゃー」
ヒマワリさん「はぁ? 有給申請が降りたぁ?」
ミケ「にゃー」
ヒマワリさん「引継ぎ無くても問題ない? 部下が本当にそう言ってたのか?」
ミケ「にゃー」
  ミケは伝えたいことを伝えると、部屋から出ていった。
ヒマワリさん「・・・・・・はぁ」
ヒマワリさん「・・・まぁ、皆には相応に叩き込んであるし、マニュアルもあるから、さして問題はないか・・・」
  安堵ともぼやきとも取れるような口ぶりではあったが、ヒマワリさんは再びゆっくり布団に寝転んだ。
  開いたふすまから覗くのは、清涼な青空と薄衣のようにたなびく雲。
  ちゅんちゅんと軽やかに鳴くのは、庭先の木々にとまる数羽のスズメ。
  そよぐ風は柔らかく、頬をなだらかにそっと撫でていく。
ヒマワリさん「・・・静かな朝、だのう」
  何処からともなく、ふんわりと良い匂いが漂ってくる。
ヒマワリさん「・・・・・・」
  横たわった身体が、自然と起き上がった。

〇古いアパートの居間
八雲 早苗「おはようございます、ヒマワリさん 良く眠れましたか?」
  居間へやって来たヒマワリさんに、早苗は起き抜けの一杯のお茶を勧める。
  ちゃぶ台前に座ったヒマワリさんは、ごくごくと飲んでくれる。
ヒマワリさん「・・・まあまあな」
ヒマワリさん「朝寝坊なんぞ200年ぶりにしたわ」
八雲 早苗「食欲はどうですか?」
ヒマワリさん「・・・まあ、食えんことはないが」
八雲 早苗「そうですか。でしたらまずこれを」
  早苗が台所から持ってきたのは、お椀に入った白湯――に見えるもの。
  けれど漂う香りは、ヒマワリさんの寝起きを促したものだ。
  そのお椀の中身に、恐る恐る口を付ける。
ヒマワリさん「おいしい・・・・・・」
八雲 早苗「眠鯛の頭と骨でとったお出汁です」
ヒマワリさん「・・・・・・あたたまる」
八雲 早苗「あったかいもの食べると、身体も心もぽかぽかになりますよね」
ヒマワリさん「・・・・・・」
  ヒマワリさんはそれ以上は何も言わず、お出汁を一口ずつゆっくり飲み干していった。

〇安アパートの台所
八雲 早苗「何はともあれ、お出汁飲んでくれて良かったな」
  食器を洗って食器かごに伏せる。
  それを見計らっていたように、ヒマワリさんが姿を見せる。
ヒマワリさん「小娘、洗い物は終わったか?」
八雲 早苗「はい、たった今」
ヒマワリさん「・・・・・・ならば少し付き合え」

〇美しい草原
  なだらかな丘陵は、清純な白い花々ばかりで咲き満ちていた。
  地平線の果てまで続く幻想的な風景のなかで、甘い香りもほのかに鼻をくすぐっていく。
八雲 早苗「うっっっわあ!!」
八雲 早苗「絶っっっっ景!! きっれい!!!」
ミケ「にゃー!!!!」
ヒマワリさん「やかましいわ、小娘! ミケもいちいち小娘に合わせるでない」
八雲 早苗「でも、すっごく綺麗な場所ですから! ありがとうございます、こんな素敵なスポットを教えてくれて」
ヒマワリさん「・・・詫びのつもりだからのう」
八雲 早苗「詫び?」
  滑らかな長い髪を風にそよがせ、ヒマワリさんも、目を眩しそうに細めて広大な花畑を見やる。
ヒマワリさん「・・・久しぶりに綺麗なものを、綺麗だと思うて見たわ」
ヒマワリさん「忙しなさに振り回されて、見落としていたものがあるのかもしれぬ・・・」
ヒマワリさん「ふと、そう気付いてな」
ヒマワリさん「だから、その・・・・・・」
ヒマワリさん「手間をかけさせて、・・・すまなんだな」
八雲 早苗「ヒマワリさん・・・」
八雲 早苗「ヒマワリさんが元気になってくれたなら、それでいいんです」
八雲 早苗「えへへ、嬉しいです 私の作ったごはんで、元気になってくれて」
ヒマワリさん「しかし、結局、眠鯛の塩焼きは食いっぱぐれたからのう」
ヒマワリさん「今度トヨ子に頼むから、また焼いてくれるか?」
八雲 早苗「トヨ子? ああ、トヨちゃんのことですね」
八雲 早苗「ふっふっふ」
八雲 早苗「そんなこともあろうかと、眠鯛の身を混ぜご飯にしたものを、ラップに包んで冷凍庫で保存してあります」
八雲 早苗「レンジでチンしたらすぐに食べられますよ」
ヒマワリさん「ほう・・・! なかなかやりおるのう」
八雲 早苗「お出汁もまだ残ってますから、出汁茶漬けとしゃれこみましょうか」
ミケ「にゃー」
  賛成だと言いたげに鳴いた。
八雲 早苗「焼きおにぎりにしても楽しそうだよね~ カリカリのおこげにしたものをお出汁にかけたら、相当にシャングリラだよね~」
ミケ「にゃー」
  花々に囲まれながら、帰ってからの食卓話題に花を咲かせる。
  そんな一人と一匹に、ヒマワリさんはやっぱり呆れてしまうけれど。
ヒマワリさん「・・・・・・ふ、 ようそこまで思いつくのう」

