第2話 ファーストキスを奪った男の観察(脚本)
〇シックなバー
どうして人間は、朝起きて
日中にあくせく働くのか──
夜になるとマスターの店にきて、
マスターが作ったお酒を飲み、
他愛もない話をするのか──
キルシュ「ふぁ・・・暇ねぇ」
ここは私の飼い主であるマスター、札岡碧斗(ふだおか あいと)が勤めるお酒が飲めるお店──『猫のねぐら』
私はそのマスターから「キルシュ」という名を付けてもらった。
そんなマスターと一緒に、お店に来たお客を迎えるのが仕事──
ドリー「まあまあ、夜になったら忙しくなるよ」
リーフ「夜にならないとお店は開かないからね~」
キルシュ「わかってるわよ、そんなことくらい」
家族のドリーとリーフ。
リーフは私と同じ元野良だったのを拾ってもらった・・・のは知ってる。
キルシュ(ドリーは・・・私が来た時にはもういたから、よくわからないけど)
リーフ「それにさ~今は休んでた方がいいんじゃない?」
リーフ「夜になったらお客さんと遊んだり、 ご飯もらったりするんだからさ~」
キルシュ「それはあんただけでしょ?」
リーフ「お姉ちゃんももらえばいいのに~。 パパのお手伝いにもなるよ?」
猫のおやつは有料。
おつまみを頼まない人間も、私たちにはお金を出してくれる。
キルシュ「私の可愛さは安くないの」
キルシュ「ふぁ・・・開店時間までお昼寝するから邪魔しないでちょうだい」
ドリー「あっ! 窓側は気を付けて。開いてるから」
キルシュ「ふぅん・・・」
ドリー「あんまり覗き込むと危ないよ?」
キルシュ「私がこれくらいでバランスを崩すわけないでしょ? バカにしないで──」
碧斗「ただいまー!」
碧斗「いやぁ~、おつまみの他に果物も安くて・・・いろいろ買ったら遅くなっちゃったよ」
キルシュ「にゃっ!?」
〇空
店のドアが開いたから、風が通り抜けたんだと思う・・・。
強い力で背中を押され、私はバランスを崩した──
キルシュ(落ち──)
〇スペイン坂
キルシュ「ぎにゃー!」
景色がものすごい速さで下から上へ流れ、さっきまで上から見ていた人間たちに近付いていく。
キルシュ(私、このまま──)
仁「ぶっ!?」
私の口と人間の男の唇が、重なる(ぶつかる)──
キルシュ「にゃっ!?」
「目が・・・目がぁぁぁぁっ!!」
仁「てか、なんで空から猫が!?」
碧斗「すいませーん、大丈夫ですか!?」
仁「めっちゃ目が痛いけど、大丈夫です・・・」
キルシュ(キス、しちゃった・・・)
碧斗「すみません、ウチの子が窓から落ちちゃったみたいで・・・」
仁「・・・気を付けてください。いくら猫でも高いところから落ちたら危な──」
碧斗「おや?」
仁「爪が引っかかって・・・取れない!」
碧斗「その子が離れたくないみたいなので、良かったらウチに寄って行きませんか?」
仁「え・・・」
キルシュ「にゃー♡」
〇シックなバー
私のファーストキスを奪った人間──
仁君を帰すわけにはいかない!
・・・と、くっついていたら、
マスターの一言でウチに来ることに──
キルシュ(いい仕事したじゃないの、褒めてあげるわ)
仁「バーってこんな風になってるんだ・・・」
ウチの中を仁君が、
警戒する猫のように落ち着きなく見回す。
ふと、カウンター席のテーブルの上で眠そうにしているドリーとリーフで視線を止めた。
キルシュ(ちょっと! もう他の猫(こ)に目移り!? 私のファーストキスを奪っておいて!?)
碧斗「バーは初めて?」
仁「去年まで未成年で・・・って、そんなことより、この猫をどうにかしてくださいよ!」
キルシュ(あんた未成年だったの・・・ じゃあ、私の方がお姉さんね♪)
碧斗「ふふ。その子、あまりお客さんに懐かないので・・・珍しいなぁ」
仁君はウチの中を見回してから、
スマホに視線を落とした。
碧斗「もしかして、忙しかったりします?」
仁「え、なんで・・・ですか?」
碧斗「先程からスマホを見てるので・・・ 見たところ腕時計はしてない。 時間を気にしてるのかなって」
仁「そうですね・・・ ちょっと学校の課題が・・・」
碧斗「あれ? 課題ってことは・・・学生さん?」
仁「あ、はい。今年から専門学校に・・・」
碧斗「えっ!? 専門学校ってことは・・・未成年!?」
仁「さっき言いましたけど・・・ まあ、早生まれなんでもう20歳です」
碧斗「良かったぁ」
キルシュ「ちゃんとお客の話を聞きなさい!」
仁「でも、お酒とか詳しくなくて・・・」
碧斗「じゃあ、”今の”仁君に合ったカクテルを作りますね」
仁「”今の俺”に・・・?」
私が疑いの眼差しをマスターに向けると、ドリーが薄っすらと目を開けた。
ドリー「ふふっ、碧斗はちゃーんと見聞きしてるよ」
キルシュ(わかったような顔しちゃって)
マスターはシェーカーを取り出して、3種類のお酒を入れて蓋を閉める。両手でしっかりと持って、振り始めた。
シェイクすることで中身がしっかりと混ざったり、冷やしたりして・・・。
空気を入れて、味をまろやかになったりもする・・・らしい。
キルシュ(よく知らないけど、この音は好きよ)
仁君が優しい顔をした──次の瞬間、すごく悲しそうな、苦しそうな顔をした。
キルシュ「なんでそんな顔するの・・・?」
仁「はぁ・・・なんで俺が・・・」
仁君が私の背中を優しく撫でる。
碧斗「何か、嫌なことでもあった?」
仁「まあ、そうですね・・・」
碧斗「言いにくいこと?」
キルシュ「マスターに相談してみたら? 少しは楽になるかもよ?」
仁「・・・言いにくいというか、なんて言うか・・・」
仁「・・・俺、ゲームの専門学校に入学したんです・・・」
碧斗「ゲーム好きなんだ?」
仁「・・・好き──じゃないとダメなんですかね・・・」
碧斗「そんなことないけど・・・でも、好きだと続かない?」
碧斗「僕はお酒が好きだからバーをやろうと思ったんだ」
仁「へえ・・・」
碧斗「ごめん、興味なかったよね」
仁「あ、興味ないわけでは・・・すみません」
キルシュ「まったくよ! 話を聞くのが仕事なのに・・・!」
仁「・・・少し、話をしてもいいですか?」
碧斗「いいの? お客さんに学生さんはいないから、嬉しいなぁ」
それから仁君は、学校であったことを話してくれた。
授業でゲームというものを作ることになったらしい。
メンバーは6人。
その中でプランナーである仁君が、周りを引っ張っていくことになったけど・・・上手く出来なかったみたい。
キルシュ「うーん・・・最初はそんなものじゃない?」
仁「でも、他のチームは話し合いが出来てたし・・・」
キルシュ「得意不得意があるでしょ? 少しずつ慣れていけばいいじゃない」
仁「そもそも、なんで俺が進行しないといけないんだろうって」
仁「碧斗さんが言ったように得意な人がやればいいと思うんですよ」
キルシュ「でも、それも勉強じゃないの?」
仁「え?」
ドリー(ふふっ、碧斗と同じこと言ってる)
その後、マスターは仁君にプランナーの仕事について説明をした。
キルシュ(人間って面倒ね。 そんなこともしないといけないなんて・・・)
仁「プランナーの、仕事・・・」
碧斗「まあ、何事も挑戦じゃない? 失敗した方が学べるし、むしろ学生の内にしておいた方がいいよ」
キルシュ「そうそう。マスターもいいこと言うじゃないの~」
仁「偉そうなこと言って・・・」
キルシュ「にゃ?」
ドリー「にゃ~お・・・」
ドリーが大きくあくびをすると、マスターも仁君もハッ、とした。
碧斗「ごめん。お節介だったね」
仁「・・・いえ・・・」
キルシュ(どうして悲しそうな顔をするの? マスターが何か酷いこと言った?)
私はマスターを睨み付けてから再び、仁君を見上げた。
碧斗「お待たせしました──ブルームーンです」
碧斗「ジンとバイオレット・リキュール、柑橘系の果物・・・今回はレモンジュースを使用しました」
仁「へぇ・・・」
碧斗「カクテルにも花言葉みたいにカクテル言葉っていうのがあるんですけど──」
碧斗「ブルームーンには、悪い意味といい意味があるんです」
碧斗「どっちから聞きたいですか?」
キルシュ「ちょっと! なんで悪い意味のあるお酒なんて作るのよ!」
ドリー「まあまあ、きっと碧斗に考えがあるんだよ」
キルシュ「ふん。どうだか」
碧斗「悪い意味は・・・『無理な相談』──」
碧斗「悩んでいるように見えたので・・・少しでも話すきっかけになれば、と」
仁「それって・・・悪い意味?」
碧斗「昔はなかなか見ることが出来ない青い月で、不吉とされていたのもあるけど・・・」
碧斗「『無理な相談』ってしにくいじゃない?」
碧斗「いい意味は『奇跡の予感』」
碧斗「──今では青い月って珍しくて、滅多に起きないことから幸運だと言われています」
仁「・・・奇跡の、予感・・・」
碧斗「これから学べる『奇跡』、 これから新しい事に挑戦する『奇跡』、 学校の始まりの『奇跡』に──」
キルシュ(ちゃっかり1杯もらおうとしてるし)
マスターはシェーカーを傾けて、2つのカクテルグラスに静かに注ぐ。
1杯は仁君に、もう1杯はマスターが持って乾杯を促す。
碧斗「──乾杯ってことで」
仁「あ、ども」
慌てた様子でカクテルグラスを持つと、ぎこちない動きでマスターの持つグラスに軽く当てる。
小さいけど、心地いい音が店内に響いた。
リーフ「これで大人だね~」
キルシュ「それは・・・どうかしらね?」
リーフ「え~? お酒が飲めるなら大人でしょ~?」
碧斗「あははっ! ジンベースだからちょっと度数はキツイかもね」
仁「それ・・・先に言ってもらえます・・・?」
碧斗「ジンの量は減らしたつもりなんだけどなぁ」
仁君は眉間にしわを寄せて、舌を出す。
それを見て、マスターが笑う。
ドリー「悪戯っ子だねぇ」
キルシュ(頼りない子だけど・・・)
キルシュ(ファーストキスを奪ったんだから・・・ しっかりしてもらわないと!)
キルシュ(私に相応しい男か──見定めてあげる!)
キルシュ「にゃ~ん♡」
引きができていて読みやすく、今後の展開が楽しみな作品です
劇画の猫の談話がすごく微笑ましい様子描かれていると思います!
第二話は猫ちゃん視点!まさかの展開に驚きました!