〇古民家の居間
  ──次の日。
  すっかり快調になったヒマワリさんは、朝早くに出勤していく。
八雲 早苗「あっ、待ってくださいヒマワリさん! これ、お弁当です」
  早苗が持たせてくれたのはおにぎりだった。
ヒマワリさん「・・・おぬしまでわざわざ早起きしていたのは、これのためか」
八雲 早苗「はい、忙しい時にもさっさと食べられますよ」
八雲 早苗「いってらっしゃい、ヒマワリさん!」
ヒマワリさん「・・・行ってくる」

〇異世界のオフィス
  今日も、部署・天空の仕事は忙しない。
  その中で、ヒマワリさんは案件をバリバリさばいていく。
トヨちゃん「あ、やっほーヒマちゃん!」
ヒマワリさん「トヨ子か」
  何かの配達に来ていたらしいトヨちゃんが、ヒマワリさんのデスクに近づいてくる。
トヨちゃん「おっと、そのデスクに置かれたものは?」
  トヨちゃんはデスクの上の弁当包みを見て、ニヤニヤと目を細める。
トヨちゃん「サナちゃんの愛情こもった手作りと見たねッ! 愛妻弁当とはやるねぇ、このこのッ!」
ヒマワリさん「はっ倒されたいのか、おぬし」
トヨちゃん「いや~ ライフワークバランスプロジェクトの幸先は良さそうだね~」
ヒマワリさん「・・・・・・おぬしの耳にも届いておったか」
トヨちゃん「んふふふふ☆ 情報も、食品も、鮮度にこだわっているからね☆」
ヒマワリさん「神の生活環境改善のために、人間との共同生活・・・ 改善が認めらぬ場合は成績失点まで言いおってからに・・・」
ヒマワリさん「まったく、上の考えることは理解不能よの」
トヨちゃん「サナちゃんを――この御食つ国に派遣することを、一番最初にゴーサイン出したのは、アマちゃんだよ」
ヒマワリさん「アマテラスさまが・・・?」
トヨちゃん「ヒマちゃんのこと、だーいぶ心配してたから」
トヨちゃん「アタシたちは神さまとはいえ、生きとし生けるモノの一部」
トヨちゃん「安からん生き方を、今一度じっくり考えてほしいってね」
トヨちゃん「サナちゃんも現世では所謂オーバーワークなヒトでね 毎日ヘトヘトだったみたい」
トヨちゃん「ヒマちゃんの食生活を助ける代わりに、 大好きなごはん作りをしつつのんびり暮らしてほしい」
トヨちゃん「ヒトにも──サナちゃんにも、そういうお節介を焼いちゃったワケなのよ」
ヒマワリさん「・・・・・・」
ヒマワリさん「・・・・・・はぁ」
ヒマワリさん「まあ、考えは分かった」
ヒマワリさん「というか、最高神を気安く呼ぶのは解せぬ もっと敬意を持ったらどうなんじゃ」
トヨちゃん「アハハ、アマちゃんとは長い付き合いだからね~」
トヨちゃん「太古の昔、アマちゃんも炊事には苦労してて、アタシがちょくちょく面倒見てた時もあってさ~」
トヨちゃん「ま、だから、ヒマちゃんのことが他人事じゃあないのかもよ」
ヒマワリさん「・・・・・・」

〇古民家の居間
  ──そしてまた次の日。
  早苗は今日も朝方にぱっちり目を開けた。
八雲 早苗「ふあ~~ 今日もヒマワリさんのためにいざ弁当作りッ」
  台所へ足を向け、ガラっと扉を開けると──

〇綺麗なキッチン
  ──なんだか豪華な調理場が広がっていた。
八雲 早苗「どぅえっっっっ!?」
ヒマワリさん「起きたか、小娘」
八雲 早苗「あっ、おはようございます、ヒマワリさん!」
八雲 早苗「やっぱりここ、ヒマワリさん家で合ってますよね!? どっかの異次元に迷い込んだかと思いました!」
ヒマワリさん「そんなに容易く異次元を、わらわの家の中に作る訳なかろう」
八雲 早苗「じゃ、じゃあこの台所は・・・?」
ヒマワリさん「改装した」
八雲 早苗「改・・・装・・・ッ!」
  記憶が間違いなければ、昨日の晩まではもっと手狭な台所だった筈である。
ヒマワリさん「わらわの食をサポートするのなら、もっと利便性向上を図るべきと思うてな」
八雲 早苗「ヒマワリさん・・・」
ヒマワリさん「決しておぬしのためではないぞ わらわのライフワークバランス改善のためじゃ」
八雲 早苗「・・・ありがとうございます、ヒマワリさん」
八雲 早苗「それじゃあ早速お台所お借りして、朝ご飯とお弁当をちゃっちゃと作りますね!」
八雲 早苗「トヨちゃんから貰った卵は卵焼き~ 貰った三つ葉は味噌汁に~♪ 決め手はでっかいアジの開き~♪」
  みょうちきりんなメロディと歌詞を口ずさみながら、早苗は台所をくるくると駆け回る。
ヒマワリさん「ほんに、小うるさいおさんどんがやって来たのう」
ヒマワリさん「・・・しばらく世話になる」
八雲 早苗「何か言いました?」
ヒマワリさん「何も言っておらん」
ミケ「にゃー」
ヒマワリさん「だから何も言っておらん!」

〇古いアパートの居間
  こうして早苗とヒマワリさんの愉快で楽しい食卓を囲む日々は、始まったのでした──
  とりあえずお終い!

コメント

  • タイプの異なる個性的なキャラたちがピタっと噛み合ったハートフルな物語に感動です。この面々でのほっこり+ドタバタな日常をもっと見たくなります。そして、読んでいるとお腹が空きますw

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